第57話 紫紺の暗殺者 7
転送装置のエレベーターに乗り込んだ途端、銀剣のパーティから外された。
まあ当然だろう。迷子防止の為の措置だったわけだし。
そして俺に向かって。
「おい、いつまでその辛気臭ぇマント羽織っていやがるつもりだ? 外せ」
はい?
喋った?
しかも。
口、悪い。
反射的に銀剣を見ると、いつの間にか仮面を外しており、あの洗練された貴公子のような衣装も既に纏ってはいない。
誰、これ。
両耳にびっしりピアス。唇にもピアス。
革のライダースジャケットに革のパンツ。ジャケットの下はド派手なシャツ。
目つき、目茶苦茶悪い。
「………」
これが貴公子の素顔?
「おまえ、自分が紫紺の暗殺者ってばれてぇの?」
「……知ってたんですか」
面と向かって呼ぶの、恥ずかしいからやめてほしい。
「そりゃおまえ、協会に【誓約】掛けられたSなんて面白ぇ奴、他にいねぇだろ」
銀剣もきっと黒太刀と同じで、他人のステータスを見る【看破】を持っているんだろう。
俺のステータスには、【誓約】適応中、の表示がされている。
「SSに関する一切の口外禁止。但し、探索者協会関係者とランクSS該当者を除く、か。考えたら俺達のこと喋れねぇ奴の前で仮面被る必要ねぇじゃん? なんで俺、おまえの前で無理して黙ってなきゃならねぇんだよ」
言葉を発さずにコミュニケーションを取り続けるのはやはり苦痛だったらしい。
転送装置が地上への扉を開く前に、俺もマントを【収納】へ。
ところで今の早着替え、やっぱりスキルなんだろうか。
俺も欲しい。スキル名と必要ポイントが知りたい。
ちらりと銀剣を見る。
見た目の第一印象こそひどいが、多分、人柄は悪くない。
懐に入れた途端に頼れる兄貴分になるタイプ。
あの立ち居振る舞いはおそらく、社会人になってから身につけたもの。それがずっと染み付いている。つまり努力家。
口は悪いが、そこはわざと直すつもりはないのだろう。あまり人と関わりたくないという意識があると思われる。
「おい、人を値踏みすんのやめろ」
「あ、すみません……SS見るの、まだ二度目なんで」
そして。二十代前半にしか見えないが、まず間違いなく年上。
扉が開く。
地上はまだ混乱中。地面に座り込んで動けない探索者数名と、ゲート前で残務処理中の協会職員。
俺と銀剣が連れ立って出て来たことに気づいた職員の一人が青褪めた。
「……ぎ……? 紫こ……?」
だよな。
変な組み合わせだよな。
草臥れた三十男とハード目の若い男。
知ってる人間からすれば、正体を隠そうと必死のSと、正体不明のSS。
「行くぞ」
促され、俺は軽く職員に会釈し銀剣の後ろに続いた。
◇
協会ビルの一階の食堂で、俺は銀剣の向かいに座らされている。
「いいか、俺はおまえの知り合いのランクSで、たまたまおまえに会いに近くに来て、おまえと一緒に潜った。誰が氾濫現象を収束させたかは知らねぇことにしろ。俺のことは親しみを込めて『銀ちゃん』って呼べ」
おおよそその設定で問題はない。
最後の一項目以外。
最後のそれは銀剣なりのジョークなんだろうか。真に受けてそんな呼び方をしたら怒られるんじゃなかろうか。
なぜか銀剣はこの後の宴会に参加したがった。
他のダンジョンでは、見慣れない男が一人で混ざっていると目立つから参加を控えているのだそうだ。目立つのは風体のせいだと思うが。
今日は普段からこのダンジョンにもちょくちょく顔を出す俺をカモフラージュに使うつもりらしい。
「いや、俺、ここではランクAのふりしてるんですが……」
「あん? どっちでも大して変わんねぇだろ。なんでランクAなんだ?」
これが探索者の最高峰の感覚なのか。
俺達からすればランクAとランクSは大きく違う。
まず空が飛べる。そして単独潜行可能階層の制限が無い。ランクAは百階層までに制限されているが、ランクSは何階層でも行けるところまで自由に潜れる。
SSほどではないが、十分畏怖される存在なのに。
「Sだとみんな一歩引くんです。ほら、全国的に有名な二つ名ついてる人達、ちょっと普通じゃないから」
「ああ、ダイコクサマとかな。あいつ見たことあるか? イかれてるぜ?」
「……俺の行けるエリア外の人なんで。けんちーチャンネルで見ましたけど」
新たに動画サイトに開設されたけんちーのチャンネルは、ブログの頃のイメージ通りの緩い語り口調のまま、内容は今まで以上に歯に衣着せぬ解説が付けられていて、あれはあれで楽しい。
特に、かなり独特な生き方をしている探索者に対して手厳しい。
俺にも二つ名が付けられた以上、もしかしてその変な人達の仲間入りしたことになるんだろうか。
本当にいらない、あんな二つ名。
「それと、敬語やめろ。おまえの方が年上に見えるんだから不自然だろ」
見える。
ってことはやっぱり銀剣の方が齢は上。
「齢で思い出した。なんでおまえ、【不老】取ってねぇの? 黒は渋いおっさんなんか好みじゃねぇぞ?」
「……はい?」
なんでそこで黒太刀の名前が出る。
「いや、別に黒さんの好みに合わせようとかは……じゃなくて黒さん相手にそんなつもりはそもそも……」
俺は飲み友達になりたいだけで。
恋愛対象として見るとか畏れ多い。
口籠った俺に、銀剣は眉を寄せる。ただでさえ険のある顔なのに、更に迫力が増す。
「おまえ、三十後半だってのに赤より始末悪ぃな。ま、黒のことはどっちでもいいけどよ」
「……まだ三十五です」
「それ後半って言うんだぜ? 気にするくれぇなら【不老】取ればいいだろ」
こっちにもいろいろと心の準備ってものがある。
保留にしているものが【不老】だけじゃないことも含め。
返答に困って目を逸らし、周囲を見渡すと、見知った探索者の数人が遠巻きにこちらを気にしながらも、敢えて離れたテーブルに着いていた。
俺に声を掛けようかと思ったが、同席している男が機嫌の悪そうな顔をしているのでやめておいた、といったところか。
設定、いらなかった。説明が必要な距離まで誰も近寄って来ない。
「肉、焼けたみたいです。取って来ますね」
立ち上がりかけた俺を片手で制し、銀剣が席を立つ。
「座ってろ。見た目、年上の男を顎で使ってるみてぇだろ」
実年齢が上の男性を顎で使う俺の身にもなってほしい。
ましてや相手は雲の上のSS。
それどころか、五人のうち世間でもっとも人気の高い銀剣様だ。
噂と素の本人とのギャップに、まだ俺が馴染めていないが。




