第32話 見習い職員 3
二日目。須藤さんに作業服を手渡され、朝から一階層の清掃。
他にもう一人、清掃員の格好の人が俺を連れてダンジョンに入場した。
「あっちゃあ……また溜まってんなあ。雑賀さんは、左側から奥に進んでよ」
「は、はい!」
「魔力結晶はこの袋に入れてー」
「はい!」
スライムはどれだけ倒しても、レベル10以上にはならない。
レベルキャップとかいうゲーム染みたシステムがあるせいだ。
初心者講習会で誰もがレベル10に達する為、それ以降は誰もスライムを好んで倒しはしない。
得られる小粒の魔力結晶も、一つにつきたったの一円。
たまに一階層を通る探索者もいるが、一直線に階下への階段に向かう為、行く手を阻む何匹かを潰すだけだ。
とは言え、儲からず経験値にもならないスライムであっても、放置すればどんどん湧き出すし、放っておけばそれが原因で氾濫現象が発生することもある。
ではどうするのか。
探索者協会が定期的にスライムの駆除をするしかない。
壁、天井、床。びっしりとこびり着く半透明の物体。多い。これ全部片付けるのか。
「昔はさあ、毎週講習会やってたからそれなりに減らせたんだけどさ。最近はまあだいたい全国民が受け終えたから、月に一回しかやらないじゃん?」
来るのも誕生日を迎え十八歳になった学生数人だけらしい。
「こんな小さな結晶でも集めればそこそこの魔力になるからさ。あ、うちの支部の電力これで賄ってるから、ちゃんと全部拾ってよ?」
この小粒が? ビル全てのエネルギーを捻出するには、何千粒必要なんだ。
「節約できるとこは節約しないと。ドロップ品のオークションもさあ、売り出し方とか工夫して、出来るだけ高く売り飛ばすようにしてんだよ?」
先輩職員は手際が良い。ある程度の範囲を【結界】で覆い、その中に【火魔法】を放り込む。一気に百匹以上が消え、小さな結晶が散らばる。
「そもそもさあ、ここ普通の『協会』と違うからさあ。うちを作るためだけに新しい法律が二十個もできたって噂知ってる?」
火を消すと、今度は風魔法で結晶を搔き集め、【結界】を解除して手元に引き寄せる。
なるほど。
見様見真似で俺も同じ方法を試す。もっとも俺は【火魔法】を持っていないので、代わりに【水魔法】になるんだが。
「お、雑賀さん上手いじゃん。昼休みまでには全部片付けような! 午後は三十三階層と三十四階層行くから!」
「三十三?」
「そ。うちの三十三階層は平原なんだよ。食堂で使う野草はここで採取するから。その後、下の階層の湖で漁ね」
探索者協会のコストカット、想像以上だ。
「あと、三十階層から降りるんだけど、途中の道にいるモンスターのドロップ品は、勤務中だから全部提出ね。自分の小遣い稼ぎは勤務時間外にしてよ?」
いや、こっそり懐に入れたりしないが。幸い、しばらく潜らなくても良い程度の蓄えもあるし。
◇
三日目。俺は朝から受付カウンターに立っていた。
田舎だと思っていたが、平日のダンジョンにそこそこ人が来る。
ビジネス街のダンジョンに長くいたせいか、平日の日中は探索者が少ないものだと思っていた。
だがここは商店街の中心。昼間でも人が絶えずやって来る。
買い物の後で時間が余ったから、と潜るおばちゃん達が存在していることにも驚かされる。
そうして午後になりしばらく経った頃。
「明日の入場予約を頼みたい」
低めの声の若い女性がカウンターの前に立った。
前日予約する奴なんているんだな、初めて聞いた。
「いらっしゃいませ。探索者証をお願いします」
俺はカウンターに置かれた端末機を指しながら、ちらりとその探索者を見た。
到底ダンジョンに潜るとは思えない、裾がヒラヒラした長いスカート姿。
まあ、潜るのは明日って話だから、今動きにくそうな服を着ていても別に問題はないが。
そんなことを考えていたら、俺の手元のPCから小さくアラーム音が一つ。
は? 受付でこんな音が出ることがあるなんて聞いてないけど、何なんだ。
反射的にディスプレイに目を遣り。
そして表示されたこの探索者の情報に。
釘付けになる。
DISPLAY NAME:黒
Rank:SS
何だ、これは。
ランクの表示、Sが二つ。
名前も普通じゃない。
ランクSの正式な呼び名は、当然ながら『エス』だ。同様にSSも、本来の名称は『エスエス』。
どの国の誰が最初に言い出したのかは定かではないが、気がついたら誰もがランクSのことをシングル、ランクSSのことをダブルと呼ぶようになった。
そんなどうでもいいことを思い出したのは、今、この表示を何と読めばいいのか迷ったからだ。
いや、読み方はどうでもいい。どう読んでも同じだ。
既に探索者歴六年、重要な情報から些細な豆知識まで、ダンジョン絡みの様々な噂話は頭に入れてある。
日本にたった五人しかいないSS達は、それぞれ好んで使う武器が呼称となっている。
ついでに相談して色分けでもしているのか、全員違う色味の武器を使う。
なのでSSを呼ぶ時は、武器の名前の前に色の名を付ける。
名前は『黒』。
しかもただの名前じゃない。
ディスプレイネーム。つまり表示名。
これ、間違いなく【複数名称】の表示用の名前だ。
対外的に表示する名前に、自分で『黒』と付けるSS。
俺はもう一度、カウンターの向こうの女性を見る。
仮面、してないじゃん。ついでに、さっき喋ってた。
身長、日本人の平均くらい。細い。髪、肩くらい。
わざわざ思い出すまでもない。一度も脳裏から離れないのだから。
忘れもしない、五年前に見たあの人。
記憶の中のあの人と、何も変わらない立ち姿。
「……黒太刀さん?」
「黒だ」
問いかけると即座に訂正された。
人違いだ、という意味では多分ない。人目があるから呼び方に気をつけろ、の意味だ、きっと。
「明日の八時から二十四時間、一階層からだ」
「は、はい!」
俺は今、仕事中。仕事中。仕事をしなければ。
指先の奮えが止まらない。それでも必死に入場開始時刻と潜行予定時間、開始階層を入力する。
SSって前日から予約するのかとか、二十四時間もいるのかとか、初めて来るダンジョンだから一階層から始めるんだろうかとか、頭の中は余計なことで一杯だ。
そんな俺をしばらく黙って見つめていた黒太刀が、ポツリと呟く。
「職員になったのか?」
「え?」
ベストの制服姿を見れば職員なのは一目瞭然。そもそもカウンターの内側は関係者以外の立ち入りが禁止されている。
この質問の意味。
初めて来たダンジョンにいた職員に掛ける言葉にしてはおかしい。
思わず顔を上げると、黒太刀と目が合った。キラッキラのでかい目だ。
「雑賀?」
言っておくが、協会職員は名札は着けていない。俺の名前を初対面の人間が知ることはできない。最初から俺を知っていない限りは。
「……覚えていてくれたんですか」
声が上擦る。そもそもあの時だって、俺は名乗ってなどいないのに。
「私達は記憶力が人より少しだけ良いんだ。ましてや、お前達のランクを変えた事故の原因が私にある以上、忘れるはずもない。……それで、何故ここにいる?」
この気持ちをどう言い表せばいいのか。
「……試用期間です。ここ、地元なんで。引退を考えてて」
到底他人に伝わる説明の仕方ではない。
そんな俺の言葉を正確に読み取り、黒太刀は「そうか」と小さく呟いた。
「黒様! いらっしゃいませ!」
あのアラームは別の場所にも通知されていたらしく、奥の事務所から職員が走り出て来る。
表示されている通りの名前で呼ぶのが正しいらしい。そんなどうでも良さそうなことを確認し、俺は先輩の指示を待つ。多分だけど、予約登録して終わりじゃない気がする。
先輩職員はすぐにディスプレイに目を遣り、俺の操作に問題がないかを瞬時に判断し、俺に向かって頷いてくれた。ここまではとりあえず間違えてはいないらしい。
だが、次の操作を確認しようとした俺に、黒太刀が声を掛けて来た。
「雑賀、今日の勤務は何時までだ?」
「え? 十八時ですけど……」
名字を呼び捨て。初めてまともに会話をする、どう見ても年下の女性からそんな呼ばれ方をするとは思わなかった。呼び方以前に話し方もあれだが。違和感しかない。
「そうか。ではその後、少し付き合え」
「……え?」
俺、さっきから同じ反応しか出来ていないな。
そんな俺の横で、先輩職員の頬も引き攣っている。恐らく、俺と黒太刀の関係について知りたいんだろうが、黒太刀が親しげに接して来る理由、俺も説明してほしい。
「十八時にここで。ではまた後で」
俺の都合など一切聞こうとしない。
黒太刀はそれだけ告げ踵を返す。
残されたのは強張った顔をこちらに向ける先輩職員。
「あのー……前日予約ってこれで完了です?」
とりあえず仕事しましょうか、先輩。
この後俺は、何か言いたげな先輩職員から、SSの予約が入った際の全国の支部への通達の仕方を教わり。
それ以降は特に何の事件もないまま終業時間を迎えた。




