第69話 紫紺の暗殺者 19
「で、黒。もののついでに、ちっとサービスしてやってもいいんじゃねぇの?」
にやにや笑いが止まらない銀剣が、何杯目か知らないがグラスの液体を飲み干す。
ちらりと見たボトルの銘柄は、スーパーでも売っている普通の国産ウィスキー。思ったよりも庶民的。
「楠木に止められているのにか?」
そういえば、本部長から何か禁止令が出されているんだったか。
「ああそうか。強制終了の直接原因は銀の渡した霊薬だったから、贖罪のつもりか?」
「俺のせいじゃねぇだろ! 後先考えずに使ったこいつだろ、問題は! あれは死にかけてる師匠を生かして連れて来るために渡したんだよ!」
言われてみれば、連れ帰る対象が行方不明や生死不明の人間というのならば、スカウトを行う局面は生きるか死ぬかという状況下が多いのかもしれない。
手酌で瓶の中身をグラスに注ぎ、銀剣は俺をちらりと見る。
「修行もしてねぇ、第二ステージにも進んでねぇ。なのに二人連れて戻って来るって、おまえ変なとこ運が良いのな」
「ありがとうごさいます……」
あなたがたの要求にだけ応えた形ではあるが。
「ってことで。手ぇ出せ」
言われるまま、差し出された銀剣の手を握る。
と。
強制的に表示された、俺のステータスボードに。
新規取得スキル:
【獲得SP10倍】Lv.-
【スキル取得必要SP10分の1】Lv.-
【獲得経験値10倍】Lv.-
【レベルアップ必要経験値10分の1】Lv.-
【ドロップ全排出50%】Lv.-
【獲得スキル経験値10倍】Lv.-
「銀! 何をしている!」
黒太刀の、常にない焦りを含んだ声。
それだけでもう、これが非常によろしくないものだとわかる。
俺、まずどこに驚けばいいんだろう。
手を握っただけで他人にスキルを取得させたことも衝撃的だが。
取得したスキルの名前が、どれもあからさまに反則技。
「……なんです、これ」
「俺等が最初に取得したスキルの下位互換」
これが下位? だったら上位は何なんだ。いや、そうじゃなくて、どうしてスキルが取得されてるのかをまず。
「取得条件はレベル1000以上で【不老】を持ってること。必要ポイントはそれぞれ一億。おまえの保有ポイントじゃ取れねぇから、俺のポイント使った」
一億ポイント。桁がおかしい。全部で六億じゃないか。
「つっても、俺が使ったのは六百万ポイントだけどな」
いや、大したことないとでも言わんばかりに笑っているが、六百万はけして少なくはない。
それと同時に一つだけわかったのは。
本来六億必要なところ、銀剣にとっては六百万だというのなら、銀剣の持つ上位スキルは【スキル取得必要SP100分の1】ということだろう。
俺が新たに取得したスキルの『10』の部分が全て『100』に置き換わると思われる。
あまり見たくはないが、好奇心に負けた。
取得可能スキルリストを呼び出す。
確かに全てのスキルの必要ポイントが十分の一になっていた。
その中には初めて見るスキル名が大量に並んでおり、おそらくさっき銀剣が使っただろう【スキル付与】の名前もある。
俺の保有ポイントは現在三十万程だ。本来なら三百万ポイントを必要とするスキルまで見えている。
それでもまだ【転移】はどこにもない。
足りないのはポイントなのか、レベルなのか。
探索者協会は、【飛行】と【転移】の取得条件を公表していない。
非公開の理由も説明されていないが、検証サイトの管理人によると、探索者が絶望するのを防ぐためではないかと考察されていた。
絶望するほどの高レベルと高ポイントが必要なのではないか、と。
実際俺も、【飛行】を出すためにレベルが四桁も必要だとは思わなかった。
すべてが普通の人間の百倍になるSS達でなければ到達できないレベル。無理だ。この時点でもう、俺は絶望を感じている。
無言で中空を見つめる俺に、銀剣は更に畳み掛けてくる。
「ま、頑張れ。【転移】が取れたら、俺等の持ってる『100』シリーズの取得可能条件達成だぜ?」
今の流れからだと、SSになるの、まさかレベル一万とかじゃないよな。
「……あの、最初からそれを持ってる、ってどういう?」
聞いていいのかわからないことは、恐る恐る尋ねるに限る。
「んー……おまえ【誓約】かけられてるから、いいか」
まさか五年前に掛けられた【誓約】がこんなことで役に立つとは。
「初心者が参加する講習会で最初にランダムで取得するスキルがあんだろ? 俺等は皆、あの時に【獲得SP100倍】を貰っちまったんだ」
戦いに向いたスキルを得られる人間は一割もいないと言われるあれ。
俺は【短剣術】を貰ったことで今ここにいるが、銀剣達も講習会に参加した時は、探索者になるつもりなどなかったんだろうか。
「すぐに意味はわからなかった。なんとなくスキルリストを開いて、こいつがやべぇスキルだって気付いた」
随分前から黒太刀は無言でグラスを煽っている。銀剣を止めるつもりはないようだ。
「スライム一匹倒しただけだってのに、ポイントは百もあるし、取れるスキルはアホみてぇに並んでる」
講習会終わりに、ようやく溜まった百ポイントを持ってリストを開いたあの日を思い出す。
探索者になるつもりなんてこれっぽっちもなかったのに、あれを見た時は心が躍った。
「そのリストの先頭に、レベル1限定スキルが五個あった。レベル1の間しか取れねぇスキルだ。2に上がったら非表示になっちまう」
それが、先程俺に与えられたスキルの上位の五つなんだろう。
「スライム三匹倒したらレベル2だ。レベル1の間に取れるスキルは二つ。なのに限定表示のスキルは五個もありやがる」
五つ全部を取る方法は。
先に経験値関係のスキルを取るのは失策だ。レベルが一気に上がる。
経験値は普通のまま、スキルをたくさん取るためには。
「時間かけたら周りの奴らに変に思われっからな。必死だったぜ」
「……まず、【スキル取得必要SP100分の1】を取る、ですか?」
銀剣は片眉を上げ、口の端でだけ笑みを浮かべる。
「ま、そういうことだ。二匹目のスライムでまたポイントは百。リストのスキルは全部、必要ポイントが一になってて、残りの四つのスキルも問題なく取得したってわけだ」
一つ、気になることがある。
「でもどうして、取ったんです? 強い探索者になりたかったとか、ですか……?」
それまで成り行きを見守っていた黒太刀の手も止まり、小さく息を吐く。
聞いてはいけなかったんだろうか。
「そんなもん決まってんだろ! 『限定』とか『今だけ』とか、日本人なら食いつくだろ!」
は?
「おまえ、たまたま入った店でいきなりタイムセール始まったら、別にそれ目当てで行ったわけじゃなくても、つい見ちまうだろ!?」
「……見る、かもしれないですけど」
そんな理由で、この人達、SSになったのか。いや、まさかだろ。
「そっからはレベルがどんどん上がってくのが楽しくてよ。気づいたら、楠木から仮面渡されて、このザマだ」
仮面って、本部長から貰ったものだったのか。
俺が【誓約】で何も喋れないのをいいことに、銀剣がSSの秘密を惜しげもなく開示して来る。
俺はまたテキーラをジョッキで貰いたい気分になってきた。
俺の視線に気づいたボーイが近づいて来る。左手のトレンチにはジョッキになみなみと注がれた琥珀色の液体。
仕事の出来すぎるこのイケメンは、何も言わなくてもオーダーを察してくれたらしい。




