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第37話 デビュー戦

 協会の【拡声】がダンジョン中に響いたのが五分前。

 僕のいる二階層も、薄暗い洞窟中に血走った目が光っている。

 表現しづらい低い唸り声が幾つも重なり、気の所為でなければ僕の方へどんどん近づいて来ている。


 指先が冷たい。小刻みに奮える手。

 協会から貸して貰っている、鉄のような何かで出来た剣が重い。

 先週の講習会で習った握り方をもう一度思い出し、自分の持ち方が本当に正しいのか確認する。


 ついてない。

 僕は普段から運が悪い方だけど、今日のこれは酷すぎる。

 なんで探索者デビューの日に、氾濫現象が起こるの。


 十八歳の誕生日、プレゼント代わりに講習会の申込書の親権者欄にサインを頼んだら、母さんは呆れたように言った。


「諦めてなかったの? まあ、皆も潜ってるし、一人で出来る範囲でやるのよ?」


 世界にダンジョンが発生したのは、僕が幼稚園の頃だった。

 あの頃はよくわかっていなかったが、筋骨隆々のアメリカ人が白い歯を見せて笑いながらカメラ目線でポーズを取っている映像はずっと記憶に残っていて、父さんの大好きなアクション映画の主人公みたいだと思った覚えがある。


 中学生になる頃、日本にはアメコミヒーローとはちょっと違う、陰のあるダークヒーローっぽい人達がいることを知り、目茶苦茶格好良いと思った。

 探索者協会の公式サイトには載っていなかったし、ネットでの噂ばかりで、人気ブログの『たんたび』にも何も書かれていなかったけど、実在していると信じた。


 高校生になると、腕時計ではなく探索者証を手首に巻いている先輩がたくさんいた。

 誰でもヒーローになれる。僕も早くあれを手首に着けたいと思った。


 そうしてやっと迎えた十八歳。月に一度の講習会に申し込み、探索者証を貰えた。


 最初に取得したスキルは【自転車】。レベルが上がると曲乗りができたり、競技種目にあるような技を覚えるらしい。


 でも考えてみてほしい。ダンジョンの中を自転車で移動したり、自転車に乗ってモンスターを倒したりする探索者はいない。

 そもそもフィールドによっては自転車を持って移動すること自体が難しそうだ。

 外の世界では友達に自慢できる技が使えそうだけれど、ダンジョンの中では役に立たない能力。


 いきなりチートな能力を授かるのではないかとどこかで期待していたのに。


 最初から良いスキルを引ける人はほぼいないらしい。僕もがっかりはしたが、欲しいスキルは自分でポイントを貯めて取ればいい、と前向きに考えることにした。


 講習会終わりにスキルリストを見ると、物凄い数のスキルが並んでいた。でもそこに魔法はおろか、武術系のスキルは一つも無かった。

 職員の人に聞いてみると、武術関係は最低でも五百、魔法に至っては千ポイントも必要なんだそうだ。


 探索者資格を取れば無双できるとどこかで思っていた僕は今度こそ落胆した。

 何の力も持たないところから、一から努力を重ねる。思っていたのと違う。


 ステータスボードにスキルが【自転車】しかないのも、なんだか恥ずかしい。


 NAME:内田うちだ 陽太ようた

 Lv.10

 SP:100

 スキル:

 【自転車】Lv.1


 職員さんお勧めの【時計】を取得し、探索者証を貰って帰ったのが日曜日。


 それから五日、探索者証を着けずに登校した。

 本物のヒーローはこれ見よがしに自分がヒーローだとはアピールしないものだ。資格を取りに行くこともクラスの誰にも言っていなかったし。

 本当は、どんなスキルを貰えたのかクラスメイトに尋ねられるのが嫌だっただけなんだけど。


 そして迎えた今日、土曜日。

 僕は受付で剣のレンタルを申し込み、二階層に一時間滞在する許可を取った。

 初めての潜行は一時間を推奨しているんだそうだ。

 あまり奥まで行かないように、と釘を刺され、重たい剣を腰に巻いた専用のホルダーに取り付けてダンジョンに入った。


 スライムを何匹か蹴散らして三十分。下に降りる階段を見つけてから十五分。

 モンスターを二匹見つけて、レベルが一つ上がり、保有SPは4ポイントになった。


 そろそろ戻らないと怒られるかな、と思った時だった。


『氾濫現象発生! 氾濫現象発生! ランクE以下は五階層まで撤収! ランクC、ランクDは二十階層まで潜行! ランクB以上は二十階層から核モンスター捜索開始!』


 フロア中に響く男性の声。

 これ、もしかして【拡声】だろうか。

 今、氾濫現象って。


 正直、どうするのが正解なのかわからない。

 一応、僕もランクE以下に含まれる。今日初めて一人で潜ったランクGだけど。

 

 足手まといの初心者はさっさと外に出るべきなのか。それとも探索者の端くれとして、ここで踏み止まるべきなのか。


 誰かに教えて貰いたいのに、近くに人影はない。さっき通った分かれ道の前で探索者を一人見かけたけど、敢えてあの人とは別の通路に入った。

 あの人を探して合流する? もっと奥に進んでいるかもしれないのに?


 一度外に出て、ゲート前の職員さんに聞くのはどうだろう。

 なんとなくそれが一番良いような気がしてきた。


 戻ろうとした時、僕は決断が少し遅かったことに気づく。

 迷っている間に、モンスターがどんどん集まって来ていた。

 無我夢中で剣を振り回し、僕に迫っていた一匹を倒す。

 落ちた魔力結晶と皮を見ながら、たった一匹潰すのにかかった時間を考える。

 腕や頬に小さな擦り傷。適当に振り回したせいで手首が痛い。二の腕も痛い。

 息も上がってる。たかがゴブリン一匹にこの様だ。

 氾濫現象中はモンスターが凶暴化するって話は本当だった。動きがさっきとは段違い。早過ぎて、何をして来たのか全く分からなかった。

 いつのまにか俺の腕や顔に傷がついている。相手の攻撃が当たったからだろう。ヒリヒリする。


 ゴブリンのドロップは魔力結晶と皮のみ。皮は魔力伝導が良いらしいけどこれといった使い途がないため、一セットで五十円。

 目の前のそれを拾うか、とにかく逃げるか、迷った一瞬で僕の周囲は血走った目でいっぱいになった。

 群れで襲って来るなんて聞いてない。せいぜい二、三匹で行動する程度だから、初心者が練習するのにうってつけの場所だと。

 それでも油断して命を落とすランクGが数年に一人か二人出るとも。


 僕、このまま何年かに一人の油断したランクGになっちゃうのかな。


 泣きそうになったその時、背後から風が吹いた。


「え……?」


 響く唸り。風の音。

 僕以外の全てを巻き込む強い風の渦がゴブリンを切り刻んだ。


 床に落ちるとんでもない数のドロップ品の音を最後に、フロアに静寂が戻る。


 そして。

 僕の頭上。

 人が高速で飛んで行った。

 結わえた長い髪が靡いていたのは見えた。

 ついでに。

 振り回される鎖の先に繋がった、トゲトゲの突起が沢山付いた金色の球。

 何あれ。

 漫画で時々見る、冗談みたいな武器だ。

 更に見えた。

 艶消しの白っぽい仮面。


「……本当にいた」


 僕のヒーロー。


 すぐにその姿は通路の奥へ消えたし、大量のドロップ品もなぜか無くなっていたけど、間違いなく僕は見たんだ。


 帰り道は驚くほど安全だった。

 モンスターが一匹もいなかった。リポップするまでの時間はモンスターによって違うらしいけれど、あの人が根こそぎ倒したばかりのためか、ゴブリンはおろか、一階層のスライムすら一匹もいない。


 僕が改札を出ると、ゲート前の職員さんが駆け寄って来て、大きなケガがないことを確認する。


「あの……仮面の人が、飛んで行ったんですけど」


 僕にとって今一番大切なのは、かすり傷のことなんかじゃなかった。


「ああ。金棍きんこんが行ったので、氾濫現象はすぐに収まりますよ。さ、医務室で念の為診て貰ってくださいね」


 あれが金棍。

 棍って、モーニングスターのことだったのか。

 って言うか。

 モーニングスターって打撃武器じゃないのか。

 一瞬しか見ていないけれど、魔法媒体として使っていた気がする。


 月曜日、僕は探索者証を装着して学校へ行った。クラスメイトに、SS(ダブル)を見たと自慢する為に。

 都市伝説をこの目で見た僕はある種のヒーローになった。

 お陰で、僕のスキルについて聞かれることもなく、しばらくの間、氾濫現象から生還した男として尊敬の眼差しを向けられることになった。


 次の週末、僕は武器のレンタル窓口で、ニ節棍を出して貰った。

 素人向きではないそれを受け取る僕に、窓口の職員さんは心配そうな顔をしていたけれど、この一週間、本と動画で使い方は勉強してきた。

 後は実戦で使えるようになるだけ。

 僕の目標は、特殊な武器を使って強くなること。まずはスキル【棍術】の取得を目指す。

 僕のヒーロー像は少しだけ上書きされたので、武器を振り回すあの人に近づけるよう、そう決めた。



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