第53話 紫紺の暗殺者 3
ネックレスを拾い、【収納】へ。
のんびりしている暇はない。
同じモンスターが更に二体接近中。
こいつら相手は先手必勝。というより、先手を取らないときつい。
あの手足の長さは伊達じゃない。
こっちは短剣だ。懐に入らなければならないのに、向こうはそれより先に長過ぎる腕を伸ばす。
ついでに身体がでかいのも無駄ではない。まともに殴られたら骨の一本や二本は簡単に折れる。
物理攻撃しか持っていないので回避行動の練習相手には最適だが、今は訓練の時間じゃない。
俺は両手の短剣を構え直し、壁に片足を掛けた。
この階層は粗く掘られた洞窟のような通路ばかり。
磨き抜かれた摩擦の少ない壁も登れるが、突き出た岩が足場になる場所の方が楽に移動できる。
手を使わずに一気に壁を登り切り、天井に張り付く。
俺、本格的にコウモリに近づいている気がする。
逆さにぶら下がり、モンスターを待つ。
すぐに姿を見せた二体。こいつらには通路が狭過ぎるのか、ご丁寧に縦二列に並んで。
天井を蹴り、短剣を手前のモンスターの喉笛へ。
空中で反転し、手前の奴の頭上を擦り抜け、後ろの奴の顔を【爪牙】で蹴りつける。
魔力を込めた爪先は、猛禽類の爪のようにモンスターの顔を切り裂く。
他人に見られたら、もうほぼコウモリ。
モンスターが二体とも消えた後には、小石程度の大きさの魔力結晶が二つと、岩から削り出したような雑な作りの棍棒二本。
今度はネックレスは出なかった。
この棍棒の買取価格は一本千円。忘れずに全部【収納】に。
さて。
問題はここから。
階段までの道のりでエンカウントする予定のモンスター、総数六十三。
元々この階層を徘徊しているモンスターのほかにも、確実にサイクロプスが何体かは混ざっているはず。
サイクロプスは十数分間で何階層上まで上がれるのか。
核モンスターの転送に巻き込まれて四十五階層からどこかの階層に飛ばされて来たと考えるのが一番自然。
だとすれば、核モンスターはどこに飛ばされたのか。
サイクロプスは足が長い。そして今は走っている。
この真下の二十二階層は、多分俺が全力疾走した場合、端から端までそれでも三十分近くはかかると思う。
氾濫現象発生からの経過時間はおそらく十五分程度。
いるとすれば。
「二十二階層か……」
このダンジョンの四十五階層の階層ボスは、普通のサイクロプスより一回り大きい五メートルの巨人。腕の数は全部で六本。
ついでに頭が前後に二つあるという、誰が作ったのか知らないがデタラメが過ぎる生き物だ。
ボス一体だけでもうんざりするのに、ボス部屋には普通のサイクロプスも十体待ち構えている。ソロ探索者泣かせの仕様。
あのボスが核モンスターになり、室内にいる配下のような奴らと一緒くたに転送され、そして取り巻き連中が上を目指して走り出した。
というのが現状だと思うんだが。
すぐ下の階に、あの巨体を収められそうな開けた場所はあったろうか。
「……あった。レストエリアだ」
ここの二十二階層。
ほぼ中央に。
休憩用の空間が。
「……核モンスターってレストエリアにしか転送されないわけじゃないよな」
一番迷惑な場所だ。
武器を手元から離し座り込んでいる探索者の目の前に突然現れる核モンスター。
すぐに動けない探索者もいるはずで。
まずい。かなりまずい。
地面を蹴って再び【飛行】。低空を飛び、次のモンスターの前へ。
一応、俺は範囲魔法が使える。魔法はレベル500を超えると範囲魔法を覚えるので、【水魔法】と【風魔法】で使えるようになっている。
ただ。
俺の【地図】は【索敵】の効果を反映してはいるものの、同じ階層にいる他の探索者の位置は全くわからない。
つまり、【地図】上の赤い点を頼りにモンスター目掛けて範囲魔法を放つと、通路で交戦中の探索者がいた場合、まず間違いなく巻き込む。
本当に【地図】をアップデートしてほしい。
核モンスターと探索者も表示する機能、多分レベルが上がれば開放されるんじゃないかと思っているが、残念ながら今はただの無いものねだりだ。
結果。
目視でモンスターの前まで行くしかない。
通路の先、走る三体。
サイクロプスより小さい。
元々この階層に生息する、一メートルの大蜘蛛だ。
人間の姿は無し。
飛びながら、蜘蛛三匹を囲む小規模な範囲を設定。【闇魔法】の黒いドロリとした魔力で包み込み、視界を奪う。
一気に詰め寄り、短剣を一振り、二振り。更にもう一振り。
急所を確実に狙い、一撃で蜘蛛を潰す。
魔力結晶三つ、糸玉二つ、牙が一本。
空中から地面に落下するそれらを、すれ違いざまにキャッチし【収納】へ。
蜘蛛の魔力結晶は五百円、糸玉は二千円、牙が千円。
けして高額ではないが、塵を積もらせるのが探索者の稼ぎ方だ。
黒太刀が前にやっていたように、手をかざすだけで【収納】に入れられる機能を俺が使えるようになるのは一体いつなのか。
一つずつ触れていては効率が悪い。でも捨てて行くのは勿体ない。




