第25話 小路町通り商店街 3
翌日、朝食の後に探索者協会に来てみた。お父さんに無理を言って、今日は店を休ませて貰って。
協会ビルは、ダンジョンの真横にある。居酒屋の敷地を協会が買い取って、あっという間にビルを建てた。
ダンジョンができたばかりのあの頃、協会はまだ小さな組織だったのに、資金はどこから出たんだろう。
一階の受付と待合室には数人の探索者がいた。
平日の朝からダンジョンに来ているところを見ると、きっと全員、職業探索者だ。
カウンターで探索者証を端末に近づけると、受付担当の職員がちらりとディスプレイを確認する。
「うちのチーム、今誰か潜ってる?」
「朝から商店街の人達が来るわけないでしょ」
来月のお祭りの準備もあるから、しばらくはダンジョン探索はお預けになると思う。
私もそんなに頻繁には来れなくなりそうなんだけど、来月までに少しでも新しい階層に慣れておきたい。まだ赤くんとのダンジョンデートを諦めたわけじゃない。
赤くんがお祭りの期間に来てくれればそれに誘うんだけど。
不自然にならない程度に、一階のフロア全体を見渡してみる。
いないか。
赤くんは、うちでケーキを買った後、商店街の他のいくつかの店にも顔を出す。
その後は駅前のホテルにチェックイン。
朝になるとダンジョンの方へ行く。が、途中で姿が見えなくなる。何故か毎回撒かれる。
そのまま丸一日行方不明。
朝、二十四時間ぶりに姿を確認できるのは、協会ビルの買い取り受付の前。
そしてこの町からまたどこかへ行ってしまう。
多分今回も、明日の朝にはここに来ると思う。
ってことは、だ。赤くんはこれからこのダンジョンに潜るか、もう既に潜っている可能性が考えられる。
潜ってる階層さえわかれば、偶然を装ってご一緒できるのに。
思い切って聞いてみるか。
「今日って、高ランクの人潜ってる? ランクSとか」
想像だけど、赤くんのランクはそろそろSになっているんじゃないかな。
職業探索者だし、キャリアも五年以上になるし。あと、なんとなく高ランクであってほしいっていう願望で。
「あのねえ、まどか。幼馴染の私だからいいけど、そういうのは教えられない決まりだって知ってるでしょ?」
幼馴染の菜穂は、ランクを上げた後、唐突に協会職員になった。
元々、協会に就職するのが目的でレベル上げをしていたらしい。
「ははーん? 気になる探索者でも見つけちゃった? あんたの恋人はケーキだと思ってたけど。ま、どうせ店に来た甘党の男なんでしょ」
全部当たってるから何も言えない。
「昼まで、四十階層!」
スタート地点と潜行時間の申告は必須。
予定時間を過ぎても戻らない場合、申告階層から捜索隊が入る。
「ちょっと、一人でそんなとこ大丈夫なの?」
「平気。皆で何回も行ったし」
「へー? 意中の彼はランクS? レベル上げてダンジョンデートでもするつもり?」
それも当たってる。
「んん? でもこの辺で活動してるランクSって……?」
「知ってるの!?」
菜穂は意地の悪い笑みの後。
「さあねえ。気を付けていってらっしゃい」
◇
三十分後。
商店街の皆とは何度か来た四十一階層。
一人だとやっぱりきつい。
この階層は洞窟タイプ。草原や砂漠と違って、一人でもどうにかなると思ったけど。
薄暗い通路はどこからモンスターが出るか分かり難い。
いつも使ってる薙刀が重く感じる。
でも折角休みを取ってまでここに来たんだから、一つでもレベルを上げないと。
六体目のウルフが粒子になったところで、前方から唸り声。
え、嘘。
一匹、二匹、三匹。そこから後ろは暗過ぎて見えない。
前に来た時はこんな群れなんかいなかったはず。さっきの分岐の右側の道では、だけど。
やらかした。
どっちに進んでも一緒だろうと、【地図】に新しい道を登録するつもりで選んだ分かれ道でやってしまったらしい。
「ま、多いけど、なんとかなる」
通路の幅も、天井の高さも、同時に何匹も襲って来れるほど広くない。
私の薙刀が十分に振るえるぎりぎりの広さでもある。
馬鹿正直に真正面から飛び掛かって来た一匹目。喉笛ガラ空き。ご馳走様。
二匹目と三匹目は同時。横に跳びながら二匹目を潰し、背を向ける格好になった隙だらけの三匹目の首を狙う。
ここまでは順調。
じゃなかった。
正面に向き直る間、ほんの一秒で何匹かが両脇を走った。
囲まれる。まずい。
「まどかさん!」
洞窟の中のせいか、声はとても良く響く。
声が良い。耳が幸せ過ぎる。
そんな馬鹿なことを考えたと同時に、見える範囲の全てのウルフの首が飛んだ。
何、今の。範囲魔法?
声の聞こえた方へ向き直ると、和服のような大きな袖のついたパーカーの裾を翻しながら駆け寄る長身。手には紅緋の大身槍。フードを深く被っているから顔は見えない。
やばい、かっこいい。
普段のロングコートもいいけど、パーカーも足の長さが際立って良い。
私の目の前で立ち止まったおかげで、フードの下の顔が見える。
頬にかかる長めの癖毛。髪も解いているんだ。これもかっこいい。
切れ長の瞳が不安げに揺れ、泣きそうな顔で私を見下ろしている。
「無茶するなって言っただろ……!」
おお。赤くん、怒ると口調変わるんだ。
「ご、ごめんね? 行けると思ったんだけど」
唇を噛みながら、無言。
「で、でもありがとう、赤くん。こんなとこで会うなんて偶然だねー?」
考えてたのとはちょっと違うけど、これはこれで悪くない。
そろそろ何か言ってほしいとこなんだけどな。
「……怪我は?」
「赤くんが助けてくれたから、かすり傷一つないよ?」
「そう……地上まで送る」
フードを更に深く被り直し、赤くんは私の手を引いて歩き始める。
それきり目も合わせてくれないまま、四十階層の転送装置まで戻り、二人で地上に出た。
ゲート前でやっと赤くんはこちらを見ると。
「まどかさん。来月の三日の夜、空けておいて。俺、六十階層まで案内するから」
放っておくと無鉄砲なことをするとでも思われたかな。子供じゃないからそんなに何回も同じ失敗なんかしないのに。
でも念願のダンジョンデートだ。
「うん、よろしくね」




