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第40話 1017番の対決 3

 そんなリスキーなスキル、命が幾つあっても足りない。好き好んでモンスターに囲まれる奴なんている?


 ざっと見ただけで子鬼は二十以上。集め過ぎ。


 なのに顔だけ男は何本もの矢を一気に鷲掴みにして番えると、そのまま中空に向けて放った。

 そんな適当な。

 そもそも矢の数が足りてない。


 矢は放物線を描きながらモンスターの方へ向かい、その群れの真上から降り注いだ。

 でも足りないって。


 落ちる鏃の先端が青白く光ったような気がした。

 次の瞬間には矢はモンスターの脳天に突き刺さる。

 刺さったと同時に、モンスターの全身を青白い光が包み。

 そして。


 え、電撃?


 帯電するモンスターを中心に、他のモンスターにも伝播する光。

 次々に電撃の餌食になっていく子鬼達。

 信じられないことに、飛ばした矢は全てモンスターに刺さっていた。それも、刺さった一体の周囲のモンスター二、三体を電撃に奇麗に巻き込めるように、一定間隔を置いて。


 瞬きを二回する間の、ほんの僅かな時間で、集まった数十体のモンスターは全て消え去った。

 何これ。


「んー? ちょっと多かったけど、まあ許容範囲?」


 笑みを浮かべたまま、顔だけ男は私と野田さんを振り返る。


 私は私で、返す言葉が見つからず、つい後ろに目を遣る。

 目に入ったのはギャラリー達。全員目を見開いて絶句。

 待って。なんで水沢さんまで後ろで見学してるの。

 水沢さんだけじゃない。

 ギャラリーの探索者達の後方には、制服を着た職員さんが何人もいた。

 ついでに協会内の清掃員さん達も作業服に帽子を目深に被ったまま数人佇んでいる。

 手の空いてる人全員来た?


 水沢さんは、とても楽しそうに顔だけ男を見ている。アイドルのコンサートに来た人みたいな表情になってるんだけど。

 この人達、多分、私の勇姿を見るためにここまで着いて来たわけじゃない。

 やっと気付いた。

 余裕たっぷりな顔だけ男。

 こいつ、マニアなんかじゃない。ごりごりの職業探索者じゃないの。


     ◇


 何とも言えない空気が流れる。

 協会職員の野田のだはるかは、ちらりと青鎚あおつちを見る。

 この人容赦ないな、と思いながら。もうちょっと手加減できないものか。いや、あれでも手加減してくれているのかもしれない。

 その気になれば、矢一本であの群れを全滅させることくらいできそうだ。


「……あんたも、(エス)?」


 どうにか絞り出した風の声で、弓使いの女性が尋ねると、青鎚は首を傾げながら答える。


「まあ、(エス)? かなあ?」


 Sには違いない。但し、数は二個だが。


「何なのそれ……あんた、二つ名ある?」

「ないよー」


 二つ名はない。それは間違いない。

 武器由来の通り名があるだけだ。


 もう勝敗は自分が判定するまでもなさそうだ。

 まだ半分倒しただけの弓使いも、後半のチャレンジに向かう気力は無さそうに見える。

 涙目になりながら、青鎚に話しかける。


「ごめんなさい。見た目で判断して……二つ名、全然付けて貰えなくて苛々してて」


 二つ名?

 それが今、何だと言うのか。

 そろそろ撤収の合図でも出そうかと考えながら、野田は弓使いの次の言葉を待ってみる。


「私、誰よりも長く弓やってる自信あるし、誰にも負けないくらい上手く扱えるのに。なのに……どこの誰だか知らないけど、『アルテミス』なんて呼ばれる人が出て来て……悔しくて、八つ当たりしました。本当にすみませんでした」


 深々と頭を下げる姿に、先程休憩時に水沢からそんな単語が出たことを思い出す。


 後方に控えていた水沢を探すと、いつの間にか弓使いの隣に進んでいて、そっとその肩に手を置いていた。

 動きが早い、さすが元ランクB。


「中川様。差し出がましいかとは思いますが、『千手アルテミス』について。彼女は九十一歳の駄菓子屋店主で、初めて弓を手にしてから既に半世紀以上と聞きます」


 相変わらず、探索者関連の情報に詳しいな、この人。

 野田も初めて聞く話だ。


「更に、彼女が畏敬の念を持って語られるのは、【弓術】のスキルを所持していないからなのです。身体強化関連のスキルだけを取得し、弓は元々有していた技能のみで戦いランク(シングル)に至ったからです」


 凄いな、そのおばあちゃん。

 どの地域で活動しているのだろう。野田は休みの日に見物に行きたい気持ちになった。


「きゅ、きゅうじゅ……?」


 一方の弓使いは、想像していたアルテミスとは違う元気過ぎる老女の姿を思い浮かべたのか、目を白黒させている。

 当然だ。誰もそんな月の女神は想定していない。

 ただ、積み重ねた年月は遠く及ばず、更にはスキルも使っていないとなると、どんな弓使いも足元にも及ばない気持ちになるのではないだろうか。

 実際、今、目の前には打ちひしがれている弓使いの女性がいる。


 それにしても、と野田は思う。

 ランク(シングル)って、二つ名を欲しがっていたのか。

 人によるのだろうが、自分なら中二病の臭いのする名前で呼ばれたくはないが。そうか、欲しいのか。

 後方のギャラリー達は、ランク(シングル)同士の対決に見応えを感じたらしく、そこには特に触れずにいてくれているが。


     ◇


 その後しばらく、1017番ダンジョンでは、低ランクの探索者達が弓を買い求める日々が続いた。


「水沢さん、矢の在庫がまずいです。皆、安物買うので使い捨てになっちゃうんですよねえ」


 野田は倉庫から戻るなり、二階の売店で水沢に残量を報告し溜息を吐いた。


 青鎚と中川の二階層でのパフォーマンスのお陰か、それともスキルを持たないランク(シングル)の老女の噂に由来するのかはわからない。

 遠距離攻撃手段を持っていた方が良い。言い訳のようにそう説明しながら和弓を手に取る探索者達が続出している。


「棍の在庫数は変わらないのにね……」

「やっぱり、青に三節棍使って貰いません?」


 売りたい武器を、SS(ダブル)に実演してもらう。悪くない商売だと思った野田だったが、水沢は頭を振る。


「青がやる気にならないと無理。知ってるでしょう? 青、気まぐれだから」


 むしろ何故あの時青鎚が勝負を受けたのかわからない。

 多分、本当に暇だったのだろう。


「あの時ね、青、有望な新人は出たかって聞いてたの。中川さんに、青のお眼鏡に叶う何かがあったんでしょうね」


 野田は顔を顰め、しばし考える。

 水沢は 青鎚贔屓だ。青鎚の行動に崇高な理由があると勝手に思い込んでいる。

 だが。

 どう考えてもあれは、ただの暇潰しだ。

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