第60話 紫紺の暗殺者 10
「歴史上の有名人は狙うなよ? 歴史は変えられねぇから、いつどこで死んだかはっきりしてる奴は無理だからな? 行方不明になっても問題ねぇような無名の奴を狙え」
有名な忍者って誰なんだ。俺、忍者に詳しくないんだが。服部半蔵くらいしか分からない。
他にいくつか名前が浮かんだが、叔父の家で読んだ昔の忍者漫画の登場人物は多分、架空の存在。
あの後、黒太刀の【居室】に場所を移し、それっぽい衣装を用意してもらっている間、以前にも通されたカフェバーのような部屋で銀剣からレクチャーを受けている。
「忍者ってどうやったら、ぽっと出の赤の他人を鍛えてくれんだ? 土下座して日参すれば折れる武芸者とは違ぇだろ?」
貴方が足繁く通って頭下げている姿が想像できない、と言ったら怒られそうだ。
銀剣は一人掛けのソファに座っているが、背を預けることも、テーブルに肘をつくこともなく、背筋を伸ばした状態で琥珀色の液体の注がれたグラスを傾けている。
一方で俺は、ずっと一つのスキルを使うことに集中しており、何かで喉を潤す余裕もない。
それと言うのも、ここに来るなり、銀剣の鋭すぎる視線に負け、長年温存していた二十万ポイントをとうとう使用したからだ。
自分のステータスボードで、ただ該当のスキル名を長押しするというだけの作業。
一瞬で、俺の長い取得リストの一番下に【不老】の文字が加わった。
そして新たに取得可能リストに出現する【幻影魔法】の文字。
派生スキルだからなのか、【幻影魔法】はたったの一万ポイントで取れた。【不老】の二十万と比べると格安。
わざと銀剣と黒太刀は言わなかったんだろうが、【不老】を取得すると同時に全身が軋んだ。
それも、はっきりと耳に聞こえる大きさの、ボキボキという音を立てて。
音量に比例する形で襲う、言葉で表現できない激痛。
もっとファンタジックな感じに、簡単に若返ると思ったのに。
椅子から転がり落ち、呻きながらのたうち回る俺を見下ろし、銀剣は「重ねた分の齢を戻すんだから耐えろ。だからもっと早く取っときゃ良かったんだ」と他人事だからか淡々と説明してくれた。
半分も耳に入らなかったが。
五分間の拷問のような時間を終え、カフェバーの従業員のスケルトンがどこからともなく運び込んで設置してくれた姿見の前に立ち。
鏡の向こうに見つけたのは、大学に通っていた頃の、肌が艶々の俺。
幾つくらいなんだろう。二十一、二?
取り返しのつかないところに両足で思い切り飛び込んだ実感が、鏡の中から湧いて来たような気分。
軽く吐き気を感じたが、深呼吸を三度繰り返しどうにか堪えた。
後悔しているように見えてしまったら、多分銀剣は気にする。
落ち着いたことで【幻影魔法】の使い方も理解した。
スキルレベルがまだ1なので、自分の外見にしか適用できない。
しかも、髪の毛の長さと色を変えて見せることが出来るだけ。
これは早くスキルレベルを上げないと、人前に出られない。
すぐに自分の髪の毛を長くしたり短くしたりを繰り返し、とにかくスキルを使い続ける。
本当に燃費が悪く、魔力がどんどん削られて行く感覚がある。
そんな俺の手を握り、時々銀剣が魔力を譲渡してくれる。
今も俺の手を強く握ったあと、思い出したように呟く。
「ま、ワンチャン、小太刀術で有名な道場の前に出るとかあるかもしんねぇけど」
「今更それ言います?」
忍者一択で話が進められているせいで、武家の子弟風の衣装は用意されていないんじゃないだろうか。
「それから、いい加減うぜぇから一つだけ訂正するとな、黒は俺の妹分じゃねぇぞ」
「はい……?」
何の話だろう。
全く理解できていないと顔に書いてあったのか、銀剣は大袈裟に肩を竦め、一つ息を吐いて怒鳴りつけて来た。
「だから! てめぇの女の兄貴に会っちまった男みてぇな顔で俺を見るんじゃねぇってことだよ!」
「え……!?」
さっきダンジョンで初めて銀剣を見た時、確かに似たようなことを考えたような気がしないでも。
でもそれは一時の気の迷いのようなもので、ずっとそんなつもりで銀剣を見ていたわけでは。
「おまえ、自覚ねぇのか……ま、それも面白ぇからいいけどよ」
俺の顔をまじまじと見つめ、楽しそうに喉を鳴らす。獰猛な猫科動物のようで、可愛げと烈しさが同居する笑顔。
そうこうするうちに、あの独特のアレンジで和服を着こなすオネエ言葉のデザイナーが扉を大きく開け放って現れた。
「お待たせしたわね! コンセプトは『農民の振りをして城から落ち延びた武将の嫡男。括弧、元服前』よ!」
このスケルトンのデザイナー、日本語のスラングに造詣が深過ぎる。その、『(元服前)』って何なんだ。
そして出されたのは、少し煤けた着物。多分、小袖とかいうやつ。どう見ても膝上。短い。
「……元服前って、中学生じゃないですか」
「だめかしら?」
「無理があります……」
後ろから現れた黒太刀が、心做しか楽しげに告げる。
「ダグラス、元服前ではなく、刀を握ったことのない御曹司だろう?」
「あら、やっぱりそっちなのね。アタシのお勧めは少年の方なのに、残念だわ」
膝上の小袖を自分の【収納】に仕舞い、代わりに取り出したのは、同じく煤まみれの小袖と短い袴。袴の裾に紐があり、あれで絞るんだろう。時代劇で見た庶民のスタイル。
よく見ると、ところどころ赤黒い染みがある。血痕?
落城設定は共通しているらしい。
「雑賀は長剣も日本刀も使えないから、昔の日本男児としての基礎に問題がある」
俺に限らず、短剣を主武器として使う人間は、わざわざ長剣のスキルを取らないと思う。俺のスキル構成を責めないで欲しい。
「試着しましょ。樹ちゃんは褌の絞め方わかる?」
わかるはずもない。ちびっ子相撲すら縁遠かった俺は、現代の下着以外使ったことはない。
「普通のパンツじゃだめなんですか……」
脱力した俺に、銀剣が不思議そうに尋ねる。
「何言ってんだ、おまえ。全身傷だらけで意識のねぇ人間を介抱するんだから、全部脱がせるだろ、普通。パンツ履いてたらまずいだろ?」
この人達、一体いつの間に、俺抜きでそんな設定を作ったんだ。
確かに、焼け落ちる城から命からがら逃げ延びて、人の姿を見つけたことで気が緩んで意識を失う大怪我を負った青年なら、集落に自然に入り込めるかもしれないが。
「血も涙もない冷酷な奴等じゃねぇことを祈れ。そのまま見捨てられても心配はいらねぇ、こっちに強制送還されるだけだからよ」
今一番気になるのは、意識を失うような大怪我を、どうやって俺が負うかなんだが。
「任せとけ。急所はミリ単位で外してやる」
そう言って銀剣は立ち上がった。
その手に、ド派手な銀色の日本刀と弓矢を持って。




