第70話 紫紺の暗殺者 20
銀剣から貰った、お詫びとしては過剰すぎるスキルについては今は一先ず置いておくとして。
「特定事象で連れて来た人間の戸籍って、正式にはどっから申請出すんだ?」
「協会支部に報告。支部から本部へ。後は楠木が万事整える」
銀剣と黒太刀があの兄弟の今後について相談をしている。俺は蚊帳の外。
「直接楠木に言った方が早くねぇか、それ」
「銀が報告したいのなら止めはしない。その代わり、雑賀に付与したスキルと、雑賀が失敗した理由についても説明する必要があると思うぞ」
「……全部俺のせいみてぇに言うな」
俺はジョッキを傾けながら、そんな二人のやりとりをずっと眺めている。
仲、良いな。
SSって、全員こんな感じの付き合いなんだろうか。普通の友達のような、それでいてどこか馴れ合いにならないよう線引きがされているような。
噂でしかないが、SS五人の中で最強は銀剣ではないかと言われている。実際に全員揃って戦闘に入っているところを見た探索者は一人もいないので、何の根拠もないんだが。
雰囲気から、銀剣の方が兄貴分のように見えないこともない。
目の前にいるからと言って、「誰が一番強いんですか」なんて直球を投げるわけにもいかないので、俺は黙ってテキーラをがぶ飲みする。
普通の店でそんなオーダーをしようものなら正気を疑われるので、誰の目も気にせずにがぶがふ飲めるこの場所は少し有り難い。
「仕方ねぇ、外に出たら楠木に連絡すりゃいいんだろ」
「ついでに、雑賀のアフターフォローも銀がするんだろう?」
「やりゃあいいんだろ、やりゃあ! ……おい、紫紺の暗殺者! 【念話】取れ!」
突然俺を振り返り、またスキル取得の強要。
でもこの人に言われると嫌な気にはならないから不思議だ。
むしろ、今の話の流れで【念話】はかなり嬉しい。
ポイントが減るのは楽しくないが、銀剣と繋がるという喜びの方が勝る。
SSと【念話】の登録。探索者が情報交換に使っている掲示板で自慢したいくらいだ。残念ながら俺は【誓約】のせいでSS絡みの書き込みができないんだが。
すぐにステータスボードを呼び出し、スキルリストをスクロール。
五千も必要だった【念話】はたったの五百ポイントになっている。迷わずタップして取得。
取得したとほぼ同時に。
【念話】Lv.1
conversation:銀
銀剣の方から俺を【念話】の相手として登録してくれたらしい。
「レベルが上がりゃあ、複数での同時通話もできるようになるし、番号振ってすぐに呼び出せる短縮登録機能も開放されるぜ」
なんだ、それ。電話機?
「俺がダンジョンにいて繋がらない時はメッセージ残しとけ」
留守電機能か、それ。
他に登録する人もいないので、複数通話は現実には不要な機能なんじゃないだろうか。と思ったら。
「おい、黒も登録してやれよ」
どきりとする。
初めて出会ったSSということもあり、黒太刀は俺にとって特別な存在だ。
そんな憧れの人と連絡先を交換する。顔には出さなかったが黒太刀がどう返答するのか気になって仕方がない。
出来るだけそちらを見ないようにしながら答えを待つ。
「銀と繋がっていれば、私は不要だろう?」
「うわ……ひでぇな、おまえ。紫紺の暗殺者の気持ちも考えてやれよ?」
そして銀剣はまだ下世話な勘違いをしたままだった。
「いえ、俺は別に……困ったことがあったら銀さんに連絡させて貰いますし……」
本当はとてもがっかりした。本当に、とても。
「ほら見ろよ、こいつの顔! 可哀相だろ!?」
銀剣は立ち上がり、俺の方を示しながら叫ぶ。指を揃え、掌を上に向けて。
こんな時でも人を指差したりしない辺り、本当に紳士だと思う。
というか、言われれば言われるほど、俺が居たたまれない気持ちになるのでもうやめてほしい。
「いや、本当に大丈夫です……」
登録してもらったとして、俺が気軽に黒太刀に連絡を取れるはずもないので、あってもなくても同じなのかもしれないし。
面倒見の良さそうな銀剣の方がまだ連絡を取りやすい。
「ま、どうせ、三日はここに泊まんだから、この話はまた後でな」
「はい?」
泊まる?
多分俺、鳩が豆鉄砲食らったような顔になったと思う。
銀剣が面倒そうに説明してくれる。
「おまえ、教授の講義が一晩で足りると思うか? 教師用の専用スキル使っても五百年前の人間を一日で現代人にできるわけねぇだろ」
外に出せる程度に知識を叩き込んでくれるらしい。
ついでに一つ気になっていることを聞いてみる。
「あの……俺のスキルに、取った覚えのない物が一つ増えてるんですが」
「あ? ああ【不老】に付いて来る必殺技か? ランダムで人間には無理な技一個貰えんだ」
人間には無理な技。人間辞めたわけでもないのに。
「何が出た?」
「……【変身】です」
使えないスキルだと本気で思う。
レベル1で犬歯を牙にできる。コウモリの。
これ、最終的に俺をコウモリに変身させるスキルのような気がする。吸血鬼じゃあるまいし。
銀剣もそう思ったのか、微妙な顔をされた。
と、そこへ初めて見る眷属が姿を現す。
「主様、聴取が完了いたしましたので、食事休憩を取らせた後、教授による講義を開始いたします」
深々と頭を下げるのは、無精髭と長めの襟足が気だるげな印象を与えるイケオジ。
大人の色気たっぷりだが、この人も学校関係者だったりするんだろうか。
それにしても。つくづく、顔面偏差値の高い眷属達だ。
俺も、学生時代はそこそこ女の子が寄って来る方だったので、女性の受けは悪くないと思うんだが。毎日こんな顔に囲まれているのでは、黒太刀の審美眼は相当鍛えられているんだろう。
「雑賀様」
「は、はい!」
余計なことを考えていたせいか、イケオジが俺の方を見ていることに気づくのに少し遅れる。
「ご挨拶が遅れました。第三騎士団所属、尋問官のラファエルと申します」
思ったより恐い職種の人だった。
考えてみれば、いきなり知らない場所に連れて来られて警戒しているだろう忍者兄弟と話をするのだから、一般人では務まらなかったのかもしれない。
いや、そもそもここのスケルトン達は全員一般人じゃないんだが。
「彼らが所属していた集団は、自称『晶洞の一族』。教授が助手達を総動員して文献を調べましたが、そのような名称の集団の存在は確認できませんでした」
メジャーな忍者軍団の有名人を行方不明にする、というやらかしだけは避けられたようだ。
「兄の須佐は、天文十三年生まれ。弟の那智は天文十六年生まれだそうです」
元号で言われても全くわからない。
「雑賀様が訪れたのは永禄七年、西暦で言うと一五六四年。場所は和歌山県と思われますが、彼らが日頃呼んでいた地名は一般に知られた名称とは異なるようで、正確な位置の特定には至っておりません」
一五六四年。高校卒業以来、日本史に触れる機会が無かったため、何があった年なのかまったく思い浮かばない。
そんな俺の様子に気づいたのか、銀剣が助け舟を出してくれる。
「残念だったな、愛知まで行けば生きてる織田信長を拝むチャンスだったってのに」
いや、見たかったかと問われれば、見たかったかもしれないけれども。
下手に近づいたら命の保証が無いのは忍者の隠れ里と同じだ。
「尚、彼等の一族の唯一人の生き残りとなった蛟という男ですが」
そこも調べたのか。というか、学者のスケルトンは【居室】の中にいったいどれほどの資料を溜め込んでいるのか。
「その後の消息は不明です。そもそも里のあった地域の特定が出来ない以上、追跡調査には限度があるようで。その年を境に暗躍するようになった、目ぼしい忍びもおりませんでした」
敵を取ることもできず、何百年も時を隔てた場所へ来てしまった。あの兄弟と次に顔を合わせる時、俺はどんな言葉をかければ良いんだろう。
「兄の須佐の証言によりますと、蛟は上昇志向が強く、有力な武将に着いて一族の名を挙げるべきと長に進言していたようです」
「ってことは、皆はそれに賛成しなかったってわけか?」
銀剣に促され、尋問官ラファエルは頷く。
「はい。特定の勢力に与するべきではないとの判断で。元々、あまり争いを好む一族ではないらしく。他に蛟が暴挙に出る原因は思い当たらないようです」
報告を終え、ラファエルが退室すると、俺の前に新しいジョッキが置かれる。
「ラファエル殿は、新兵には優しく接するタイプですので、心配は無用ですよ」
ボーイが笑顔で補足するが、あの二人、ここでは従軍した新兵扱いなのか。




