第65話 紫紺の暗殺者 15
三十分程、道無き道を進んだ。
周囲が次第に焦げ臭くなって来た。ってこれ、山火事燃え広がっているんじゃないのか。放っておいたら大事になりそうなんだが、いいのか。
道中、師匠から聞いた話では、突然集落に火をかけられ、武装した男達に襲い掛かられたようだ。
「見張りの蛟は死んだんだろう」
一度だけ見た師匠の幼馴染の顔が思い浮かぶ。
皆が散り散りに逃げ延びる中、師匠には俺を見捨てるという選択肢は無かったようだ。
どうやら襲撃者の真ん中を突っ切って小屋に向かってくれたらしい。頬の傷はその時のもの。
そのせいで追手の八割は師匠の方へ来てしまったらしいが。
歩きながら、【回復魔法】を肩と脇腹に掛ける。
困ったことに、俺の魔力の半分は髪型を誤魔化すための【幻影魔法】に使われているので、【回復魔法】に割ける魔力は少ない。
もう、長髪のふりやめてもいいかな。
「何人死んだかわからない。生きていればここに来るはずだ」
師匠が示す先は、滝壺。
あの裏に洞窟とかありそうだな、と思いながら、なんとなく【反響定位】を使うと、本当に洞窟があった。
子供の頃に祖父と見た時代劇のワンシーンと殆ど同じ。
これ、敵にも見破られそうだが。
俺が最初に師匠と出会ったのは、おそらくこの下流。小屋まで運ぶのは重労働だったんじゃなかろうか。
水のベールを抜けると、狭い洞窟。普段良く見る洞窟はダンジョンなので、普通の天然物は狭く感じるのかもしれない。
圧迫感に思わず深呼吸した時、血の匂いがした。
俺はまだ、手傷を負った人がいるせいだろうと簡単に考えていた。
洞窟の奥に折り重なる、遺体の数々を見るまでは。
◇
生きた人間は一人もいなかった。
誰もが農民のような格好。
全員、刃物による外傷だらけ。命からがらここに辿り着いて息絶えた、とはとても思えない。
ざっと三十人近い人間が、ここでばたばた死んだなんて、この時代についての知識の薄い俺でも信じない。
誰かが待ち伏せしていたと考えるべきか。
言葉を失う師匠の後ろで、俺は【索敵】で洞窟内の気配を探る。
何度やっても同じ。生きて洞窟内にいるのは、俺と師匠だけ。
師匠は俺を迎えに来たことで合流が遅れ、難を逃れたと見るのが自然。
「有り得ない……ここは里の者しか知らない」
追手は完全に撒いた。先回りできるはずがない。
探索者になって十一年。運び出される遺体をこれまでに三度、目にした。
慣れているつもりだった。
それでも。三十余人の無惨な遺体を前にしてしまえば。
自然、拳を握り込む。
滝の音が遠い。
小さな物音。初めて耳にする、師匠の足音。
まだ十七歳。一人きりになった少年に掛ける言葉が見つからない。
「那智……?」
入口からかかる声に、俺と師匠が同時に振り返る。
「兄者……!」
血塗れの若い男。少し師匠に似た面差し。
ふらつきながら近づく姿に、血を流し過ぎたのだと気づく。
生存者がいた、と単純に喜べるような状態ではなさそうだ。
もう保たない。そんな言葉が頭を過る。
そんな状態でありながら、兄という人は冷静に奥の遺体を見つめ、状況を即座に把握したらしい。
限界だったか、膝から崩れ落ちながらも、両手を地面につけて身体を支える。
「そうか……皆、蛟に殺されたか……」
「……蛟?」
兄という人に駆け寄り、労るように屈み込んだ師匠が、思いもよらない名前に訝しげに呟いた。
師匠の幼馴染は今夜、見張りをしていて真っ先に命を奪われたものと思っていた。
だが。彼が敵を引き込んだのならば。そしてここで待ち構え、気が緩んだ瞬間を狙って命を奪う。
兄という人の言葉だけで、なんとなく筋書きが見えた気がした。あの幼馴染がそんな暴挙に出た理由以外は。
師匠にもそれはわかったのだろう。
「兄者も……蛟に……?」
兄という人は頷き、師匠の腕を掴む。
「那智、里を離れろ。我等のことは忘れて自由に生きろ」
無理に作った笑顔と、はっきりとした口調。
兄という人も自身の状態を理解しているんだろう。
俺は、出発前に銀剣から手渡された小瓶の存在について考える。
銀剣は「金の眷属が古竜の血から作った霊薬だ。死んでなきゃどうにかなる。一本しかねぇから、ここぞって時に使えよ?」と言っていた。
俺が効果を再確認しても「まだ誰も使ってねぇから知らね」と無責任な答えしか返さなかったが。
放っておけば死ぬ。でもこれは一本しかない。
迷う必要、ないよな。
近しい人を全て奪われたと思ったところに現れた肉親。それを糠喜びにさせるわけにはいかない。
唯一の不安要素はまだ一度も人間で試されていないことだが、SSが出した物に間違いはないはず。多分。
何もしなくても死ぬ。何もしないより、遥かにまし。
俺は自分に言い聞かせ、師匠とその兄に気づかれないよう【収納】から小瓶を取り出す。
しっかりと右手にそれを握ってから気付いた。
師匠に助けられた時に身ぐるみ剥がされ、所持品が何もないことを確認されているんだった。
これはいったいどこから湧いて出た?
気の利いた言い訳が思い浮かばないうえに、どこかの誰かのように有無を言わせず強引に物事を進めることにも抵抗がある。
俺が悩んでいる間に、兄という人はとうとう膝で自身を支えることもできなくなった。
ああもう、なるようになれ。
俺は無言で兄という人の前に屈み込み、顔を上げさせ、無理矢理口に封を切った小瓶を押し込んだ。




