第22話 古竜の血 14
一階の受付前に戻ると、そこにはまだ怖そうな人達がいた。
良かった。いつの間にか姿を消していそうな雰囲気のある人達だったから、少し心配だった。
「よし、行くぜ!」
俺の顔を見るなり、怖そうな人は肩を組んで歩き出す。
いや、説明お願いします。
「今日の当番は黒だろ? で、お前らは今日も暇なのか?」
歩きながら後ろから付いてくる四人に話しかける。
「ああ。そろそろ時間だ。ではまたな」
ぶっきらぼうな人は片手を挙げ、踵を返す。残りの三人はというと。
「暇じゃないっすけど、銀さんと二人きりだと創佑くんが心配っす」
「赤、今日は珍しく話合うじゃん? 私も面白そうだから着いてく」
「じゃあオレ、ここで精算待ってるねー。創くんの新居の手続きもあるし」
それを聞き、怖そうな人は少し考えてから立ち止まる。
「精算の方は金が指示出せ。青は一緒に来い」
「はあ? なんでよ?」
「これから病院行くから、青のツラが必要なんだよ! てめぇのそのだらしねぇ格好で行ったら信用もクソもねぇだろ!」
自分のそのハード過ぎるファッションを棚に上げ、言いたい放題。
「あんたにだけは言われたくないよ!」
「そうっすよ、銀さん。銀さんの服装の方が酷いっす」
「俺の趣味にケチつけんじゃねぇ。青の顔見せときゃ大抵のことはどうにかなるだろ」
この人達、どこかで着替えてから行くっていう考えはないんだろうか。
それとも、こういう服しか持ってないとか?
それより。行く先は病院?
「まずお前の妹の主治医んとこ。その後は買い出し」
そうだ。この血があれば妹は普通の生活に戻れる。
急に夢物語が現実味を帯びて来たせいで、胸の高鳴りが尋常じゃないことになっている。
鼓動が肩を組む怖そうな人にも伝わりそうで、更に緊張する。
ダンジョンの中はある種のファンタジー世界の為、どんな異常な現象が起こっても、そういうものかと受け入れてしまう。
でもここは外。毎日のように往復する道。すれ違うのは探索者ではなく、職場や学校に向かう普通の人達。
日常の中で、あんな非常識な力を振るう高ランクの探索者達と一緒にいることが何だか不思議だ。
そして。
当然だけど病院でも一悶着。
探索者協会が一報を入れていてくれたけれど、早朝に妹の主治医がいるはずもなく。
こんな見た目の人が口汚く大声を上げれば軽く騒ぎになり。
古竜の血が出たと聞きつけ、寝癖の付いたまま駆けつけた見慣れたお医者さんが興奮した様子で病院に走り込んで来るまで、俺は他人の振りも出来ずに怖そうな人の横に立っているしかなかった。
◇
妹は一週間後には退院できることになった。
少し遅れてやって来た母と弟達に後を任せ、俺は再び怖そうな人達と街を歩いている。
買い出し、としか言われていないから目的地が分からなかったが、辿り着いたのは何故かスーパーマーケット。
「いいか、【収納】には一ヶ月分の非常食を入れとけ! ダンジョンで遭難することもあるからな!」
聞いたことないです。
有り得ない、と言いかけた俺の後ろで、長身の人がまた懐かしそうに呟く。
「思い出すっす。俺、百四十三階層に一週間閉じ込められたっす」
この人本当に、どこの物語の主人公なの。
「あんなに広い階層なんて、2116番ダンジョンにしか無いっすよ、絶対。飛んでも飛んでもずっと砂漠で、下に降りる階段が見つからないんっす。心折れそうだったっす」
その思い出話に、怖そうな人は「ほらな」と俺を促す。
またしても反論できなくなり、俺は言われるままに大量のお弁当を買い込むことになる。
まだ精算が終わっていないから、俺の所持金は三千円。
こんなに買えません。でも俺が何かを言う前に、怖そうな人はレジに向かい、自分の探索者証を翳す。
実は探索者証は、ダンジョンの出入りだけでなく、チャージ機能もある。
協会の精算窓口でドロップ品を売却する際に、現金化以外にも、探索者証にチャージすることもできる。
最近は一般的な電子マネーと同じように、どこの店でも決済ができるようになっている。
しかも、チャージ金額に上限が無い。
ランクSともなると、相当な金額が入っていると思う。
何万円にもなるお会計は、怖そうな人の探索者証で一瞬で終わる。
「……金、聞いてるか? スーパーでの買い物分の金額、俺の口座に入れさせろ」
イヤホンマイクとか見当たらないのに、探索者協会に残っている臍出しの人に指示を出している。
ちゃんと経費は引いてくれるらしい。金銭面でちゃんとしているところは見た目に反して騎士っぽい。
探索者協会はジャパンダンジョンバンクとか言うふざけた名前の金融機関も運営していて、現金と電子マネー以外にも、直接口座に入金させることもできる。
昨日から探索者証を受付の端末に翳し続けているから、怖そうな人の口座情報も協会は把握しているんだろう。
これで終わりかと思いきや、買い物はまだ続く。
「次はそこのパン屋、その後そっちの握り飯屋。おい、赤! この辺で美味い菓子屋知ってるか!」
「無理っすよ、銀さん。俺、この辺まだ来たことないっす。……あ、でも近くの店の情報出てるっす。美味しいらしいっすよ」
長身の人が携帯電話を出して何かを検索している姿が、逆に普通過ぎて違和感しかないけれど。
何も無いところで何も無いのに色々なことができる姿を見続けたせいで、ネットに接続するには普通に端末が必要なんだな、とおかしな感想を抱いてしまった。
っていうか、使ってる携帯電話。
最近話題になってる新しい通信機器、スマートフォンだ。
高ランクの人は稼ぎが違うんだろうけど、最新の機器を普通に所有してるってすごい。
パン屋に向かいながら、怖そうな人が話しかけて来る。
「これからはダンジョンに潜るのは週に三回にしろ。潜った次の日は休め。土日は家族と過ごすこと、いいな?」
「銀ちゃん、それだと月水金でダンジョンに行くしか選択肢ないよー?」
潜る曜日まで指定された。
「朝九時から午後五時までだ。昼は一時間休め。必ず外に出て、ダンジョンの近くにある店で食え。午前と午後に十五分ずつ【居室】で休憩も取れ。休憩用の飲み物と茶請けは、朝ダンジョン前に出店してる奴らから買え」
待って。覚えられない。
「出たっす、銀さんの地元還元論」
「地域にお金落とすの悪いことじゃないよ? オレも実践してるしー?」
後ろから聞こえた会話で、何を目的にしているのか何となく理解できた。
「月曜は1754番、水曜は1755番、金曜は1756番。一階層から順番に全フロアをマッピングしろ。コインはどの階も最低二枚は持つようにしろよ?」
いつどこで何があっても、どの階にでもすぐに行けるように。ランクAになった責任が急にのしかかる。
「それと、火曜と木曜は大学行け。週に二日じゃいつ卒業できるかわからねぇけど、ランクAの稼ぎなら家族全員養ってお前と弟の学費も出せんだろ」
復学。
さっき支部長さんに言われて初めて気がついた。
ずっと、このまま辞めるしか無いと思っていた。また通うなんて道が俺に残されていたことを、支部長さんが思い出させてくれた。
「お前が大学に戻れば、弟も受験する気になるだろ?」
「……俺、言いましたっけ」
弟が俺に遠慮して就職しようとしていること。どれだけ説得しても、「兄さんが行けないのに、俺がのんびり大学なんて行けるわけないよ」と頑なだったことを。
「あん? 探索者協会なめんなよ? 一晩あればお前のことくらい調べられるっつーの」
悪怯れもせずにとんでもないことを言い出した。
勝手に他人のことを調べるなんて、普通だったら失礼な話なんだけれど。
堂々とし過ぎている。悪いとはこれっぽっちも思っていなさそう。
あれ、俺が間違ってるのかな。探索者ってそっちの方が普通なのかな。
そもそもたった一晩で俺のことを調べられるのもおかしいよね? 協会って一体何なの。
俺が混乱し始めた時、後ろから弾んだ声が飛ぶ。
「あ、銀さん! この店っす! シュークリームが絶品らしいっすよ! 俺も買うっす!」
長身の人がこんなにはしゃいでいるところを初めて見る。
スイーツ好き、なのかな。
◇
昼前に、再び彼等が市橋創佑を連れて協会に戻って来た。
報告を聞き、支部長も一階へと降りる。
ごく普通の探索者の青年は、総額を聞き目を白黒させていた。
そこから、黒太刀と銀剣の経費が引かれ、更に市橋家の借金、マンション購入費用について説明が続く。
彼等は全ての費用を計算していたのだろうか。
信じられないことに、市橋創佑の手元には一銭も残らなかった。
だが問題はない。
ランクAは一度の潜行で十万円から二十万円は稼ぐ。
この青年も、すぐに自力で貯金額を増やすことになる。
混乱しつつも各種手続きのサインを行う市橋創佑の姿を、少しだけ離れた位置から眺めていた支部長は、SS達の方へ視線を向ける。
同じく彼等も慌てふためく市橋を見つめていたが、しばらくすると満足げにハイタッチをし、そしてそれぞれが目の前の空間に歪みを作り出すと、何を言うでもなく静かにその中へと姿を消した。




