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第58話 紫紺の暗殺者 8

 他の探索者が全く近寄って来ない中、銀剣ぎんつるぎと差し向かいで食事。


 お陰で銀剣のことを『ぎんちゃん』と呼ばねばならない状況に陥らずに済んでいる。


 そしてSS(ダブル)は皆【暴食】を持っているのか、非常によく食べる。

 俺もあれを取得してからは人より量が増えたが、食べなければ空腹を感じるというわけでもないので、常に大量に摂取することはない。


 満腹にならないからいくらでも食べられる、というのがその効果だった。

 なので目の前の銀剣が大盛りの皿をどんどん消費しているのは、別に腹が減っているからではないはず。


 何度目かのおかわりの後、フォークをそっと置いた銀剣は突然俺をまじまじと見つめ。


「なあ。おまえ、よく見たら『往日の試練』まだ手つかずじゃねぇか」


 うわ、気づかれた。

 俺のステータス。名前とレベル、スキルポイントのすぐ下の目立つ位置に、何年も前から表示されっぱなしのそれ。


 特定事象:『往日の試練』未挑戦


 これが表示される前から、特定事象についての知識はある。

 海外では大々的に公表されていたから。


 武術スキルのレベルが千を超えると表示され始める。

 これを開始すると、ランダムで過去のどこかの時代に飛ばされる。自分の武術スキルにもっとも適した人物の近くに。

 その人物に弟子入りし、無事に修行を終えると称号『聖』を得る。

 これが発表された時、もうファンタジーがどうとかいう突っ込みも出来ない域に達したと思った。


 ただ、俺の場合、千を超えたのは【短剣術】。

 俺の普段の戦闘スタイルから鑑みて。


「なんつーか、おまえの場合、忍者の隠れ里とかに飛ばされそうだな」


 俺もそう感じた。だから今まで手出し出来なかった。

 忍者修行して帰って来るくらいはまだ良い。修行できるのならば、だ。

 弟子入りするところから始めなければならないのに、そんな閉鎖的な感じのところに突然現れて無事で済むのか。


「二、三年前にヨーロッパの方で情報公開しちまったから知ってると思うけど、好成績で終わると、その師匠をスカウトできるんだぜ?」


 勿論知っている。

 スカウトを仕掛けることができるだけだと。

 それが成功するかどうかは修行中にどの程度の関係性を築けるかによる。

 ゲームじゃあるまいし、好感度とかあるのかと呆れたが。


 スカウトに成功すると、その師匠を現代に連れ帰ることになる。

 このタイムスリップして来た人達の戸籍問題解消の為に、外国では情報を公開する羽目になったらしい。

 ただ、激動の時代を生きた、最初から戦える人間が探索者になってくれるのだから、協会としては有り難いのだろう。今ではこの特定事象が表示されたら即座に挑むことが推奨されている。


「どうせおまえ、【誓約】で何も話せねぇから教えてやる。成績によっては、第二ステージがある。最大二人、連れて来れるってわけだ」


 不意に、五年前の黒太刀くろたちの言葉を思い出す。


 ――千五百六十三人だ。それと居候が二人。


 あの時、黒太刀の【居室】に住んでいた居候二人って。


「……銀さんの」

「銀ちゃん、って呼べって言ったろ」


 嘘だろう、呼ばなきゃいけないのか。


「……銀ちゃんさんのところにも、『居候』いるんですか?」


 精一杯の妥協した呼び方で尋ねてみる。


「銀ちゃんさんって、おまえ。……ま、いいか。いたぜ、二人。去年独立したから、もうじきSS(ダブル)の人数が増えたって噂が流れんじゃね?」


 SS(ダブル)の師匠もSS(ダブル)なのか。


「参考までに、どこから連れて来たか聞いても?」

「江戸時代。俺は大剣よく使うけど、どの武器も全部使えっからな。武芸百般の連中がいた時代に決まってんだろ」


 俺、短剣くらいしかまともに使えない。

 ついでに【隠形】とか【跳躍】とかのレベルが高め。ダメ押しで【分身】と【幻惑】が使える。


 完全に忍者の隠れ里コース。


「行くなら【不老】取ってからにしとけ。何年向こうにいるかわかんねぇからな」

「え、そんなに時間かかるんですか?」


 期間についての情報は、そういえば見たことがないかもしれない。


「俺は半年くらいいたか? ま、【居室】と一緒で、何年いてもこっちじゃ一秒も経ってねぇから」


 そうだよな、修行だもんな。すぐ終わるわけがない。


「それと、向こうで死んだら即ゲームオーバー。こっちに強制送還されるから気ぃつけろ」


 俺、隠れ里に姿見せた途端に殺される予感しかしない。

 無理だ、絶対。


 俺の顔が強張って行くことに気づいたらしく、銀剣はいつのまにか追加していた新たな皿の上の料理を全て食べ終えたところで溜め息を吐く。


「仕方ねぇな……おまえはくろの管轄だから俺が手ぇ出すのはまずいってのに」

「管轄?」


 銀剣は片眉を上げ、意地の悪い笑みを浮かべた。


「俺等はプライベートに不干渉。黒と個人的に付き合いのあるおまえに、黒に黙って勝手な真似はできねぇってこと。特におまえ、黒のお気に入りだろ?」


 いや、気に入られた覚えはまったく。そもそも十年でたった二回しか会ったことがない。


「黒、ああ見えて忍者好きだぜ? 【隠形】とか【分身】とか鍛えてるおまえのこと、相当気に入ってたな」


 忍者っぽい要素があるから気に入られた。なんだろう、全く嬉しくない。


「待ってろ。今、黒呼ぶから」

「ええっ!? いや、そんな……」


 考えようによっては、この人は黒太刀のチームメンバー。気軽に呼び出すのは普通なのかもしれないが。

 俺としては数年に一度くらいしか会えない特別な人だ。

 初めて見たSS(ダブル)だからか、俺にとってはそんなに頻繁にお会いしてはいけない存在。


「……あ、俺。おまえ今日非番だろ。今、おまえの紫紺の暗殺者と一緒」


 突然の独り言。

 これ、もしかして【念話】か。俺のスキルリストにも出ている。必要ポイントは五千。

 通信相手はあらかじめ登録しておかなければならず、相手も【念話】スキルを所持していなければならないという制限はある。


 俺の知り合いに【念話】が使える人間がいないので、未取得のまま放置していた。

 物理的な距離を無視できるが、相手がダンジョン内にいる場合は通じず、自分がダンジョンにいる時も外の人間と話せないので、普通に携帯電話でやり取りしても同じだ。


 強いて言えば、相手も同じダンジョン内にいる時には階層を無視して通話できるという利点があるくらい。

 これもソロ探索者の俺には無関係だが。


 不意に俺の方を向き直り、銀剣が口のは端だけを上げる笑みを浮かべる。


「今、ここの正面玄関に着いたみてぇだ」


 は?

 いくらなんでも早くないか?

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