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第72話 紫紺の暗殺者 22

 黒太刀くろたちの【居室】は、入るとまず大広間がある。

 広間の左右に昼夜別の応接室があるのだが、外へと繋がる大きな扉の隣にもう一枚、似たような扉が存在していた。


 これが何なのか、五年前から多少気にはなっていたが。


 開かれた先には。

 青空が広がっていた。


「……外?」


 雲一つ無い、高い高い空。

 いや、室内のはずなのに、なぜ空。


「レベルが上がれば雑賀様の【居室】でも設定できるようになりますよ」


 俺が上を見上げて呆然としているからか、案内役のオリヴァーさんは笑いながら俺の肩を叩く。


 ついでに真正面に。

 白亜のお城。

 西洋建築に似た、縦長のシルエット。尖塔がいくつも連なったような形の、巨大な建物。


 本当に城だ。

 ただ、ガラスのようなプラスチックのような、光を反射するよくわからない素材で作られていることにだけ違和感を覚えるが。


 城までの道のりは数メートルだが、周囲は森。本物の樹木に見える。


「あの木、本物ですか?」

「ええ。迷宮から一本ずつ持ち出して植えました。優秀な庭師も多いのでね」


 植林って、庭師の仕事に含まれるんだったか。

 腑に落ちない。落ちないが、その程度のことをいちいちあげつらっていてはきりがない。


 城の中にも、広間で見たような西洋人風の顔立ちの眷属達。

 この中のどこかの一室で、今もあの兄弟が講義を受けているんだろう。


 不思議なことに、なんとなくあの二人の位置がわかる。と言っても、自分から見て左上の辺り、という程度だが。

 眷属化ってそういうことなんだろう。


 そのままじわじわ二人に近づいて行く感覚。

 案内される先はあの二人のところか。


 俺はこの時、【居室】のスケールの大きさに圧倒されていて、あの二人の前に何も考えずに立つことになった。

 何の覚悟もないままに。


「あの地に我らを戻せ……!」


 那智なちに胸倉を掴まれ。

 詰め寄られるその瞬間まで、俺は本当に何も考えていなかった。


     ◇


 黒板と、教壇。階段状に配置されたデスクと椅子。

 どっかの講義室か、これ。

 そんな呑気な感想を抱きながら入室した俺に、靴音を響かせて駆け寄って来たのは那智だ。

 洋装もまあまあ似合う、と思ったのも束の間。


「貴様……!」


 俺に掴みかかり、真っ直ぐに見つめるその目は。

 昨日までのあの少年のそれとは全く違っていて。


 殺意を含んでいた。


「那智……」


 喉が鳴る。

 殺される、と思った瞬間、俺の身体は勝手に動いていて。

 気づけば那智を逆に組み伏せていた。条件反射だ。制圧するつもりはこれっぽっちもなかった。


「あ、悪い……」

「……貴様、本当に人間か!?」


 離すとまた飛び掛かって来そうなので、両腕を抑えたまま謝ると、振り解こうと抵抗し続ける。

 が、俺もレベル1100超えなので、普通の人間より腕力はある。脱出出来ずに那智がもっともな問いかけをして来た。


 現代人は、いろいろあって人間離れしつつあると身を持って知って貰うしかない。


 それより。

 問題は完全に俺を敵視していることだ。

 眷属って、もっとフレンドリーに接してくれるものだと思っていたんだが。

 そもそもむを得ず眷属になった経緯を考えると、親しみを抱いて貰えるはずもなかったか。


「……何故、我等兄弟だった!? 答えろ、紫根!」


 俺に拘束されたまま、那智は構わず叫ぶ。


 そのセリフに、それまで壁際で様子を見ていただけの黒太刀が那智の前に移動して来た。

 瞬間移動かと思う早さで。多分【転移】は使っていないはずなので、ただ目で追えないほど素早いだけなんだろうが。


「少年、おまえの主人になった男は雑賀さいがだ。名前で呼べ」


 そんな些細なことを言うために来たのかと思うと、俺の腕から力が抜ける。


「紫紺の暗殺者なんだから、間違いないじゃねぇだろ」


 同じく、目を離した一瞬で黒太刀の隣に立った銀剣ぎんつるぎが楽しげに目を細めている。


 そんな二人を交互に見上げ、那智は頬を引きつらせる。


「………化け物か、貴様ら」


 忍者は高レベルの人間を見分けられる何かを持っているんだろうか。

 確かにこの二人は化け物に近い。【看破】無しにそれを見極められるってすごいな。


 そして那智は最後に俺を見上げ。


「認めない……! 人攫ひとさらいを主だなどと……!」


 敵意しかない視線はそのまま、俺の拘束から逃れようと必死な様子。

 どうすればいいのかわからず、助けを求めるように俺も銀剣を見上げる。


 それに気づき、銀剣は溜息を一つ。

 面倒そうな顔をしたが、銀剣は人情派だ。日の浅い付き合いながら、俺はそう確信している。

 案の定、那智の目線に合わせ屈み込み。


「あのな、小僧。聞いての通り、おまえは本当だったらあそこで死んでた。わざわざ兄貴とおまえ、生かして連れ帰ったのは駄々こねさせる為じゃねぇ。わかってんだろ?」


 那智も目付きは悪いんだが、銀剣のそれには及ばない。

 真正面から凄まれたら俺もひるむ。


「それに、狙っておまえらの所に行ったわけじゃねぇから、もう一度同じ場所なんて行けねぇよ。それがわからねぇほど、おまえはアホなのか? あ? どうなんだ、クソガキ!」


 片手で頭蓋骨を鷲掴みにしながら、更に顔を近づける。

 いや、本当に恐い。笑ってるのがもっと恐い。しかも指先に力が籠もっている。


ぎんさん……頭割れます、それ」


 冗談ではなく頭蓋骨を粉砕されそうなので、恐る恐る声を掛けてみる。


「あん? 手加減してっから問題ねぇ」


 本当に? 那智が涙目になっているのは、頭の痛みのせいだと思うんだが。


「少し、よろしいですか?」


 ここに来てようやく、兄の須佐すさが口を開く。


「おまえもグダグダ文句垂れるつもりか?」


 銀剣の射抜くような視線を受け、須佐は無意識に一歩下がったが、すぐに気を取り直し、かぶりを振る。


「いいえ、彼は命の恩人。付き従うは道理。那智もそれは承知しておりますが、まだ混乱が収まらないため取り乱し、誠に申し訳ございません」


 淀みなく、一気に告げる言葉に迷いはなさそうだった。

 実際、瀕死の状態だった兄の方が、死ぬ運命が覆されたという実感があるんだろう。


「我ら兄弟、雑賀様を主とし、共に戦う所存です」


 そう言って、俺の前に跪いた。

 那智と顔立ちが似ているのだが、兄の方が柔らかい印象を与える。目元は同じくきついんだが、人柄が出ているのか。


 気づけば暴れていた那智も口を噤み、両腕の力を抜いていた。

 そして小声で俺に話しかける。


「離してくれ。……主殿」


 嫌々ながら呼んだ、といった声色で。


「それで、まず我等は何を……?」


 控えたままの須佐の問いに、那智の頭から手を離した銀剣は立ち上がりながら答える。


「まずは、紫紺の暗殺者に忍者修行をつけてやれ。おまえら、本当はこいつの師匠なんだからよ」


 そう言って俺の方を見る。


「ほら、おまえからも頼め」


 もう完全に無効となったであろう弟子入り交渉の続行を、今更ながら命じられた。

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