第38話 1017番の対決 1
1017番ダンジョンの一階食堂で休憩中のベテラン職員、水沢瞳子は紅茶を片手に手元のタブレットを眺めていた。
少し遅れて休憩に入った若い職員の野田遥は、天ぷら蕎麦の乗ったトレイを水沢の向かい側に置き声を掛ける。
「お疲れ様です、水沢さん。何か面白い記事出てます?」
タブレットは協会の支給品で、各支部や本部からの情報が閲覧できるようになっているが、一般のサイトへのアクセスも可能。
休憩中の水沢はまず協会の情報を確認してから、押しの俳優の記事を見るのが日課だ。それを知っている為、野田も最新情報は水沢からまず得ることにしていた。
「特に無いかな。ダンジョンマニアの掲示板で、去年から二節棍と三節棍を使う新人が増えてるって話があるくらい?」
「なんであれが流行るんです?」
どう考えても扱いの難しい武器だ。新人が振り回すのに向いてはいない。
野田は割り箸を両手に持ち「いただきます」と呟き、蕎麦を食べ始める。
「去年、どういうわけか金棍が当番の日に氾濫現象が多発したせい。アレを見た新人が変な影響受けてるみたい」
「ああ、アレですか。……変な武器使う変な人って思わないんですか」
自分達からすると、噂に聞く金棍はかなり尖った戦い方をする変人だ。
水沢はカップをソーサーに戻し、少し考える。
「新人だから。先入観無しで見るとそうなるのかもね。お陰で、在庫がダブついてた棍が捌けて、金棍が出た支部は大助かり」
「いいですねえ、それ。うちにもそのブーム来ないかなあ」
今日の海老はダンジョン産。十八階層の中央にある湖に定期的に獲りに行く食材だ。
独特の風味だが食感は良い。
「他には? イケメン探索者増えました?」
「探索者の良し悪しは顔で決まらないでしょ。何人かのSに新しく二つ名が付いたけど、顔がどの程度かわからない」
誰よりも顔で物を判断しそうな水沢の口から出る言葉とは思えない。だが野田はそこには触れず、蕎麦を啜る合間に尋ねてみる。
「どんな二つ名が付いたんです?」
あれを付けるのは自分達職員ではない。世間の探索者達が勝手に呼び始める為、噂が職員の耳に届くのはかなり時間が経ってからだ。
「そうねえ……『静謐の要塞』に『千手アルテミス』、『紫紺の暗殺者』とか」
多分、無口な盾職、手数の多い弓使いの女性、そして隠形に優れた探索者だと思われる。
「顔、想像つかないですね」
「顔でうちの青に勝てる探索者いないでしょう?」
顔以前に、実力で勝てない。
「いっそ、青に三節棍で浅い階層周って貰えばいいんじゃないです?」
「氾濫現象中の極限状態じゃないと効果が薄いかもね」
最後の一口を飲み干し、水沢は席を立つ。
「もう行くんですか?」
「そろそろ青が来る頃だから」
青鎚を見る為だけに受付に行く。水沢の月に一度の奇行だ。
野田は「行ってらっしゃい」と水沢を見送り、蕎麦を食べ進める。
◇
「ね、瞳子さん。最近有望な新人出たー?」
受付に並んで順番を待っていると、隣の買取窓口に立つ男が職員にそんな声を掛けた。
ちらりとそちらへ目を遣ると、ロングスカートに見間違えるほど裾の広がったパンツを履いた後ろ姿が見えた。袖の膨らんだトップスを着ていることからも、多分、探索者ではなさそう。
大方、探索者マニアがコラムでもネットに上げる為の情報収集といったところ。
少しむかつく。
こっちは命懸けで真剣にダンジョンに入っているのに。のんびりした口調がまた鼻につく。それに職員さんを名前で呼んだ。何様だ。
しかも良く見ると手首には探索者証が巻かれている。使いもしないのに形だけ探索者の真似をする輩。
こういう連中が人に勝手な二つ名を付けて喜んでいるんだろう。腹が立つ。
気を紛らわせるためにポケットからスマホを取り出し、『たんたび』をチェックしてみる。
今週の更新はまだ。
ランクSの新しい二つ名の記事が載ったのは先月の半ば。
次の更新でまたどこかの誰かの二つ名が出るかもしれない。
早く早く、次はいつ。だんだんイライラして来た。
なかなか受付の順番が進まないことも苛立つ。
「ちょっと、あんた」
列から外れない程度に半歩だけ横にずれ男に声を掛けると、「ん? オレ?」とこちらを振り返った。
何だ、これ。
片方だけ長い前髪。絶対、戦闘とかしない髪型。
でも問題は髪じゃない。
何この顔。女侍らせて良い気になっているタイプの面構え。
ちょっとだけドキッとしたけど、顔が良過ぎるせいだ。迷惑。
「職員さんの仕事の邪魔でしょうが! 協会は遊びに来るところじゃないの!」
指を突き付けながらの声は、自分で思った以上の大きさになった。
お陰で周囲の人間が皆こちらに注目してしまった。ちょっと恥ずかしい。
「あー……ごめんねえ? うるさかったかなー?」
軽く小首を傾げ、全く気にした様子もなく笑顔。
微笑めば大抵のことを解決出来ると思っていそうだ。男の値打ちは顔じゃない。どれだけ強いかだ。
「あんた、ランクは?」
「えぇー……? まあ、そこそこ?」
言えないくらい弱っちいのか。これだから顔だけの奴は。
「得物は何よ?」
「まあ、割と……何でも使うかな?」
得意な武器がない。つまりほぼ素人。最悪だ。
「水沢さん、何なのこの人」
カウンターの向こうの水沢さんに声を掛けると、感情の読めない営業スマイルを返される。
「この支部に時々いらっしゃる探索者ですよ、そこそこのランクの」
時々って何だ、普段はどこで何してる。
「私は中川未知留。ランクはS!」
「Sなんだねー」
のほほんと言い換えられた。でもそれ、一番嫌な呼び方。
「シングルじゃない! エスなの! エスが一個しかないって馬鹿にされてるみたいで嫌いなの!」
「え? そう? んー……そうなのかー……」
困ったように少しだけ眉が下がる。どんな表情でも格好良く見えるとか、本当に顔だけの男は碌でもない。
「ちょっと。人が名乗ってるのに何であんたは名前言わないの」
一人で自己紹介してる私が馬鹿みたいに見える。
顔だけ男は、その言葉に口角を少しだけ上げた。
「青だよー。よろしくね、未知留ちゃん」
それ、名前?
「……馬鹿にしてる?」
「え?」
「青。この場合、名乗らないのが正解です」
何が悪いのかわからないといった様子の男の後ろから、水沢さんが口を挟んで来た。
まさか水沢さんがその変なニックネームで呼ぶとは。こいつ、誰にも本名教えてないの?
「水沢さん、こいつと勝負したい」
顔だけの男を完膚なきまでに叩きのめしたい。
今日の私の機嫌は最悪で、ただの八つ当たりなんだけど、分かっていてもこの苛々をどこかにぶつけたい。
「中川様、勝負とは?」
「何でも使えるんでしょ? 弓で勝負してよ」
中学高校と弓道部。弓一筋の私は探索者になっても他の武器には目もくれず、ずっと弓だけ使ってこのランクまで上がって来た。
弓なら誰にも負けない。スキル【弓術】はレベル784。多分、日本一。
「水沢さん、この人に弓貸してあげてよ。二階層で、どれだけ倒せるか勝負して」
再び指を突き付けると、顔だけ男は困ったように水沢さんを振り返る。
「瞳子さん、何でオレ、絡まれてるんだろー?」
「青の顔が美しいからでは?」
何言ってるの、水沢さん。
確かに顔も気に食わないけど、協会に意味なく出入りする探索者マニアが嫌いなだけ。
「まあ暇だからいいよー。でも受付並ばないとね」
軽い調子で、さっきより長くなっている列の最後尾を指差す。
しかも私の足はいつのまにか完全に列から外れていた。これ、並び直しじゃん。




