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第29話 迷宮管理 3

 楠木くすのき家の隣に住む大原夫妻が飼うジョンとミルクが吾輩の両親だ。

 子犬が生まれたら一匹譲ってほしいとの圭悟けいごの望みを受け、吾輩が楠木家の飼い犬となった。


 高校生だった圭悟が大学を卒業し、会社勤めをするようになっても、必ず圭悟が吾輩の散歩に付き合ってくれた。


 ダンジョンが出現したあの日あの時間。吾輩と圭悟は散歩に出ていた。

 いつもの道を通り商店街に入った時、それが起こった。


 吾輩のすぐ真横に、地球に存在しなかった異質な穴が生まれたのだ。


 普通の紀州犬だった吾輩は、さしたる理由もなくその穴に入ってしまった。


「ムサシ、戻れ!」


 圭悟の悲痛な叫びに一度だけ足を止めたが、吾輩は結局、奥へ奥へと進んでしまった。

 圭悟が追いかけて来ていることは、足音と匂いで分かっていた。


 進んだ先には、弾力のある半透明な不思議な生き物が幾つも転がっていた。

 何も考えず、吾輩はその一つを踏み潰した。


 スライムを素手で潰してはならない。これは講習会で必ず三回は伝えることにしている。

 素手で潰すとどうなるか。

 吾輩の前足は爛れ、激痛に悲鳴を上げた。


 吾輩の危機だと感じたのだろう。

 追いついた圭悟が周囲のスライムを踏み潰し、吾輩を救出してくれた。


 ダンジョンは国境を認識している。

 各国で、それぞれ最初にモンスターを倒した者が、スキル【迷宮管理】を取得する。

 二番目にモンスターを倒した者は、管理者の補佐スキル【迷宮運営】を取得する。


 諸外国では順当に人間がこのスキルを取得した。この日本国のみ、紀州犬がダンジョンの管理者となってしまった。


 外国の管理者達が各々の政府に働きかけ、ダンジョン攻略に必要な探索者協会を立ち上げるなか、日本だけが遅れを取った。

 管理者が名乗り出なかったからだ。

 吾輩がレベルを上げ、人間の言葉を話すためのスキルを得るまでには時間が必要だったのだ。


 吾輩を両手に抱いた圭悟が姿を現した時、漸く管理者が見つかったという安堵と、何故犬なのかという絶望が人々を襲った。


 既にその頃、各国では管理者が協会本部長となっており、政府は苦肉の策として、補佐スキルを持つ圭悟を本部長として祀り上げた。


 管理スキルを持たないことを隠しながら、各国の本部長達と渡り合わねばならなくなった圭悟の苦悩は如何ほどのものだったか。

 オンラインで行われる世界の本部長の会議に虚勢を張り出席する圭悟の姿は痛々しい。

 吾輩は毎晩のように圭悟に謝罪した。


 もう一つ吾輩が感じる負い目がある。


 ダンジョンに深く関わるスキルを有する吾輩と圭悟には、最初から【不老】が備わってしまった。

 あれから十年、圭悟の姿は二十代半ばのまま。


 当時交際していた雌とは、本部長の職に就いた時に縁を切っていた。

 楠木家にも何度かやって来て、吾輩を優しく撫ででくれた雌だった。その度に吾輩は、遠くない未来、圭悟とこの雌と共に新たな住処に移る日が来るのだろうと漠然と感じていた。


 圭悟はそれ以来、その雌のことは話さなくなった。

 他の雌と共に過ごすことも何度かあったようではあるが、どの雌とも長続きはしていない。


 古い友とも縁遠くなった。本部ビルに居を移し、楠木家からも足が遠退いた。

 圭悟の周囲から親しい人間が消えた。


 それ故、吾輩は常に圭悟のそばに侍るようになり、最早犬には見えなくなった我の姿も相俟って、探索者達は吾輩のことを圭悟の眷属になったモンスターと誤解し始めた。


     ◇


 本部長の最初の仕事は、【迷宮管理】でダンジョンの前にゲートを設置すること。

 このゲートは、探索者の入退場を記録するだけでなく、内部のどれほど深い場所での氾濫現象であっても漏らすことなく感知し、外の人間に知らせる機能を併せ持つ。


 更に、ランクSS(ダブル)の根幹となるスキル【獲得SP100倍】の種を全国に撒くことも、管理者の初期の重要な仕事だ。


 吾輩は元々が犬である為か、魔力の保有量が人間と比べるとやや少なかった。

 世界中の管理者は、国土全域を網羅する為に必要な人数を必死に考え、【迷宮管理】のレベルを上げて満を持してスキルの種を作ったが、吾輩はどれほどレベルを上げても、充分な量の種を作れそうになかった。


 協会発足から既に三年。世界中で少しずつ、いずれSS(ダブル)となる探索者が成長し始めていた。

 このスキルは一度しか使えない。

 これ以上時間を掛けるわけには行かぬと、吾輩は全魔力を注ぎ込んだ。

 だが、出来たのはたったの五つ。

 吾輩が目視で数を確認した次の瞬間、種はそれぞれ日本の何処かのダンジョンへ向けて散って行った。


 吾輩は飛び去る種に願った。

 いつかSS(ダブル)となった時、どうか圭悟に力を貸してほしいと。


 管理者には他にもダンジョンとこの世界を円滑に繋げる為の仕事がいくつもあるが、吾輩は四足歩行の身。圭悟の助けが必要だ。そんな圭悟の支えになってくれる人間が現れることを期待して。


 この種は【獲得SP100倍】だけを取得するものだ。

 将来、SS(ダブル)となる為には、更に五つ、100ポインを消費するスキルを、レベル1の段階で取得しなくてはならない。

 誰に教えられることなく瞬時に判断し、自力でこれらのスキルの得る。

 種を植え付けられた人間全員が、正しく全てを取得できるはずもない。何割かはSS(ダブル)に至る道をこの時点で閉ざしてしまう。


 それを知っていたからこそ、彼奴らが一人も脱落することなく、五人揃ってSS(ダブル)のレベルに達した状態で吾輩と圭悟の前に現れた時、吾輩は歓喜した。


 しかも彼奴らの成長は予想していたより早く、既に【看破】も修めていた。

 圭悟が管理者ではないことを見抜き、吾輩が本物の管理者だと見破った。

 以来、彼奴らも吾輩と圭悟の秘密を知る仲間となった。


 彼奴らは圭悟に負担が掛かり過ぎていることにもすぐに気付いた。【迷宮運営】はランク判定装置や、手首に装着する探索者証を作成する為のスキル。

 圭悟は今も、本部長の業務の合間を縫って探索者証を作り続けている。

 そんな圭悟を労ってくれるかと思いきや、彼奴らは次から次へと、行く先々で問題を引き起こす。


 苦労は多い。

 だが、圭悟は彼奴らといる時だけは、こうして憤り、時に笑い、ダンジョンに足を踏み入れる前のように感情を顕わにする。

 年に一度、こうして圭悟と彼奴らが共にいる姿を見るにつけ、種を植え付けられたのが彼奴ら五人で良かったのだと、吾輩は思う。

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