第68話 紫紺の暗殺者 18
黒太刀の【居室】に満天の星空の下の露天風呂があることくらいでは、もう俺は驚かない。
温泉はさすがに用意できないのか、普通のお湯に大量の入浴剤を入れる眷属達の姿だけは、見て見ぬふりをしたが。
脱衣所には真新しい衣服が用意されていて、サイズは俺にぴったり。
五年前、身体中に巻き付いて来たメジャー。あのデータを元に準備されたものなんだろうな、きっと。
生成りのシャツとスラックス。
足が長くないと格好悪いファッションだ。大丈夫か、俺。黒太刀に足が短いとか思われないか。
横に目をやれば、執事服の二人組に無理矢理洗われた兄弟が放心している。
さほど力を入れていなさそうなのに振りほどけなかったことが衝撃だったのか、一瞬で知らない場所に移動していた上に誰も何の説明もしてくれないことで混乱から立ち直れていないのか。
そのまま迎えに現れた元教授という眷属に唯々諾々と従い、どこかへ連れて行かれてしまった。
そして俺の前には。
装飾の多いド派手な法衣を纏った若いイケメン。
「お初にお目にかかります、雑賀様。神官長を拝命しております、クラウスと申します」
黒太刀の抱える回復要員のトップ、ってことで良いんだろうか。若いんだが。
生前は威厳たっぷりのお爺さんだったとか告白されても驚かないよう心の準備はしておこう。
「主様からお聞き及びかと存じますが、我等の国が滅びた際、大多数の民が犠牲となりました。神官長も帰らぬ人となった為、現在は若輩ながら私がその任に就いております」
訂正。元々若かったらしい。
だが腕は確かなようで、俺の左肩を元通り動かせる状態にしてくれた。
それにしても。
国が滅びる前に亡くなった人は、モンスターとしてダンジョンに取り込まれなかった、という解釈で良いんだろうか。
カフェバーのような部屋に戻ると、銀剣と黒太刀が酒を酌み交わしているところだった。
テーブルに並べられた空瓶の数がおかしい。風呂に入って怪我を治して貰っている間に、どうして二十本近い洋酒の瓶が空くのか。
食物だけでなく、酒まで無尽蔵に消費するのか、この人達は。
「お、来たか。世界初の大失態をやらかしちまった気分はどうよ?」
なんだか上機嫌。酒に酔うはずはないので、俺の失敗が面白いらしい。
「……結果オーライ、かと思うんですが」
一応、二人連れ帰ったことだし。
「世界で初めての何かが起こった時ってのは、全世界の協会本部長が集まる会議で報告されんだぜ? 楠木の奴、どんな顔で発言すんだろうな」
「珍事だからな、失笑されるだろう」
本部長、申し訳ありません。
一度も見たことのない相手だが、いたたまれない。
銀剣は自分の隣を指差し、俺に座るよう促す。
「で、だ。五百年分の歴史の講義は黒のとこの教授に任せるとして……」
師匠達が連れて行かれたのは歴史の勉強の為だったのか。
「おまえの家、男二人追加で住めるんだろうな?」
「は?」
俺と同居するのか、あの二人。
「んだよ、そのツラ。おまえの眷属の面倒を他の誰が見るってんだ?」
銀剣は呆れたようにこちらを見て溜息を吐く。
「俺、協会の職員寮に住んでるんですが」
独り暮らしなので1LDKに。
「嘘だろ、おまえ! あそこにマジで住む奴なんていねぇだろ!?」
銀剣のただでさえ大きめの声が更に声量を増す。
「雑賀、あれはサービスエリアや道の駅といった、居住に向かない地域のダンジョンに探索者を定着させるための制度だぞ?」
黒太刀も無表情のまま解説してくれる。
「いえ、その……いろいろと便利で……」
食堂が二十四時間営業だとか、いろいろと。
「仕方ねぇな……【収納】はレベルいくつだ? ああ、千越えてんじゃねぇか、余裕だな」
俺のステータスを【看破】で見ながら話すの、やめてもらえないだろうか。全部見られるの、恥ずかしいんだが。
「でも俺の【居室】、人が住むようにできてないんですが……」
主にトイレと風呂としての用途しかない。協会に業者を紹介して貰って上下水道は備えたが、それしかない部屋だ。
部屋は拡げていないが、レベル自体は【収納】に連動しているため、すぐにでも【収納】と同じ容量に拡張することは可能。
「おまえな……いつ千体の眷属と契約するかわからねぇんだぞ? 部屋くらい用意しとけ」
いや。今まで探索者やって来て、千体のモンスター軍団なんて遭遇したことがない。
否定しようと口を開きかけたと同時に、黒太刀が呟いた。
「千人の忍者軍団か……良いな」
「……見かけたら契約します」
つい、口をついて出た。
銀剣が口の端だけを上げる笑みを浮かべてこちらを見ているが、気付かないふりをした。
違います、そういうのではありません。
「それよりおまえ、どの程度修行した? ちっとは忍者らしい技覚えたんだろうな?」
思い出したように、一番聞かれたくないことを銀剣が尋ねて来た。
どう答えたものか。
イケメンのボーイが笑顔でメニューを手渡して来る。
一拍置いて。
メニューを開き。
「……何も習えませんでした」
SSの前では、隠しても無駄だろう。俺はメニューに目を落とし、二人の視線から逃げるようにそれを凝視した。




