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第66話 紫紺の暗殺者 16

 抗う気力も無かったのか、兄という人はそのまま瓶の中身を飲んだ。上を向かせたことで露わになった喉が小さく上下する。


 微かに眉が動いたと思ったら、大きく目を見開いた。

 苦いのか辛いのか知らないが、衝撃的な味がしたと思われる。

 そしてすぐに意識を失った。


「紫根、おまえ何を……!」


 兄の身体を支えながら師匠は俺を見上げるが、俺はもう説明は諦めた。


 衣服が血塗れのためわかりにくいが、出血は止まっている。おそらく。

 気絶したかと思ったこれも、よくよく近づくと寝息を立てているような気がする。多分。


 大丈夫。銀剣ぎんつるぎは見た目は凄いが、信頼の置ける人柄だと俺には思えた。人体実験紛いのことをいたずらに他人にさせるような人間ではない。

 あんなことを言ってはいたが、危険な薬ではないはず。


 いつ目を覚ますのか、目を覚ました時にどの程度回復しているのか、わかるはずもない。

 よって。俺から言えることは何もない。


「……背負って、ここから離れるか?」


 しいて言うなら。今後の行動を尋ねることくらい。

 師匠にはまだ他に、行く当てはあるんだろうか。


「いや。まだ来ていない者もいる。ここで待つ」


 留まるのも危険だろうに。師匠は、もう誰も生き残っていないとは信じたくないのかもしれない。


 そうして夜明けまで、師匠は洞窟の中で蹲り、時折、傍らの兄の様子を見て過ごした。


 俺はそっと、師匠にはけして見ることのできない俺だけの【時計】を空中に表示する。


 現在時刻、七時半。


 結局、師匠の兄以降、誰かが現れることはなかった。


 師匠と河原で出会ってから七日目の夜は、こうして明けた。


     ◇


 昨夜、火の手が上がっていた方角を見る。襲撃者達は山に燃え広がることを望まなかったのか、火はここまでは届かなかった。

 夜が明けると師匠は一人で遺体を埋葬した。滝のそばに。

 集落の近くの方が良いのでは、と思って尋ねたが、絶対に近づくなと釘を刺された。

 襲撃者が撤退したのならば良い。舞い戻る住人の存在に備え、いまだに付近に兵を配置している可能性もある。


 忍者の隠れ里をこの目で見る機会は永遠に失われた。

 これだけの数の遺体を前にしていながら、そんな不謹慎なことを思った。


 そしてそんな自分に気づいて急に恐ろしくなる。


 俺はもしかして、どこか時代劇でも観ているような感覚なんだろうか。

 特定事象が俺の感情に何かフィルターのようなものを掛けているのかもしれない。

 ゲームのクエストをこなしているような、そんな気持ちしか湧いて来ない。

 こんなに人が死んでいるのに。


 愕然とする俺の様子に気づくことなく、師匠は穴を掘り続けている。

 道具は洞窟の中に揃っていた。数人で同時に作業が出来るように。非常時の備えなんだろう。

 俺も手伝おうかと声を掛けたが、自分でやりたいと拒まれた。


 そこからは無言。

 俺は外に出たり、兄という人の様子を見たり。所在無く、時間を過ごす。

 

 本当に、この兄という人はいつ目を覚ますのか。

 そもそもすっかりタイミングを逃してしまったが、兄の名前もまだ俺は聞いていない。


 眠りが深そうだったのを良いことに、一度こっそり着物を捲ってみたところ、刀傷がじわじわと消えて行く場面に遭遇した。

 肉がボコボコと盛り上がり、血管がうねりながらグチャグチャと音を立てて繋がり、シュルシュルとおかしな音出して皮膚が作られ、そうして傷が塞がっていく様は。

 俺が飲ませたあれが原因なので言いたくはないが。


 めちゃくちゃ気持ち悪かった。


 そっと襟元を合わせ、見なかったことにした。

 何だあれ。【回復魔法】はもっとファンタジックに傷が消えるのに。

 全身であれが進行していると思うと何とも言えない気分になるので、もう考えないことにした。

 SS(ダブル)が用意したものに常識を求めてはいけない、と自分に言い聞かせて。


     ◇


 洞窟の中には非常食もあった。ジャーキーのような干し肉は、何の動物なのかわからないが美味かった。

 師匠に手渡されたそれを、まだ血の匂いの残る洞窟内で口にして「美味い」と感じるのもどうかと思うが。

 普段からダンジョンのモンスターの肉を食べていることを思えば、山奥の野生動物くらいかわいいものだろう。


「紫根、兄者に何を飲ませた?」


 不意打ちはやめてほしい。

 突然、一番触れてほしくないところに触れられ、思わず咽る。

 咳き込む俺に、川で汲んだばかりの冷たい水を渡してくれる。

 兄に得体の知れない薬を無理矢理飲ませた相手だというのに、本当に良い奴だ。


「……わからない」


 嘘じゃない。良く効く薬だということ以外、わからない。


「どこから持って来た?」

「………」


 遠い未来から。


 言葉に詰まる俺の顔を覗き込み、師匠は鋭い視線を向ける。

 下手なことを言うと殺されそうな視線。


「……すぐに良くなる、と思う」


 困った挙げ句、逃げるように俺は立ち上がり。答えになっていないセリフで外へ向かう。


 これ、最後はスカウトする仕組みらしいが、SS(ダブル)の皆さん、どうやって「未来に行こう」なんて荒唐無稽な話を切り出したんですか。

 怪しい薬の出所すらまともに言えない状況に置かれ、俺は違う意味でSS(ダブル)に畏敬の念を抱いた。



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