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第34話 見習い職員 5

「よく食べるんですね……」

「むしろ何故、雑賀さいがは【暴食】と【痩身】を持っていないんだ?」


 そのスキル、取ってたのか。

 いやかなり前からリストには出ているから、俺も存在は知っている。

 ただ必要性がわからず取得はしていない。


「余剰エネルギーを効率良く魔力に変換する為にはこの二つは不可欠だぞ? すぐに取れ」

「え、今ですか……?」


 待ってほしい。その二つ、合わせてポイント六千も必要なんだが。


「二十万あるんだ。六千くらい使えば良いだろう」

「はい?」


 なんでこの人、俺の所持SP知ってるんだ。

 他人のポイント数を見る方法なんて。

 

 そこで俺も気づく。

 俺のスキルリストに、いつからか表示されるようになったスキル名。


「……もしかして【看破】って、人間の鑑定をするスキルなんですか?」


 間違っていないことはすぐにわかった。

 黒太刀くろたちが目を細め、口角が少しだけ上がったからだ。


「やはり雑賀は面白いな。勘が良いのかと思ったが違うな。データ収集を怠らず、かつ分析能力に長けているのか」


 あれ。褒められているらしい。


「それに【隠形】と【跳躍】のレベルが異常に高い。しかも【反響定位】を取得する人間は滅多にいない」


 反響定位のその名の通り、超音波を出し、その跳ね返りで周囲の状況を把握するスキルだ。

 取る時はソナーっぽいと思ったんだが、自分の口から超音波が出るって、どちらかと言うとコウモリのそれだと気づくのにさほど時間は掛からなかった。


「更におまえ、【爪牙】まで鍛えているな?」

「靴壊れるんで殆ど使わないですよ」


 足技のスキルが幾つも存在している中、蹴るだけで相手を切り刻めるこれを選んだ。

 結果として自分の靴も削られるんだが。


「普通の靴でそんな技を使うからだろう? 防御力が高めのモンスターの皮で作った靴を履け」

「売ってますか、そんなの」


 少なくとも売店やオークションでは見たことがない。これでも一応探しはしたんだ。


 黒太刀は少し考え、小さく息を吐いた。


「後でうちの靴職人に作らせる。採寸するから帰りに家に寄れ」

「え! いや、大丈夫です!」


 黒太刀にそんなことをしてもらう義理はない。と言うか、靴職人って誰なんだ。黒太刀の家ってどこだ。


「偶然おまえに出会ったのも縁だ。それにおまえはまだ鍛える余地が十分にある。私達のチームにいつかおまえも参加するかもしれない。先行投資だ」


 余地? 有りはしない。

 俺は何年戦っても貴女には追いつけない。もう三十。俺が現役でいられる時間はそんなに多くはない。


 それより。

 今一番気になるのはそこじゃない。


 この人達、チーム登録してるのか。

 となると、やっぱり。


「あの……まさかとは思うんですけど、『仮面集団』ってくろさん達だったり?」


 テーブルにサラダボウルばかり幾つも並べられ始める。

 それを眺めた後、黒太刀はちらりと俺を見る。


「むしろ、何故私達ではない可能性を考える?」


 やっぱりそうなのか。信じたくないから見ないふりをしていた。全国の探索者の殆どが考えないようにしているはずのそれ。


「……探索者のカリスマみたいな人達が、変な名前であれに参加してるとか、ちょっと嫌なんですが」


 思わず本音が出た。言葉を間違えたことにはすぐに気付いたが手遅れだ。


「変、か? ぎんが考えたんだが」


 噂に聞く銀剣ぎんつるぎは、立ち居振る舞いから貴公子として名高い。

 高潔な騎士のような男として有名な人が、あのチーム名の名付け親なのか。イメージと違う。

 今俺の中で、ネーミングセンスが残念な人、という認識が生まれてしまった。


 ついでだ。もう一つ聞いてしまえ。

 アルコールの注がれたグラスを傾ける黒太刀に、俺は恐る恐る問いかけてみる。


「聞いていいですか? 何で仮面被ってダンジョンに潜るんです?」


 黒太刀はグラスをテーブルに置き、しばし考える。


「……さあな。秘密だ。おまえが仮面を被る日が来れば分かる」


 それ永久に来ないやつ。

 世界中のSS(ダブル)は素顔でインタビューを受け、特集雑誌まで売っているのに。


 サラダを全て食べ終え、黒太刀は再びメニューに手を伸ばす。

 多分、テーブルに乗る皿の数の限界を考えて、一度に注文する品数を調整しているんだろうと思われる。


 こんなに食べると食費が大変なことになりそうなんだが、俺達とは稼ぎが違う。


「雑賀」

「はい」


 ちょうど俺が最後の野菜を飲み下したタイミングで掛かる声。

 顔を上げると、黒太刀もフォークを置き、こちらを見ていた。


「辞めるな」


 真っ直ぐに俺の目を見て、たった一言だけ。


 俺が引退することを、この数日間で何人に告げただろう。誰一人、止めなかった。

 当然だ。探索者は自由。

 命の危険すらある職だから、いつ辞めたとしても誰も責めはしない。止める権利を持つ人間もいない。


 ましてや、五年も前にたった一度しか会ったことのない人に言われる筋合いは、本来は無い。


「……俺、もうすぐ三十なんです」

「まだ若い。老齢の探索者もいる」

「……ランク、もう上がらないと思うんです」

「上がる。潜り続ければ必ず」

「……年齢的に、無理です」


 黒太刀の前に新しい皿が置かれる。

 一枚、二枚。

 六枚目が並べられたところで再び口を開く。


「年齢が気になるのなら、【不老】を取れば良い」


 聞いたことはある。

 全盛期の外見年齢を保ち、衰えることなく戦い続ける。この先ずっと。

 病気や老衰でこの世を去ることもない。

 いつかダンジョンで斃れるだけ。

 問題は、周囲の人間とは違う時間を生きることと、生殖能力の喪失。


「……親に、孫の顔見せることが出来なくなるじゃないですか」


 絞り出した俺の言葉。だが黒太刀は既に【不老】を取得している人間だ。そんなことは百も承知している。


「おまえ、相手もいないのにどうやって孫を作るつもりだ?」

「……いや、今はそうですけど」


 意外と手厳しい。


「探索者を辞めれば相手が見つかるとでも?」

「……まあ、出会いの場は少し増えるかな、と」

「そもそもおまえ、本当に家庭を持ちたいのか?」

「……多分」


 普通の生活に戻るとなれば、人並みの幸せを求めるのは自然なことのように思う。


「その普通の生活を維持しているのは探索者だぞ? 探索者の数が減れば、普通の生活とやらはすぐに消え去る」

「……俺一人くらい、いてもいなくても変わらないですよ」

「変わる。おまえが必要だ」


 黒太刀から男前過ぎるセリフが飛び出した。この大きな瞳と向き合っていることに耐えられず、テーブルのグラスの位置を確認する振りをして目を逸らした。


「おまえ、テーブルの上の物は全部、わざわざ見なくても触れるだろう?」


 触れる。全部知覚している。見る必要はない。


 それでも目視した上で掴んだグラスの中身を一気に煽る。


「……普通はグラスの位置を確認するんですよ」

「おまえはもう普通じゃないだろう。雑賀、おまえが温存している二十万、ちょうど【不老】に必要なポイントだな」


 いつだったろう。

 取得したスキルを伸ばすことに集中していて、しばらくの間新しいスキルを取らずにいた頃だ。

 保有SPが二十万に届いた。

 同時にリストに【不老】が表示された。


 それからはずっと、常に二十万を保持した。新しいスキルを取りたいと思った時は、新たにポイントを貯めた。


 いつでも、取ろうと思えばすぐに取れた。なのに取れなかった。

 リストのそれを毎日見た。

 勇気が出なかった。覚悟が決まらず、今日まで来た。


「……死ぬことより、生き続けることが恐いです」

「私達がいる。一人にはならない」


 このスキルを取ったら、辞められなくなる。

 このスキルを取らずに戦う方法を考え、そしてそんな道はないと理解し。

 俺は探索者を辞めることにした。

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