第33話 見習い職員 4
十八時を過ぎ、交代の職員にカウンター前を譲り着替えに向かう。
職員用の更衣室なのだが、殆どの職員が寮に住んでおり、制服を着た状態で部屋から出て来る人間が多いらしく、今ここで着替えているのは俺一人。
家からラフな普段着で来てしまったが、こんな格好で黒太刀に同行して良いのか。
そもそも付き合うってどこにだ。茶でも飲もうって話じゃない、絶対に。
可能性はいくらでもある。あるのだが。
俺は自分の【収納】に納めたままの武装を確認する。
手入れは怠っていない。すぐに着用できる。
「……ダンジョン、か?」
そもそもビルの前ではなく受付前が待ち合わせな時点で、ほぼダンジョンで決まりなんだが。
受付の前のロビーには、さっきと同じ長いスカートを履いた黒太刀の姿。ん? ダンジョンじゃないのか?
「行くぞ」
近づく俺を見つけるなり、たった一言だけ告げて背を向ける。
だからどこに行くのか教えてほしい。
何の説明もないままビルを出て商店街を歩く。
隣に並ぶのはさすがにまずい。ランク的にも見た目年齢的にも。
俺は三歩下がった位置から黒太刀に着いて行く。
斜め後ろから見る黒太刀は、若い女性にあるまじきことに手ぶら。
必要な物は全部【収納】に入っているんだろうが、不自然過ぎる。中身が空っぽでもいいから、バッグ一つ肩から掛ける程度の偽装はしてほしい。
そもそも黒太刀って幾つなんだ。
俺が探索者になった時には既に黒太刀のランクはSSだった。
世界中でとんでもない力を発揮する探索者達が次々と登場する中、日本にだけはSSが現れなかった。
仮面の彼等が姿を見せるようになったのは、世界の流れから随分遅れてからだった。
それは俺が探索者になるよりも一、二年前くらいの話だったはず。
目の前の黒太刀は、どう多く見積もっても二十代前半。下手したら二十前後かそれ以下。
ダンジョンが出来た頃の混乱期に、警察の警備の目を掻い潜ってダンジョンに入っていた未成年か?
「雑賀」
「は、はい!」
歩みは止めず、黒太刀が俺に声を掛けて来る。
「何かつまらないことを考えているようだが、私のこの外見はスキルによるものだ。気にせず隣を歩け」
嘘だろ。SSって人の考え読めるのか?
黒太刀は突然振り返ると、冷ややかな視線を俺に向ける。
「考えは読めない。ただおまえの顔色は読み易い」
「顔……に出てます?」
思わず自分の頬に手を当てる。
「面白いな、雑賀は」
初めて、黒太刀が微かに笑った。
◇
黒太刀が入ったのは、商店街の一角にあるカジュアルレストラン。
よりにもよって店の中央のテーブルに案内される。そこしか空いていなかったせいだが。
帰って来てからは協会と家の往復だった為、こんな店が出来ていたことに気づかなかった。
それより俺が知らない店を黒太刀が知っていることの方が辛い。
もっと辛いのは、店内にどこか見覚えのある客が数人いることだ。
多分、中学とか高校とかの同級生。名前は思い出せないが面影がある。
向こうも何か古い記憶を呼び覚まそうとしているらしく、宙を睨んだり目を泳がせたり。
俺のこの状況、奴等にはどう見えているんだ。
都会から若い女を連れ帰ったいけ好かない同級生、になっているんじゃないのか。
違う。断じて違う。
今の俺は、決して逆らってはいけない肉食獣の言いなりになっている小動物も同然。
俺が腰を落ち着かせられずにいるというのに、それを無視するかのように黒太刀は淡々と注文を始める。
最初は気づかなかったが、黒太刀が延々とメニューを読み上げ続けることでさすがに俺も違和感を覚えた。
量、多くないか。
今、サラダだけで何品頼んだ?
「雑賀も好きな物を頼め」
しかも俺の分は含まれていない。




