第54話 紫紺の暗殺者 4
蜘蛛を四十一匹、サイクロプスを二体倒したところで階下への階段に到着。
俺が通らなかった脇道にまだまだいるモンスターは上から降りて来るだろう他の探索者に任せるしかない。
九十階層のボスから入手した短剣はどれほど使っても切れ味が落ちることはない。自動で洗浄と研磨を行う機能が備わっている優れものだ。
問題は俺の体力の方。
終日働いた後で残業をしている状態。
俺、今年で三十五なんだよな。おっさんになったつもりはまだないが、朝から夕方まで潜っていたら、年齢に関係なく疲れると思う。
かと言って今は休んでいる余裕はない。一度だけ呼吸を整え、再び階段に沿って飛ぶ。
二十一階層で探索者を二人見かけた。
ランクはあまり高くなさそうだった。俺が通って来た道を真っ直ぐ進んで上階を目指すのなら、ある程度の掃除は終わっているから比較的安全に上の階層に行けるだろう。
降りた先の二十二階層も、同じような狭い通路の岩場。
すぐに【地図】でモンスターの位置を確認。
当然のように殆どがこちらに向かってかなりの速度で移動中。
そんな中。
中心付近のレストエリアに、モンスターを示す点が六つ。
「やっぱりいた……」
しかもこの数。残りのサイクロプス五体全部を引き連れているんだろう。
何か戦略を立てるべきなのかもしれない。
通路に沿って飛びながら考える。
進行方向にいた大蜥蜴に短剣を突き刺し、減速せずにドロップ品を掴む。
レストエリアに誰か探索者がいるなら、そいつらと協力して配下の五体は潰せるはず。
問題は核モンスター。死角の無い六本腕の巨人が、普段の何倍もの強さで待ち構えている。
腕の長いモンスターは相性が悪い。それが氾濫現象で凶暴化しているとなると、八十階層か九十階層のボスと同等くらいにはなっているかもしれない。
更に進む。
大蜥蜴が二匹。
魔力を温存したいので使うのは短剣だけ。すれ違い様に両手の剣を振るう。
一撃で終わらせたかったが、二匹目はまだ動いている。
「あれ? ……ミスった?」
急所を狙ったはずなのに、疲れが出たらしい。
慌てず、空中で一回転。すぐに大蜥蜴の真上に戻り、頭に短剣を突き刺す。
消えていく大蜥蜴の身体を見ながら、【地図】で現在位置を確認。
レストエリアまでの最短の道のりでも、行く手にモンスターは二十以上。
最近どこかの研究所が開発したとかいう回復薬のテスターに応募しておけば良かった。
効力の面でダンジョン産のポーションには及ばないらしいが、無償で十本提供されるらしい。
一本十万円するポーションは多少疲れを感じた程度で開封したくはない。そもそも俺の手持ちはたったの五本だ。栄養ドリンクのように気軽に使える薬があればもっと楽に進めるだろうに。
レストエリアに入る前に一本使うしかないか。
と。
進行方向から足音。モンスターじゃない。人間の、だ。
大蜥蜴の相手をした時に【隠形】は切れてしまっていたので一瞬迷ったが、すぐにまた姿を隠し、天井に張り付く。
俺の真下を通過するのは、ボロボロの探索者五名。
息を切らしながらも駆け続けている。
全員負傷。
致命傷ではないが、戦闘は不能。
「急げ……! 早く核モンスターの位置を伝えないと……!」
何というか。
説明ありがとう。
レストエリアから逃げ出して来た探索者だ。
自らを鼓舞するように同じセリフを繰り返しながら去って行く。
頭部から出血していた。気を失わずに二十階層の転送装置まで辿り着く為に呟いていたんだろう。
彼等の背中を見送り、俺は天井から降りる。
まだ残って戦っている奴はいるんだろうか。
あいつらが急いでいた理由が、取り残された仲間の救出のため、という可能性もある。
「……急ごう」
さっきまでは共闘するつもりでいたが、もし残っている奴が戦える状態になかったら、その時は背負って一緒に脱出するだけだ。
そう思いながら二十三匹の大蜥蜴を排除し、辿り着いたレストエリアは。
無人だった。
人間の姿、無し。
生きている人間は勿論、遺体も。
犠牲者が出ていなかったのは良いことだ。
ただ。
俺が犠牲者になりそうなんだが。
レストエリアに飛び込んだと同時。サイクロプスの一体が俺に殴りかかって来た。
スキルレベル1,687の【隠形】で姿を隠している俺を、だ。
そういえば、四十五階層のボスは取り巻き連中を強化するスキルを持っていたな、と長い腕を避けながら思い出す。
四十五階層では【隠形】を見破られたことは無かったのに、氾濫現象ってのは本当に最悪だ。
しかも、生存者か遺体を探そうと【索敵】を使っている僅かな間に、しっかり出入り口を別の個体が塞いでいる。
ついでに核モンスターまで、そのでかい目で俺を真正面から見つめている。
分が悪い。一人でやるのは無理だ。
実際に見てわかった。核モンスターになったこいつは、三桁階層のモンスターに匹敵する。
退路の確保に失敗している時点でかなり不味いが、さっきすれ違った奴らが応援をこの階層に呼んでくれるまで持ち堪えられれば或いは。
「……黒太刀の言う通り、【眷属】取っておけば良かったな」
せめて一人きりでなければ。誰か一緒に戦う者がいれば少しはましだったかもしれない。
もしいつか生きて黒太刀に会えたなら、土下座して謝ろう。
覚悟を決め、短剣を握り込む。
狙いは出入り口前のサイクロプス。
跳び上がり、短剣を振りかざそうとした次の瞬間。
サイクロプスの首が胴から離れ、横にずり落ちた。
「……は?」
なんだか随分昔にも、似たようなことがあった。
目標物を失い、バランスを崩しながら着地。片膝を着いた姿勢で見据えたレストエリアの出入り口前には。
左肩からヒラヒラした布を垂らし、身長と同じくらいの長さの大剣を片手で持つ仮面の男がいた。




