第26話 小路町通り商店街 4
本日の受付当番である久保田菜穂は、カウンター前に座ったまま、頬杖をついて眉間に皺を寄せ、幼馴染の入場手続きをした直後のことを思い返す。
一ヶ月ぶりに根拠地に戻った赤槍が、何故か潜行当日の朝にカウンター前に立った。
入場予約は昨日のうちに済ませてある。いつもならばゲートに直行しているはずだ。
仮面は装着していないが、フードを深く被った姿は、赤槍の正式な武装だ。
「えーと……赤、何かありましたか?」
うつむき加減の赤槍は、小声で呟いた。
「まどかさんがこんな時間に潜るの、珍しくないっすか?」
ああ。スイーツ男子の赤槍は、この商店街でも必ず洋菓子店に足を向けていたはずだ。幼馴染とも顔見知りなのだろう。
「休みを取ったそうです。お気に入りのランクSとダンジョンデートするためにレベル上げしたいらしいんで、赤が気にするような特別な理由は無いですよ」
ただ、その相手が少々問題ではあるが。
この商店街を含むエリアで活動しているランクSはたった一人。
通称『屠殺天使』。
可愛い顔でモンスターを殺しまくる、頭の螺子が何本か飛んだ男だ。
「……まどかさん、屠殺天使みたいなのが好みなんっすか」
「顔ですかねぇ。でも、赤のお好きなケーキ作りには影響しないと思うので安心してください」
赤槍は切れ長の目を細め、鸚鵡返しに呟いた。
「顔……、安心……」
なんだか様子がおかしい。久保田は赤槍の顔をそっと覗き込んだ。そして後悔した。
目が虚ろだった。
その瞬間、幼馴染に関して非常に冴えている久保田は色々と察した。
幼馴染の好みは、捨てられた子犬のような男性。
ついでに、おじさんのケーキを笑顔で食べるならばなお、可。
そして一番重要なポイント。
幼馴染は、声フェチだ。
翻って目の前の赤槍だが。
非常に背が高いし、クールビューティな感じではあるのだが、性質はほぼほぼ少年。
スイーツ大好き。
更にとんでもない美声の持ち主。
赤槍がここを根拠地にして、早五年。五年間彼を見て来たのならば、かなり高ランクの探索者だと考えるだろう。Sだと判断するかもしれない。
もう一つ。
赤槍が潜行する日に、敢えて店を休んでダンジョンに来た。
つまり。
ダンジョンデートをしたい相手って、赤槍かい。
久保田の頭は凄まじい早さで回転した。
こんな【不老】で若く見せているだけのおっさんは、幼馴染の為を思うならばお勧めできない。
それに【不老】を持っている以上、この先幼馴染がおばさんになってもお婆さんになっても、このおっさんの外見は変わらない。
そもそも、幼馴染が死んだ後もずっと生き続ける可能性すらある。
何より、相手はSSだ。日本中を駆け回り、ここに帰って来るのは月に一度だけ。氾濫現象が起こる度に核モンスターと対峙する、最も危険なランク。
だが。
協会職員としての立場で言わせて貰うならば。
ランクSSに根拠地を変えられるのは困る。
支部の売上は職員のボーナスに直結している。
月に一度とはいえ、SSが定期的に通って来ることで、この支部の売上は全国で五本の指に入る。
赤槍には気分良く過ごして貰わねばならない。
信じられないことだが、赤槍も幼馴染のことを気に入っている風ではある。
このままこの支部にいてもらう為には、幼馴染との何とも言えない甘酸っぱい関係を維持して貰わねば。
幼馴染の幸せと、自分のボーナス。
秤にかけたのは数秒。
久保田は笑顔で赤槍に向き直った。
「まどかは今日、初めて一人で四十階層に行きました。一人であんな深い所に行くの、少し心配です」
「……四十階層」
呟くと、赤槍は身を翻し、ビルから飛び出して行った。
すまん、まどか。
赤槍にはここにいて貰わないと困る。
それから三十分。
受付カウンターは今、探索者達の入場手続きを一通り終え、特に仕事もない状態だ。
久保田は先程の赤槍とのやり取りをまた思い出し、更に眉間に皺を深くする。
「……屠殺天使の方がマシだったかなあ」
そういえば屠殺天使も【不老】を取得しているのだったか。
どっちにしろ【不老】を持っているならば、赤槍の方がまだ人間性の面で信頼できる気がする。
「しっかし、いい齢して五年も何もないとか、赤槍ってヘタレじゃん?」
◇
翌月。
またしても受付の当番だった久保田菜穂は、連れ立って入って来る幼馴染と赤槍の姿を目にすることになる。
「見て見て、菜穂! これ、赤くんのお土産! 赤くんの槍とお揃いっぽいでしょ!」
真っ赤な薙刀。
探索者協会職員の久保田はドロップ品の査定も担当する都合上、【鑑定】を取得している。
幼馴染の手にあるそれが、どこかのダンジョンのドラゴンの初討伐で出た成長武器だということはすぐにわかった。
しかもわざわざ自分のイメージカラーと同じ色彩。
この人、赤い武器が出るまでダンジョン何箇所巡ったんだろう。
その前に、こんな殺伐とした物を女性への土産として持ち帰るのもどうなのか。
そして。
見るからに何も進展していなさそうな二人。
まあ、進展しても不幸な未来しかないのは目に見えている。
今年のボーナスの為にも、幼馴染の為にも、しばらくはこれで良しとしよう。
久保田は素早く入場手続きを行い、事務的に「お気をつけて」と声を掛け、二人を送り出した。




