第28話 迷宮管理 2
誰もが吾輩を狼だと認識しているようだが、吾輩はただの紀州犬である。
ダンジョンで圭悟と共にレベルを上げ続けた結果、現在のような外見に変化してしまっただけに過ぎない。
世界にダンジョンが出現したあの日、まだ普通の犬であった吾輩が圭悟を連れてダンジョンに入り込んでしまったがために、圭悟の人生すらも変えることになったのは、吾輩としても不本意ではある。
吾輩は金棍に撫で回されるがままになりながら、ちらりと圭悟の様子を見る。
圭悟は既にデスクに戻り、溜まった雑務の処理を始めていた。
吾輩が犬であるがために、事務仕事は全て圭悟に頼まねばならない。飼い犬として非常に不甲斐ない。
「それからな。おまえら、ゲームじゃないんだから、パワーレベリングするのやめろよ。後始末が大変なんだよ」
デスクの端末から目を離さず、キーボードを叩きながら圭悟が金棍に話しかけた。
「最初に始めたの黒だけど?」
「四年前のあれは氾濫現象中の事故だ。その後からは、おまえら積極的にやり始めただろう?」
話しながらも、仕事を進める手の動きは止まらない。さすがは吾輩の飼い主。
「うわ、私達のこと監視してる? 赤のベッタベタのラブコメも全部報告させてるわけ?」
「おまえ、本当に血も涙もないな。赤の純愛によくそんなこと言えるよな」
扉の前に人の気配。隠そうと思えば隠せるものを、これはわざと存在を知らせているらしい。
「どうぞー」
一向にノックがされない為、圭悟から声を掛けた。
「……お邪魔するっす」
遠慮がちに部屋に入る、ロングコートの長身。
「金さんは本当にデリカシー無いっす」
自分の話題だと気付いたせいで、部屋に入れなくなっていたのだろう。可哀想に。
「何も起こらないあんたの恋愛事情なんかどうでもいいよ。ね、他に最近面白い話ない?」
金棍の横に座り、赤槍はわざとらしく小さく息を吐く。
「無いっすよ」
「つまんないの」
金棍が唇を尖らせた時、ドアが静かにノックされる。穏やかな音。本部長室への敬意が感じられる。非常に良い。
「開いてるよ」
入って来たのは、予定通り、青鎚と黒太刀。
先客の二人の対面のソファに腰を下ろす。
「あ、そうだ、赤ちゃん。屠殺天使に喧嘩売りに行くんだったら、オレにも声掛けてねー」
唐突に青鎚が赤槍に話しかけた。廊下を歩く間も、この部屋の会話を把握していたのだろう。金棍の【結界】も、自分と同等の力の持ち主の前では意味を為さないようだ。
「行かないっすよ! なんで青さんまでその話知ってるんすか」
「屠殺天使か。赤とは正反対の風貌だな。勝ち目がないから本人を痛めつけるつもりか」
「そんな真似しないっす! どうしてもあいつの方がいいって言うなら、仕方ないっす……」
吾輩の聞いた話では、屠殺天使はこの件に全く関わりがない。それは青鎚も黒太刀も知っているはずだが、真実を教えるつもりはないと見える。
こやつら、本当に意地が悪い。
「それはいいとして。楠木、私達に何か言いたいことがあるのでは?」
黒太刀が圭悟に話しかけるが、圭悟はまだ仕事中だ。
「色々色々ありすぎて、どれから言えばいいのかわかんないくらいあるんだよ!」
ディスプレイから目を離さず、圭悟が吐き捨てるように答えた。
興奮しても手を止めないのは素晴らしい。
「まず、あのダサい名前のチーム!」
全員が不思議そうに圭悟に注目した。
「ランキングに参加してくれるのは嬉しい。トップ10の奴等にやる気出させるからずっと一位に君臨してくれるのはいい! ただし!」
何が問題なのか見当も付かないらしい。全員無言で圭悟の次の言葉を待っている。
「何だよ、『仮面集団』って! ちょっとは正体隠そうとしろよ!」
犬である吾輩でもわかる。
あの名称はおかしい。
「えー? 皆で決めた名前なのに、何がだめー?」
「おまえらだってことがバレバレじゃないか!」
しばし考え込んでいた黒太刀が静かに反論する。
「気づかれたという話は聞いていないが」
「みんな信じたくないから考えないようにしてんだよ……」
「我々がランキングに参加していると知られるのはそんなに問題か?」
その疑問に、圭悟は手を止めて立ち上がった。
「問題なの! ヒーローってのは正体バレちゃ駄目なんだよ! 正体不明の謎のヒーロー、格好良いだろ!」
しばしの沈黙の後。
「……すまない、楠木。何の話をしている?」
絞り出すように黒太刀が尋ねた。
黒太刀が動揺している姿は珍しい。さすがは吾輩の飼い主。
「おまえ達の話だよ! ヒーローってのは人知れず孤独な戦いとかしてるべきなの! 誰も知らない所でボロボロになりながら勝利を収めて、誰にも褒められなくてもそれでも戦うもんなんだよ!」
再び沈黙。
「……俺達、五人もいるんで孤独ではないっす」
赤槍は論点をすり替えたかったのだろう。
だが吾輩は知っている。こういう時の圭悟は怯まない。
「人数はこの際、置いとく! おまえらときたら、何階層のボスでもあっさり瞬殺! なんだそれ! 支部から上がってくる報告書、全部同じことしか書いてないんだよ! 同じ物ばっかり読み続ける俺の気持ちにもなってくれよ!」
圭悟、今はそれは関係ない。
だが吾輩の飼い主は、何も無かったかのようにすぐに軌道修正する。
「とにかく! 現代のヒーローは等身大じゃ駄目なんだよ。ダンジョンからいつモンスターが溢れ出すかわからない危険と隣り合わせの世界で、それでも皆が日常生活を続けられる理由、わかる? 何があっても何とかしてくれる絶対的なヒーローがいるからなの!」
圭悟が吾輩の代わりに本部長を務められるのは、必要とする時に饒舌に語ることができるからだ。
「ヒーローは、定食屋で大盛り飯食ったり、八百屋で大根値切ったりしない! 人間味出すな! 普通の人間に守られてるって気づかせるな! 人間を超越した何かに守られてるって勘違いさせろ!」
それまで黙って聞いていた金棍が喉を鳴らす。
「……楠木、ちゃんとまともなこと考えてたんだ。仮面被って喋らないとかって変な設定、楠木の趣味だと思ってた」
間違えてはいない。半分は圭悟の趣味だ。
「今更チーム名変えるのも不自然だから『仮面集団』のことはもういいけどさ、正体バレるような行動は控えてくれよ?」
圭悟は椅子に座り直し、再び仕事に戻った。
その時、ソファの後ろから声が掛かった。
「で、楠木。俺達はずたぼろにやられながら泥臭く勝ちゃあいいのか? それとも人智を超えた技に見えるように秒殺すりゃいいのか、どっちだ?」
驚いた。
いつの間にか本部長室に銀剣がいた。
吾輩に気配を一切感じさせぬとは、知らぬ間に腕を上げたらしい。
圭悟も驚いたのだろう。真っ先に言わねばならないはずの、「ノックをしてから入れ」という言葉も出ない。
キーボードを打つ手を止め、圭悟は頭を掻き毟る。
「……ボロボロになるっていうのは、俺の理想のSSの設定と違う気がするからやめてくれ」
吾輩は知っている。
圭悟は結局、他の人間達の目に、彼奴らが格好良く映ればそれで満足なのだ。




