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第5話 ダンジョン研究者 1

 その朝、とある地方都市の探索者協会支部の一階では、まだ年若い研究者が土下座をしていた。


「お願いします! 僕達にはもう後が無いんです!」

 

 この青年が協会に通うようになって今日で三日目。

 初日は肩を落として帰って行った。

 昨日は深々と頭を下げ続けたが、やはり項垂れて出て行った。

 そして今日は、やって来るなり床に頭を擦り付けている。


 昨日までと違うことはもう一つ。


 昨日まではベストを着用した職員が対応していたが、おそらくまた来るだろうとの予測の元、ネクタイをきっちり締めたスーツの男性が一階で待機していたこと。


 探索者協会支部長その人である。


「探索者協会1017番ダンジョン管制支部長の高瀬です。何度来られても我が支部には貴方の希望に添える人材がいないんです」


 どの支部も、基本支部長という存在は腰が低い。

 自由過ぎる探索者達が世間のイメージを悪くしている為、せめて自分達くらいは、と謙虚な姿勢を崩さない。


「貴方はレベル10。単独での潜行が許されているのは二階層まで。貴方が五十階層に行く為にはランクAの護衛が必要です」


 この二日間、彼には同じ説明を繰り返している。


「ですが、現在この支部の所属探索者には、ランクAはいないんです。貴方を五十階層に連れて行ける者は、ここにはいないんです」


 近隣の、ランクAが所属している他の支部に行くよう促しているが、この研究者はここでなければ駄目だと譲らない。


 いったいどうしたものか。

 つまみ出せれば簡単なのだが、一般人に無体な真似はできない。支部長が天を仰いだ時、奥の受付から笑い声が聞こえた。


 こっちが神経擦り減らしている時に、のほほんと笑っていやがるのは誰だ。

 出来うる限り顔を動かさずにそちらに視線を向ければ。


 受付に肘をつき、カウンター越しに女性職員達と談笑する若い男。

 誰が見てもダンジョン探索には向かないであろうサルエルパンツ姿。片側だけ長く伸ばした前髪も戦闘の邪魔にしかならない。


 協会に遊びに来た場違いな一般人にしか見えない男は、実はこれでも月に一度必ずこの支部に姿を見せる探索者だ。

 垂れ目の整った顔立ちと親しみやすい口調のせいで一部の女性職員を勘違いさせる問題児だが、高過ぎるランク故に出入り禁止にもできない。

 そもそも協会本部が公式に、この支部を彼の根拠地として認定してしまっている。支部長の権限でどうにかできる存在ではない。


 よりにもよって、月に一度しか来ないあいつと問題の客がかち合うとは。


 支部長はゆっくりとカウンターに近づき、くだんの男に声を掛ける。


「あー……少しいいか、あお


 男は「ん?」とにやけた顔を支部長に向ける。

 向こうでのやり取りが聞こえていないはずがないというのに、とぼけた野郎だ。


「今日、おまえが休みだってことは重々承知している。承知しているんだが、頼まれてくれないか」


 男はわざとらしい仕草で少し考える素振りを見せ、小首を傾げる。


「うーん……いいけどさー。あの人、五十階層に何しに行くわけ?」


 やっぱり聞いていたんじゃないか。

 舌打ちしそうになるが、ここは支部一階。普通のお客様もいる。世間の目がある。


「ダンジョン研究をされている方で、よくわからんが、どうしてもうちの五十階層で地質調査がしたいらしい」


 実際、ダンジョン研究者という連中は理解できない存在が多い。

 何の役に立つのかわからない研究も多いが、時折、社会に有益な発表をする者も出る。

 どう転ぶかわからない。故に、無下に扱うことができない。


「ふぅん……ま、いっか。オッケー、ちょっとだけなら潜るよー」


 断らないにしても、渋るか交換条件を出される覚悟はしていた。

 それがあっさりと了承して来た。却って薄気味悪い。


「何を企んでる?」


 尋ねずにはいられなかった。


「別にー。気が向いただけー。でも本当にちょっとだからね? オレ、今日は潜らない日なんだから。明日は一日中ここに入るんだし?」

「わかっている」


 振り返れば、床に座り込んだまま、顔だけ上げた状態の青年がこちらを凝視している。

 既に悲壮感はない。


「聞いての通りです。短時間で良ければ、この男が貴方に付き添います」


 途端に青年の顔は明るくなり、すぐに立ち上がると男に駆け寄った。


「ありがとうございます! 僕、ダンジョン研究所の西舘にしだて一朗いちろうです! ドロップ部門所属で、専門はポーションです! よろしくお願いします!」


 一礼する青年に対し、男は口の端だけ上げ、こめかみに人差し指と中指を当てる仕草で答える。


「どーも。ご紹介にあずかった青でーす。よろしくね?」

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