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第31話 見習い職員 2

 朝、約束の時間の十五分前に協会支部に到着したが、既に受付前のロビーにはベストの職員が俺を待っていた。遅刻した気分になる。


「はじめまして、雑賀さいがさん。須藤すどうです。1321番ダンジョンへようこそお越しくださいました」


 きっちり撫で付けたオールバックにガンメタの眼鏡。何て言うか細長い人だ。

 歳は俺より少し上くらいか?


「我々はシフト制で、休みは月に十日。二十四時間対応ですので三交代で勤務しています」


 いきなり勤務体系の説明が始まった。遊びの少ない人だ。


 俺を受付へ促し、カウンターに立つ職員を指す。


「知っての通り、ダンジョンへ入場する前の探索者は必ずこちらで行き先階と予定時間を申告します。本人のランクと階層が適切かの判断にはマニュアルがあり、探索者証を提示いただくとカウンター内の端末に名前とランクと適正階層が表示されます」

「へえ……」


 そういう仕組みなのだったのか。

 素直に感心した俺の顔を見て、須藤さんは軽く頷き、踵を返し、今度は買取カウンターへ。


「査定は、一点につき五秒以内の完了が目標値です。雑賀さんは【鑑定】をお持ちですね。まず【鑑定】を取得しなければこの業務には就けませんので、【鑑定】持ちの新人は非常に喜ばれます」


 そこで須藤さんは一度、手元のタブレットを確認する。


「雑賀さんは幸い、営業職の経験があるようですから、接客研修は不要ですね。職員に必要なスキルも殆どお持ちですし。【拡声】をお持ちであればゲート前の仕事も任せられるのですが、残念です」


 心の底から残念そうな声が出ているが、普通の探索者で【拡声】を取得する奴はいない。


「これから一週間、協会内の全ての業務に就いて貰いますが、正式採用となった際、雑賀さんのランクであればこの制服を着る機会はほぼ無いでしょうね」


 それはどういう?


「そうですね……そこで床を磨いている彼」


 須藤さんが指した先には、ツナギの作業服でキャップを目深に被り、モップ掛けをしている清掃員がいた。


「彼、ランクAの職員です」

「は?」

「ランクAは文字通り、掃除屋です。普段は支部内の至る所で清掃をしながら待機していますが、問題のある輩が暴れ出した際には直ちに制圧行動に移ります。また、氾濫現象が起こった際には誰かの指示を待つことなく、真っ先にダンジョンに飛び込みます。他にも、遭難者が出た際の捜索も彼等が担います」


 いやいやいや。

 一昨日までいた支部を思い出す。

 いたな、毎日。ビルの片隅で掃除をしている作業服姿の奴が何人も。


「……もしかして全部の支部の清掃員って、ランクAなんです?」

「ランクAの職員、増えているんですよ」


 何故?


 須藤さんは笑顔で答えてくれる。


「雑賀さんならお分かりかと思いますが、ランクAの最大の望みは何でしょうね?」


 考えるまでもない。遠出することだ。


「職員はシフト制です。誰かは必ず支部にいる。つまり、休みの日に何処へ行こうと自由です。職員になると、ランクAでも旅行に行けるんです」


 そんなことのために、と思わないでもないが。

 旅行。俺にもそれは魅力的な言葉に聞こえる。


「確かに職員は月給制ですが、勤務時間外に個人的にダンジョンに潜ることもできますから、収入面での心配は皆無です。彼も夕方、私服に着替えた後は喜々としてダンジョンに潜行してますよ」


 お試しでとりあえず来てみたが、思ったよりも良いんじゃないか、協会職員。


「次に、一般にも開放されているこの食堂ですが」


 支部ビルに必ず併設されている格安食堂。俺も何度も利用した。


「職員は三食無料です」

「マジで!」


 小早川さんとか喫煙席に入り浸って常に何か食べてたけど、あれ、タダだったのか。


「探索者と同じように券売機に探索者証を翳しているので分かり難いですが、一円も引かれてはいません。もっとも限度はあります。月五万円までです。以降は普通にチャージ金額から頂きます」


 あ、じゃあ小早川さんのあれも、かなりの額が自腹だったのかもしれない。

 危うく、小早川さんの人間性を疑うところだった。


「食堂を取り仕切るのは、以前は四つ星ホテルで働かれていた方です」

「え? ヘッドハンティングですか?」

「まさか。そこまでは出来ませんよ。ダンジョン産の食材を常に扱えるという理由で、自ら働きたいとやって来るんです。殆どの支部の食堂にいるシェフが、そういった奇特な方々なんですよ」


 知らなかった。道理で、安い割に美味しいと思った。


「福利厚生の話が出たのでついでにお伝えすると、上階に職員寮があるのはご存知ですね。一番狭い1LDKの家賃は三千円です。水道光熱費は無料で使い放題です。後で空室にご案内しますね」

「あ、はい……」


 ここまで手厚いと部屋の広さが気になって来る。多分、狭くはない。絶対に狭くない。


「職員不足の為、我々、結構な激務なんですよ? そのため、可能な限りの高待遇で迎えようというのが本部長の方針です」

「本部長って見たことないな、そういえば」


 メディアへの露出が全く無いが、噂によると三十代半ばの男性で独身。当然、協会ができる前は探索者としてダンジョンに潜行していたはずだが、ランクは非公開。


「忙し過ぎて取材を受ける暇もないようです」

「大変なんですね」


 ブラックな香りがする。


「まあ大丈夫でしょう。本部長はかつて二つ名付きの探索者だったようですから、体力はありますよ」


 待て待て。

 協会本部長のランクは非公開だ。

 二つ名が付けられるのは有名なランク(シングル)だけ。つまり本部長は。


 なんで簡単に俺にそんな情報を与えるんだ、この人。

 一週間後に逃げられなくするためなのか。怖いな、協会職員。


「今日はまず査定部から始めましょう。更衣室に制服をご用意しました」


 その後、俺は夜六時まで査定用の小部屋でひたすらドロップ品を鑑定し、価格表と見比べながら金額を付ける作業に従事した。

 慣れている職員は価格表など一瞥もせずに数字を入力して行く。

 他の職員と比べると、俺の作業は七割程度の出来。

 それでも須藤さんは「初めてでこんなに早くできる人は少ないですよ、【鑑定】のレベルが高いんですね」と満足げだった。

 須藤さんは褒めて伸ばすタイプらしい。

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