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第74話 紫紺の暗殺者 24

 俺が協会支部のロビーに足を踏み入れると、たまたま床掃除をしていた清掃員の一人と目が合う。

 五年前、俺にスライムの駆除方法を教えてくれた職員だ。


 俺の同行者に目を遣り。


「ダブ……!?」


 ダブル、と叫び掛け、すんでのところで踏み留まってくれた。


 協会にはSS(ダブル)の素顔の写真でも出回っているんだろうか。

 五年前に来たことのある黒太刀くろたちはともかく、銀剣ぎんつるぎまでしっかりと認識している。


 そのまま銀剣は一直線に受付カウンターへ向かう。


 ちょうど潜行する人間が少ない時間帯でもあり、氾濫現象の応援で駅前に探索者が向かったことも重なったためか、ロビーに探索者は一人もいない。


 暇そうにしていた受付の当番職員は、事務的に「いらっしゃいませ」と営業スマイルを浮かべてから、あらためて受付の前に立った人物を見つめる。


 彼は銀剣の顔を知らないらしい。特に反応らしい反応はない。


「支部長を呼べ」


 第一声がクレーマーみたいです、ぎんさん。


 受付当番の職員も同じことを思ったようだが、銀剣がカウンターの端末に探索者証を翳した途端、違う意味で顔色を変えた。


 俺も一度だけ聞いたことのある電子音が、ピピッと控えめに響く。

 SS(ダブル)の探索者証が翳された時にだけ鳴る音だ。


 素早く目だけ動かし、ディスプレイの表示を確認し。


「少々お待ちくださいませ、銀様!」


 慌ただしく内線の受話器を取り上げ、支部長室に連絡を取り始めた。

 ところで支部長って、こんな時間まで支部長室にいるものなんだろうか。

 いなかった場合、寮の部屋に連絡して呼び寄せることになるんだろうな、きっと。


「おや。お帰りなさい、雑賀さいがさん」

「あ、須藤さん」


 探索用の装備で正面玄関から入って来た須藤さんが俺の姿を見つけ、近づいて来た。

 来たが、途中で足が止まる。


「は……? 銀様とくろ様……?」


 やっぱり顔写真が出回ってる気がする。一目でSS(ダブル)だと見分けた。


「……雑賀さん、銀様とも交友が?」

「えーと……ほんの数時間前に知り合って、数日の付き合いです……」


 出会ったのは、現実時間でほんの数時間前。付き合いは【居室】内で数日に及んでいる。

 言いながら、自分でも時間の経過がおかしいと思う。


「そうですか。……ところで雑賀さん、ついに【不老】を取られたんですね? すぐにわかりませんでしたよ」


 あ、忘れてた。

 俺、若返ってた。

 すぐにわかったようなタイミングで声を掛けて来たせいで、すっかり忘れていた。


 まずい、【幻影魔法】のレベルが全然上がっていない。

 まだ俺、髪の毛の長さしか誤魔化せない。

 しばらくの間は人前で【隠形】を使わないと、ここに出入りもできないじゃないか。


「お待たせしました! 三階の支部長室へどうぞ!」


 雑談の間に支部長の準備が出来たらしい。

 受付の職員が、ロビーの隅にあるエレベーターを指差した。


     ◇


 1321番ダンジョンの支部長を務めるのは、地元出身の沢渡さわたり正義せいぎだ。

 この春、長らく支部長の任に就いていた女傑が最近発生した新たな道の駅の近くのダンジョン支部に異動となったことでいきなり大抜擢。まだ就任から二ヶ月。


 他に適任者が絶対にいた、と本人は思いながら粛々と業務をこなし、本日は同じ町内で氾濫現象が起こったことでいつもより少し遅く部屋に戻った。


 部屋着に着替え、お気に入りの焼酎を取り出したタイミングで室内に引かれている内線が鳴り、受付の職員の「とにかく早く!」の声に、再びスーツを着用。


 そして、今。


 応接セットの一番端で小さくなっているのは、この支部を中心に活動するランク(シングル)。紫紺の暗殺者の二つ名を持つアラフォー男。

 良い感じに歳を重ね、苦み走った大人の男、といった雰囲気があった。少し前までは。

 知らないうちに二十代前半に若返っている。


 ちらりと、都合三回目の視線を向ける。

 あの渋いアラフォーはどこへ行った。人当たりの良さそうな、爽やか好青年に化けてしまっている。

 しかもちょっとだけ男前なのが鼻につく。

 中の上。いや、上の下か。ぎりぎりイケメンに分類できる面構え。

 こいつ、若い頃はそこそこモテたな。そこそこだろうけれど。

 しかもこういうタイプは自覚無しでモテていたはずだ。腹立たしい。


 個人的な敵対心は顔に出さず、支部長の視線はその横へ。


 ソファの真ん中を陣取るのは、SS(ダブル)の一人、銀剣。

 噂で聞く通りの、ピアスだらけの風貌。片耳だけでいったいいくつのピアスが付いているのか。すぐには数えられない程、上から下までびっしりと。

 目つきも悪い。そのせいで人相が悪い。


 これが世間で貴公子だの騎士だの賞賛されている男の素顔。

 SS(ダブル)達に上下関係はないとされているが、噂ではこの男がSS(ダブル)の首魁と言われている。

 実年齢は非公開だが、自分より年上なのは間違いない。

 いい歳のおっさんがピチピチの革のパンツなんぞ履くな、と支部長は心の中で思う。


 更にその隣。

 無表情に茶を啜っている若い女性。大きな瞳がキラキラ眩しい。角度によっては可憐な美少女に見えなくもない。

 だがこれも曲者くせものSS(ダブル)で最も残虐とされる黒太刀だ。

 淡々とモンスターを屠る姿は血も涙もないと恐れられ、実は機械仕掛けなんじゃないかと、実際にその姿を目にした探索者達から密かに揶揄されている。


 愛くるしい顔立ちに騙されそうになるが、これも銀剣とさほど年齢は変わらないはず。


 つまり、今ここに座る三人は、全員おっさんとおばさん。一番若いのは自分ではなかろうかと気づき、支部長は愕然とする。


 もっと気になるのは。

 なんでこいつらは、全員同じブランドの服を着ているのか。服のワンポイントとして縫い付けられているマークが同じだ。

 見たこともないロゴなので、どこのブランドかはわからないが。


 加えてもう一つ。


 ソファは他にもある。支部長室内で座る場所に困ることはない。

 なのにずっと、三人の後ろに立ったままの二人の青年は何なのか。


 SS(ダブル)が二人に、(シングル)が一人。

 この三人が連れて来た若者が、実は一番の厄介事なのではないか。支部長は直感していた。


 案の定、銀剣が最初に告げたのは。


「戦国時代から来た忍者二人だ。戸籍作る手続き頼む」


 来た。アレだ、アレ。ついに紫紺の暗殺者もアレに手を出し、見事に二人も連れ帰ったのか。

 支部長は、就任して初の大仕事が来たと舞い上がる。

 が、顔には極力出さないよう努めた。


「雑賀様、おめでとうございます。さすがは二つ名を持つ方ですね」


 とりあえず当たり障りのない褒め言葉から、と作り笑いで紫紺の暗殺者を見た支部長だったが。


「いや、そこなんだけどよ。こいつ、前代未聞の大失態やらかしやがってな」


 そこから先は、聞いたことのない現象の説明が次から次へと飛び出し、支部長の顔に張り付けられていた笑顔も最後には剥がれ落ちた。


 笑い話を公式発表として提供する支部長は時々出る。

 他人事ながら、あんなネタみたいな話を報告させられる支部長は気の毒だと思っていたが。

 まさか自分もそれをやらされる羽目になるとは露ほども想像していなかった。

 新任支部長の自分の初の本部報告案件がこれか。正直、泣きたい。


 しかも他人事のように語っているが、聞けば聞くほど、何もかも銀剣のせいとしか思えない。

 

 普通は一週間あれば弟子入りくらいは出来る。それが銀剣に身動きも取れないほどの大怪我を負わされたせいで、無駄に時間だけ過ぎた。

 本来救えるはずのない兄も、銀剣が持たせたデタラメな薬で生き永らえている。

 

 ついでに連れて来たのが、少年忍者。


「未成年、ですか……」


 一瞬、誘拐じゃないのかそれ、と支部長は思ったが、隣に立つ青年が保護者らしいので、おそらくセーフ。


「探索者証が使えるか、一度試してみましょう。今、手の空いている職員に一階層に案内させます」


 協会の規定で、新人がレベル1になる瞬間には職員が立ち会わなければならないと決められている。


 支部長は一度応接セットから立ち上がり、デスクの内線電話に向かう。

 これ、いい加減、ハンズフリーにならないものか。支部内を動き回る職員も多く、自分も常にデスクに着いているわけではない。固定電話タイプは使い勝手が悪い、と思いながら受付を呼び出す。


 幸い、一人空いている職員がいたのだが、それは支部長が一番苦手としている須藤だった。

 自分が就職した時の指導員だった須藤には、数々の失態の尻拭いをしてもらった思い出しかない。そのせいで、いつまで経っても頭が上がらない存在。

 須藤に残業させるくらいなら、自分が行った方がまだ精神的に楽だ。


『すぐにお迎えに上がります』

「……頼む」


 本人がやる気なので断れない。苦虫を噛み潰したような、遣る瀬ない表情を隠し切れないまま、支部長は通話を終えた。


 まだ二ヶ月。支部長って大変なんだな、とつくづく思いながら。

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