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第73話 紫紺の暗殺者 23

 本と映像資料と、教授専用スキルにより、二人は三日後、にわか現代人になった。

 多分、細かい部分は実生活で慣れてもらうしかないが、教授の使うスキルがいったいどんな効果を持つものなのかが気になる。洗脳系ではないと信じたい。


 それより大問題がもう一つ。


 ダンジョンの入場規程だ。十八歳未満は探索者になれない。

 俺はダンジョン真横の協会職員寮に住んでいるから、同居するためにはランクDになって貰わなければならないのに、那智なちは未成年。


「本人が十九だと言っているが?」

「それ数え年だろ。満年齢で十八じゃねぇと探索者証反応しねぇぞ?」


 銀剣ぎんつるぎによると、年齢制限はただ倫理的な問題で設定されているわけではないらしい。


 この腕時計のような端末は、十八歳以上の魔力に反応して動くように作られているそうだ。


「待て、ぎん。それは普通の人間の場合だ。動物や眷属には適用されない」


 稀に、普通のペットをダンジョンに連れて行く探索者がいるが、犬や猫は当然十八歳未満だ。そんな高齢の生き物はダンジョン探索に向かない。


 それに、この黒太刀くろたちの眷属達の中にも、少年少女が含まれているらしい。

 ダンジョンで探索する都合上、眷属達は全て探索者証を身につけているが、幼い姿の眷属も問題なく使えているという話だ。


「眷属っつっても人間だぜ? 無理じゃねぇの?」

「試してみるしかないだろう。無理ならば、雑賀の【居室】で一年待機だ」


 またしても俺を抜きに話が進む。


 昼間用という応接室のソファ席で、アイスコーヒーをテーブルに置き、銀剣と黒太刀くろたちは議論を重ねている。

 俺は同じテーブルに着いてはいるが、黙ってストローからグラスの液体を吸い上げる。

 ここのホール担当のメイドがお勧めしてくれた、オリジナルのミックスジュースだ。何が入っているのか良くわからない。わからないが美味い。


 忍者兄弟も隣のテーブルでフレッシュジュースを飲んでいる。

 どこで採れた果物なのかは敢えて聞いていない。ダンジョンでも外でも、どちらでも入手できそうなレモンのジュースだ。

 レモン100%のこのジュースが忍者兄弟のお気に入りになった。どこで買えるのか、後で教えて貰わなければ。


「那智」


 蚊帳の外に置かれているのをいいことに、俺は隣のテーブルに座る少年に声を掛ける。


 俺への態度は三日前からさほど変わっていない。

 わだかまりがあり過ぎるせいだ。


「何だ? ……主殿」


 取ってつけたように、俺を主と呼ぶ。

 今はそれでもいいか。


「皆のかたきも取らせてあげられなくて、俺がお前たちにしてやれること何もなくて、本当にごめんな。それでも……」


 謝ることしか出来ない俺だけれども。


「一緒に戦ってほしいと、思ってる」


 黒太刀のようにストレートに物を言うことが、実は相手にかなり響くのだと実体験として知っている。

 柄じゃないが、真正面から那智を見つめて紡いだ言葉は、とても単純な内容になってしまった。


「……何を相手に?」

「んなもん、ダンジョンに決まってんだろ」


 言葉に詰まる俺の横合いから、銀剣が口を挟む。


「へらへらしてなんとなく世の中渡って来たようなこいつが、こんなにド直球投げてんだぜ? おまえはいつまで不貞腐ふてくされてんだ、小僧?」


 実年齢より若干大人びて見える那智に、実年齢より遥かに若作りの銀剣が「小僧」と呼びかける光景。

 見た目はほぼ同年代。この違和感に誰か何か突っ込んでくれないだろうか。


 それ以前に、俺に対する銀剣の評価がひどい。

 非常に短い付き合いなのに、俺のことをわかったように言い切る自信はどこから湧いて来るんだ。


「……小僧ではない! それと、どこまででも付き合う覚悟くらい、とうに出来ている! 我等は恩知らずではない!」


 見た目の問題からか、やっぱり小僧呼ばわりは嫌だったらしい。

 那智はテーブルを両手の拳で叩きながら立ち上がった後、銀剣に指を突き付けて宣言した。


「人を指差すんじゃねぇよ、小僧」


 あ、これわざと小僧って呼んだな。

 銀剣の口元だけが笑っている。


 単に素直になれないだけの少年が気色ばむのを面白そうに見上げる様子は心底楽しそうで。

 こういう雰囲気、いいな。俺は嫌いじゃない。


「銀。いい加減、外に出て楠木くすのきに連絡したらどうだ?」


 呆れたように黒太刀が促すまで、銀剣はずっと那智をからかい続けた。


     ◇


 黒太刀の【居室】へは、駅前広場の裏手から入っていた。

 扉の外に出るなり、駅舎や駅前の建物群を目にした忍者兄弟は、一瞬固まったが、顔には出さなかった。

 動揺を悟らせないよう、元々訓練でもされているんだろうか。


 外の時刻は午後九時。駅の裏手にほぼ人はいない。

 兄弟は信号の点滅を物珍しそうに眺めている。


「あ、俺。紫紺の暗殺者知ってるだろ? ……そ、【誓約】掛けられてるあいつ」


 銀剣はどこからともなくスマホを取り出し、電話を掛け始めている。


 と言うか。そんなに【誓約】を掛けられている探索者は少ないのか。

 俺のことを端的に説明するのに、まず【誓約】が出て来ることに脱力しそうになる。


 しかし、銀剣も普通に通信機器を使うんだな。ごくごく当たり前のことが新鮮だ。


「あ? 連れて来いって、おまえ……まだ俺ら、人を連れて転移できねぇんだよ。んな真似出来んの、ネパールの山奥の坊さんだけだろ」


 世界一レベルが高い探索者は、ネパールの高僧だと言われている。

 銀剣にも出来ないことがある。しかも『まだ』と来た。世界のどこかでSS(ダブル)が使えるようになったスキルは、いつかは日本のSS(ダブル)も覚えるはずだから。


「そもそも(シングル)をエリア外に出しちまったらまずいだろ! おまえが来いよ!」


 電話の相手、本部長だよな? 本部長に対して使う言葉なんだろうか、これ。


「はあ? 再来月だ? おまえ、どんだけワーカーホリックだよ! 働き過ぎだろ!?」


 本部長のスケジュールが再来月までいっぱいだとかいう話だろうか。休みも無いのか、本部長。


「支部に申請出すから、後でおまえも来いよ! 来なかったら、正月にムサシの尻尾の毛バリカンで刈ってやるからな!」


 とんでもない捨て台詞と共に通話を終える。


 探索者から絶大な支持を得ている、人気ナンバーワン眷属のムサシ様の毛を刈るって、どういう脅しだ。


「おい、おまえがねぐらにしての、向こうの支部だな?」

「え、はい」


 向こう、と商店街の方を指差す。


「行くぞ」


 と、銀剣の足が宙に浮き、ゆっくりと上昇を開始する。


 いや、俺は飛べる。勿論、黒太刀も飛べる。

 だが、この忍者兄弟は飛べない。


「銀、この二人が飛べないことを忘れていないか?」

「………」


 地上に留まったままの黒太刀の指摘を受け、銀剣は無言で着地する。


「……面倒くせぇな」


 普通、駅から商店街まではバスに乗る。徒歩で移動すると、小一時間はかかる距離だ。

 ただ、それなりに田舎なのでバスの本数はそれほど多くない。


「俺は一人なら抱えて飛べる。くろは……」

「私はまだ出来ない」

「だったな。紫紺の暗殺者にも無理か……」


 銀剣は溜息をつきながら周囲を見回し、人が殆どいないことを確認すると、車道の方へ進み。


 突然路肩に現れる、黒いVOXY。


「乗れ」


 これ、【収納】から出したんだろうが。


「……【収納】に車入れて持ち歩いてるんですか」


 車って、持って歩く物だったっけ。

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