第41話 コロッケと三色丼と清掃員 1
ダンジョンは人間が多く行き来する場所に生まれる。
オフィス街や商店街といった生活圏は元より、繁華街にテーマパーク、駅に空港。そしてサービスエリアにも、ダンジョンは生まれた。
3102番ダンジョンは、サービスエリアダンジョンに有りがちな、特定の探索者が居着かないタイプに含まれる。
そもそも住居が無い。通うには毎日高速道路を利用する必要がある。ダンジョン内の滞在時間を重視する探索者は、移動の為に時間を割くことを喜ばない。
だからと言って、潜行する人間が少ないわけではない。
たまたま旅の途中で立ち寄ったついでに潜る者や、一度潜って見たいとこのダンジョンを目的にやって来る者など、それなりの人数が毎日入れ代わり立ち代わり協会の受付に現れる。
だがランクAが常駐していないダンジョンでは、氾濫現象が起こった際の危険度は他の比ではない。
ランクA以上に部屋を提供する仕組みは、本来このような立地のダンジョンの為にある。
都合良く定住してくれるランクAはあまりいないが。
数年前には、サービスエリアの一角にビジネスホテルが一棟誕生した。探索者をターゲットにした『ホテルメイズ』だ。
もっとも全国の、近場に宿泊施設の存在しないダンジョンには次々と同じ系列の『メイズ』の名を冠するホテルが建てられているので、ここだけが特別というわけでもない。
昼近くにサービスエリアに現れ、そのホテルの部屋を一室確保した長い髪を高い位置で結ったタンクトップ姿の女性は、いつも通りに隣接する協会支部の建物の前を素通りし、サービスエリアのフードコートへ足を向けた。
◇
名物の揚げ物の三品目を買ったところで、俺はスマホを取り出し写真を一枚。
食べ物の写真をSNSに上げる習慣はないが、とりあえず撮っておけば後で記事の冒頭に添えられるかもしれないからだ。
美味そうに見える必要はないのでさほど時間も掛けずに簡単に。
歩きながら一口頬張り、周囲を見渡す。
今すれ違った奴、一般人。向こうから来る二人連れ、一般人。
俺の後ろに並んでた奴、低ランク探索者。
「こりゃ外れかね?」
そこそこ大きなサービスエリアだから、ランクの高い探索者も多いかと思って来てみたんだが。こんなことなら日本で一、二を争うでかいサービスエリアにすれば良かった。来週はそっちに足を延ばすか。
歩きながら、大きなガラス窓に映る自分の姿を軽くチェック。
最新のファッション誌を参考にセットした髪、完璧。
眼鏡屋で小一時間悩んで選び抜いた丸型のお洒落メガネ、オッケー。
小粋なジャケットとマリンキャップの組み合わせ、問題無し。
今日も俺は、狙い通り、チャラい兄ちゃんに見えている。
探索者を追いかける人間には三種類いる。
ただ格好良い探索者が好きなだけのファン。
探索者のディープな情報を売買することを飯の種にしてるゴシップ記者。
そして、俺のように探索者の記事をネットに上げて広告収入を得ているタイプ。
全国のダンジョンを自分の足で訪ねて得た情報は、デスクに齧りついて検証を重ねる奴等とは違う味があるらしく、それなりの稼ぎにはなっている。
去年は新たにランクSの二つ名を六個発表した。
地元でなんとなく呼ばれ出した渾名を全国区に拡めているのはほぼ俺だ。
二日前に上げた記事で開設からちょうど六年を迎えた俺のブログ『探索者好きの旅人』、略して『たんたび』。
全国の探索者マニア達が常にチェックしてくれていて、『たんたび』の『けんちー』からの情報の信用度はえらく高い。
その分、当然苦労も多い。
こんな軽薄な格好で出歩いているのも、取材をスムーズに進めるためだが、見た目だけですべてがうまく行くわけじゃない。
例えば。
九十オーバーの婆さんSの取材中に見かけた高ランクのパティシエールに声を掛けようとしたら、やたら背の高い男に殺気を向けられたりもしたし。
探索者協会本部近くで狼型の眷属を散歩させていた、スウェットの上下にボサボサ頭の冴えない兄ちゃんに近づこうとすれば、いつのまにか姿が見えなくなって完全に撒かれてたり。
確かに、パティシエールが綺麗だったからちょっと下心はあった。
本部長の眷属のムサシ様に似た狼を撫でたいと思ったのも事実だ。
いいじゃないか、俺も探索者が大好きなんだから。
こうやって日本中を旅していれば、いつかSSをこの目で見ることもできるかもしれない。
そんな思いで始めたダンジョン行脚が、いつからか俺の記事を楽しみにしてくれる人が増え、旅の資金にもなったわけなんだが。
去年くらいから動画配信で俺と似たようなことを始める奴らが出始めたせいか、ここ最近のアクセス数は減っている。
俺もそろそろ動画サイトに進出することを考えた方がいいのかも。
そんなことを考えながら適当にぶらついてみたものの、ここには目ぼしい高ランクの探索者はいなさそうだ。
探索者を追い続けて六年にもなると、ランクが高いか低いか程度は見分けられるようになる。
もっとも俺自身がランクDなので、自分より上か下かというだけの話だ。
探索者にくっついてダンジョンの中に入ることもあるからこうなったんだが、旅に飽きたら探索者協会の職員に応募するのも悪くないな、とは思っている。
もう一口齧り、フードコートの方へ。
こういう所の名物は揚げ物ばかりで、先に唐揚げと天婦羅も食べたっていうのに、三個目のこのコロッケは美味く感じる。帰りにもう一個買って帰ろう。
そんなことを考えながら足を踏み入れたフードコート。
さすがに椅子にどっかりと腰を下ろし、がっつり飯を食ってる奴は探索者が多い。
あいつは低ランク。あれも低ランク。
テーブルに三節棍を置いてラーメン食ってる奴。低ランク。
学生っぽい三人組。全員、初心者。
丼飯を掻き込んでる女――。
「………」
ずらし気味に掛けていた眼鏡を元の位置に戻し、もう一度凝視。
「……高ランクだ」
フードファイター並みの勢いで食べている、長い髪を高い位置で結った女。
多分、ランクAかB。
テーブルの周りに武器は置かれていない。収納袋も身に付けていない。
武装していないってことは、今日は潜行しないんだろう。
あれは、まあ、いいか。
なんとなく、近付かない方がいいような気がした。
食いっぷりが凄いのと、ラフ過ぎる服装で第一印象が良くないが、大抵の探索者はそんなもんだ。
それを抜きにしても、なんとなく。猛獣の檻の前に立った気分。
よし、見なかったことにしよう。
ここにランクの高い探索者も来るとわかっただけで収獲はあった。
さて、他に探索者は。
「やらないよ」
「へ?」
目を逸らした直後に、横合いから掛かる声。
反射的に視線を向ければ、関わりたくないと思ったばかりの大食い探索者がこちらを見ていた。
「限定百食の三色丼、やらないよ」
見れば、テーブルの端にまだ手つかずの丼が一つ。
入口にタペストリーが掛かってた。フードコートの名物丼だ。
豚肉風味のダンジョンドロップ肉、同じくダンジョンドロップの卵と、ダンジョン産の野草で作られている丼。
具体的に何から出た肉なのか書かない辺りが非常に胡散臭いのに、何故か大人気らしい。
後ろの方から、売り切れを伝える店員の声が響く。
俺、そんな物欲しげに見てた?
『……金様、遠方より訪ねられた方に譲る度量も必要かと』
大食い女の向かいに座っていた二人連れの片方が囁くような声で諌めた。
黒いローブを頭からすっぽり被って顔は見えない。声は女性。
ダンジョンのドロップ品で、こういう如何にもな魔法使いのローブが出ることがある。
魔法使いのロールプレイをしたい奴にうってつけな魔力制御の補助機能付きの為、愛用者はかなり多い。
ダンジョンの近くでは珍しくないファッションだから気にも留めていなかった。
つまり、三人パーティなのか。
魔法を主に使う後衛二人。ってことはこの大食い女は前衛職か。
「やだよ。私だって一ヶ月我慢したんだから」
丼と汁物の乗ったトレイを手元に引き寄せ、俺を睨みつける。
だから、いらないって。
何だかわからないけど、絡みたくないってのに。
「あの、大丈夫です。違うの頼むんで」
と言うか、揚げ物三つで腹は膨れているし、のんびり座って飯を食うつもりはない。
一通り見て回った後は、隣の探索者協会に行くんだから。
愛想笑いを浮かべてやり過ごそうとした俺の手を、ローブの女性がそっと握る。
「はあ?」
いやなんで。初対面の男の手をいきなり握るな。
手触りの良い手袋越しの、ひんやりとした小さめの手。
『こちらを』
空いている方の手で、自分の前のトレイを示す。まだ手を付けていない、限定丼だ。
「いや本当に! 大丈夫です!」
つい手を振り払ってしまったが、気を悪くした樣子はない。
『ご遠慮召されるな。殿方に膳は三つは必要であろう?』
どういう言い回し?
本当になりきりプレイ中のやばい探索者なのか。
『イェン、こちらも』
隣の、同じローブの人物もトレイを俺の立つテーブルの端に寄せる。
こちらも女性。
同じ手袋を着用。二人とも、ローブの下の顔は見えない。
「イェン。ホン。あんた達、いらないなら私に頂戴」
この大食い女、まだ食べるのか。




