第67話 紫紺の暗殺者 17
半日後、兄という人が漸く意識を取り戻した。
本当に有り得ない話だが、全ての傷が奇麗に消えていた。死にかけていたのに。【回復魔法】より凄い。
貰い物だから良いようなもので、あの薬が買い取りだった場合、俺の全財産はたいても足りないんじゃなかろうか。
「紫根、あの薬は一体……?」
ええ、いったい何なんでしょうね。俺も詳しく知りたい。
特に治るまでの途中経過について。
幸い、あのグロ映像を目に焼き付けたのが俺だけだったため、この兄弟は驚きながらも喜んでいるのみ。
血管うねうねとか、もう二度と見たくない。
ただ、失った血液まで強引に作り出すことはなかったらしく、兄という人の顔色はひどく悪い。
もう二、三日は休ませるべきなんだろうが、兄という人は一刻も早く早くこの場を離れるべきだと提案した。
「亡骸を数えれば、生き延びた者がいると容易に知れる」
特に、内部の人間が協力している以上、誰がまだ生きているのか特定するのは容易。
ふらつきながら立ち上がった兄という人は、俺に頭を下げ、須佐と名乗った。歳は那智より三つ上。
須佐。つまり、スサノオ。
となると、那智というのは、大己貴命の別名か。
思ったよりも名前の由来が荘厳な兄弟だった。
神様の名前を付けた忍者なんて聞いたことがないが、本来ならばここで滅びていた一族だし、歴史に名前が残っていないのだから、俺の知識に無くともおかしくはないんだが。
そこで俺は、とんでもないことに気づいた。
本来なら。
ここで滅びたはず。
弟は俺がいたことで生き延びた。
兄は俺が未来から持ち込んだやばい薬で命を取りとめた。
まずい。
俺、歴史に介入してる。
更にこの二人が、裏切り者の蛟に報復を仕掛けようものなら、本来生き残るはずの男が死ぬというもっと厄介な歴史改変だ。
焦る俺をよそに、洞窟の出口に向かいながら二人は、ひそひそと何かを話し合っている。
漏れ聞こえる単語が穏やかじゃない。「復讐」とか「制裁」とか「殺す」とか聞こえた。聞き間違いじゃない。
俺の【集音】のスキルレベルはまだそれほど高くはないが、この距離の話し声くらいなら拾える。
絶対にまずい。
というか、もうかなり前から色々とまずい。
これ、何かペナルティとかあるんだろうか。
そんな俺の前に、ちょうど良いタイミングでステータスボードが強制表示される。
特定事象:『往日の試練』強制終了
歴史改竄危険度:上昇中
第二過程進出:不可
眷属対象者:無
絶句する俺の前で勝手にスクロールされる半透明の画面。
強制排出対象者:二名
強制排出対象:眷属対象へ強制変換開始
待て待て。
システム的な何かが勝手に動いている。何だ、これ。
歴史を変えそうな雰囲気があるからゲームオーバーになる。納得できないが理解はできる。
当然、第二ステージ行きもアウト。
まだ何一つ修行らしいことをしていないから、連れ帰れる人材がいないのもわかる。ただ、連れ帰る師匠が眷属扱いになるとは聞いていないが。
問題はその続き。
強制排出対象二名って、この兄弟のことだろう。死ぬはずの二人がここでぴんぴんしてるんだから、このままこの時代に置いておけないのは間違いない。
それを、変換?
俺の眷属に?
いや、俺、まだ【眷属】取ってない。銀剣も、取れなんて言ってない。
次の瞬間、俺の意志に反して勝手にポイントが消費され、スキルが取得される。
新規取得スキル:【眷属】
更に。
強制レベル上昇:【眷属】Lv.1→Lv.2
必要SP:10,000
何してんだ、俺のステータスボード。
取得に必要なポイントと同数を払えばレベルを上げられるなんて、俺は知らない。
というか、勝手に俺のポイントが消費されている。
【眷属】Lv.2
須佐 Lv.0
那智 Lv.0
待ってくれ。本人達の意志を完全に無視して、前を行く兄弟が俺の眷属になっている。
混乱し立ち止まったままの俺を振り返り、那智が声を掛けようとした。
「紫根? どうし……」
声は途切れた。
目を焼く真っ白な光が俺達三人を包んだからだ。
この時代に来た時と同じ、何かをくぐり抜ける感覚が襲い、俺は強制終了の時間が来たことを悟った。
◇
目を開くと、そこは一週間前に旅立った黒太刀の【居室】。カフェバーのような部屋の真ん中。
「よ、お疲れ。ちゃんと二人連れて来たじゃねぇか、上出来だぜ」
銀剣はソファに座り、片手にはグラス。
旅立つ前と寸分違わぬ光景。
当然だ、こっちでは一秒しか経っていないんだから。
「何日いた? ……あ? たったの一週間? 何だ、その強制終了に強制排出って?」
俺が何か言うより早く、【看破】で俺のステータスを確認した銀剣が怪訝な顔をする。
「……おい、黒。特定事象って、どっちの受け持ちだ? ムサシか? 楠木か?」
俺と背後の二人を睨みながら、銀剣は向かい側に座る黒太刀に呼びかける。
「どちらでも良いだろう。まずお前達全員、風呂に入れ。……ヨハン、オリバー、連れて行け」
いつの間にか現れていた執事服の二人に腕を取られ、呆然と周囲を見回していた兄弟はどこかへ連行される。
「雑賀様もこちらへ」
促され、俺も後に続く。
もしかして臭かったのか、俺達。




