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第27話 迷宮管理 1

 日本探索者協会。ダンジョン毎に支部を配置する巨大組織。

 その本部は、1500番ダンジョンに隣接している。


 ビル一階の受付前で手続きの列を作っていた探索者達は、エスカレーターで二階から降り立った四足歩行の生物の姿を見て沸き立った。


「ムサシ様だ! やっぱり格好良いよなあ」

「私もあんなキュートな眷属欲しいー」

「何階層にいるんだろ、あのタイプの狼」


 真っ白な長めの毛足。二メートル以上はある、すらりとした体躯。精悍な顔つき。深い青い瞳。ピンと立った両耳。

 スキル【眷属】の取得を目指す探索者達の憧憬の元。

 1500番ダンジョン管制支部長を兼ねる、日本探索者協会本部長が従える狼型モンスターだ。


     ◇


 本部長の楠木くすのき圭悟けいごは、吾輩の飼い主である。

 もう見慣れた光景ではあるが、本部ビル十五階の本部長室に入るなり、圭悟は頭を掻き毟りながら中央のデスクに着く。


「マジなんなの、あの人達! 毎回毎回頭おかしいだろ!」


 圭悟が悪態を吐くのは決まって、ランクSS(ダブル)が何かしでかした時だ。


『いい加減慣れろ、圭悟。吾輩の力が及ばず、我が国ではたった五人にしかあのスキルを与えられなかったのだ、すまぬ』


 圭悟は乱れた頭髪を手櫛で整え直し、吾輩の前で屈み込む。


「俺の方こそごめんな。ムサシのせいじゃないから気にするな」


 吾輩が子犬だった頃と同じように、顎の下を強めに撫でる。

 心地良い。


「でも人数は仕方ないにしても、せめてスキル【獲得SP100倍】を付与する人を選ばせて欲しかったよなあ。完全にランダムで全国のどっかの誰かに付与されるとか、無いよな、マジ」


 挙げ句の果てに、付与されたのがあの五人だったというのは、吾輩も想定外ではあった。

 だが、戦いに身を投じ長い年月を過ごすことを思えば、あのような破天荒な輩でなければ耐えられない可能性もある。


『圭悟。それでも吾輩はやはり、あやつらで良かったのだと思う』

「マジかよ、ムサシ」


 圭悟の頬が引き攣ったとほぼ同時に、本部長室の扉が乱暴に叩かれる。

 ノックというものはもう少し軽やかな音を立てる物だと吾輩は思う。


「……来たよ来たよ、問題児が」


 圭悟は溜息を吐いて立ち上がり、廊下に聞こえるように「開いてるよ!」と声を張り上げた。


「お邪魔ー、楠木!」


 臍出しのキャミソール、ショートパンツに素足、サンダル履き。髪を高く結った探索者が、ドアを力一杯開き入室して来る。


「あのな、きん。誰が聞いてるかわからないんだから、本部長って呼べよ」

「平気平気、もう【結界】張った」


 ランクSS(ダブル)の一人、金棍きんこんは部屋を見回し、吾輩の姿を見つけると駆け寄って来る。


「おー今日も可愛いね、本部長は」


 この国の本物の本部長が吾輩だと知るのは、圭悟と彼奴ら五人、そして政府のみ。


「頼むからムサシのことを本部長って呼ぶのもやめてくれよ……」


 圭悟はネクタイのノットに指を掛け、ゆっくりと引き抜く。

 本部長及び支部長は人前では常にスーツを着用する、と決めたのは圭悟だ。

 探索者となる前の圭悟本人は、ネクタイを締めて会社に行くのが苦痛だったようだが。


「それで、今年の新年会はいつ始めるんだ?」


 金棍を始め、SS(ダブル)が本部ビルに姿を現すのは、一年のうち元旦の朝に限られる。

 何故新年会の集合場所として本部長室を選んだのかだけは、吾輩にも理解不能。


「もうすぐぎんの当番終わる時間だし、そのうち全員来るんじゃない?」

「おまえ達のところの居候は?」

「今年も参加しないって。こっちの習慣に早く馴染んでほしいよね」


 圭悟はその返答にしばし考える。


「そろそろ海外で、その居候達について公表を始める。独り立ちさせる準備はしておいてくれよ」

「日本の(シングル)で武術レベル千超えたのなんて、あんただけなんだからまだ平気でしょ」


 金棍はサンダルを脱ぎ捨て、ソファにだらしなく座る。若い娘の姿をしているだから、もう少し気を付けてほしいものだ。


「それよりさ。楠木、聞いた? あかのヘタレ野郎、去年もとうとう彼女に告れないまんま一年終わったって」

「告白して何になるんだ? おまえら、永遠に生きる気だろ」


 SS(ダブル)は死ぬまで戦う覚悟をとうに決めてくれている。

 普通の寿命しか持たない女性にょしょうと添い遂げられない以上、想いを告げる行為に意味はない。


「赤が腹括れば話は簡単じゃん。彼女にも【不老】を取らせればいいだけのことなんだからさ」

「それが出来るんだったら、とっくに言ってるだろ」

「だからヘタレだっつーの」


 ケケケ、と下品な笑い声を上げているが、吾輩から見れば金棍は少々無粋だ。人族の雌雄の機微に対し無神経過ぎる。


『心に決めた相手もいない金棍に嘲笑われるとは、赤槍せきそうも不憫な』

「お? そういう本部長だって独り身じゃん?」

『吾輩は迷宮管理に身を捧げたのだ』


 吾輩も既に生殖能力を失っている。子孫を残せぬ雄が雌を娶るなど、犬としての本能が許してくれぬ。

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