第21話 古竜の血 13
俺がダンジョンから出たのは、朝六時だった。
協会ビルの窓に反射する朝日に目を細め、思わずゲート前で立ち止まった俺に、肩に乘ったセツが声を掛けて来た。
『我を【居室】に。新しき界には出ぬ』
新しき界。
よくわからないものの、多分ダンジョンの外のことなんだろうとは思う。
次にダンジョンに入る時までお別れか。
扉を開けるとセツは無言で中に飛び込んだ。一言くらいあってもいいのに。
扉を消して改札を振り返ると、怖そうな人達は手首の探索者証を翳し、順にゲートを通過していた。
ゲートの横には昨夜とは違う職員さんがいて、緊張した面持ちで全員の顔を凝視している。
「あ? なんだてめぇ、じろじろ見やがって」
視線が気になったのか、怖そうな人がコンビニの前で因縁を付けてくるヤンキーみたいなことを言い出した。
俺の抱いた第一印象通りの台詞だ。
「い、いえ……その、えーと……何てお呼びすればいいのかわからなくて。あの、彼は知って……?」
彼、と俺の方を指し示す。
「銀だ。変な呼び方すんじゃねぇぞ?」
怖そうな人は一気に職員さんとの距離を詰めた。
身長差から、職員さんを下から睨みつける形になる。
いや、この人のどこが『騎士の中の騎士』なの。
姿勢だけは目茶苦茶良いんだけど。
「は、はい! ……あの、銀さん。えーとえーと、そちらの……あ、青、さん? の、眷属の……」
可哀想になるくらい萎縮している。
確かにこの人は恐いけれど、俺とは違う理由で怯えているようにも見える。
突然名指しされた美形の方は「オレ?」と自分を指差し小首を傾げるのみで、職員さんに助け舟を出す素振りもない。
「あ? 青の眷属なら、受付で大人しく待ってるはずだろ? 潜る前に青が言い聞かせてたぜ?」
「座ってます、けど……ネクタイ締めて、絹さやの筋取りしてるスケルトンとか、違う意味で恐いっていうか……」
何させてるんですか、あなた。
「おい、青! もっとマシな暇つぶしあるだろ!」
怖そうな人が美形を振り返り怒鳴りつける。目茶苦茶恐い。
言われた方は全く意に介していない風だけど。
「ごめんごめん、昨日行った先でお土産買い過ぎちゃって。下処理が追いつかないから外でもお願いしちゃったんだよねー」
「土産っつったら普通は菓子だろ! 何でお前いっつも地元に野菜持って帰んだよ!」
「えー? たまに果物も買ってるよー?」
完全に職員さんは放置されている。
困惑した様子の職員さんだったけれど、急に思い出したようにゲートに設置されている電話の受話器を持ち上げた。
「ゲート前です。例の五名、市橋さんを連れて退場しました」
その報告の仕方。なんだか嫌な予感しかしない。
予想は当たって、協会ビルに入るなり出迎えたのはグラマラスな美女。
迷わずこちらへ向かって来ると、俺の前で立ち止まり一礼。
「探索者協会1755番ダンジョン管制支部長の丹羽です。市橋創佑さん、まずはこちらを」
ここって、1755番っていうダンジョンだったんだ。皆、地名で呼ぶから知らなかった。
支部長さん、初めて見たけど美人だ。
いやそんなことよりも。
なんで支部長さんが俺の名前知ってるの。
そもそも支部長さんと会話するってどういう状況。
呆然としながら受け取ったのは二枚の書類。
譲渡証明書。そして鑑定書。
「……古竜の血液200ミリリットル?」
古竜討伐者から市橋創佑へ譲渡。
名前は書かれていないけれど、俺に血液瓶をくれたのはこの怖そうな人で。
やっぱりこの人達が核モンスターを討伐したんだとか、今回の核は古竜だったのかとか、これで妹は治るとか、なんで正式な書類なのに名前が非表示なのかとか。
一気に駆け巡り、頭の中はぐちゃぐちゃだ。
「念の為、ランク判定を行いますので別室へ」
「は、はい……」
促されるまま、俺は呆然と会議室へ足を向けた。
◇
案の定、市橋創佑のレベルはランクAに達していた。たったの半日で。
どこのゲームのパワーレベリングだ。
支部長は顔には出さなかったが、つい件の探索者へ目を遣ってしまう。
さて。この青年はどこまで知っているのか。
あの特殊な連中は、人前では顔を隠し声も出さない。そのくせ、素顔で活動する時は自分達の実力を隠す気があるとは到底思えない行動を取る。
というのが、彼等の根拠地となっている各支部からの非公式の情報だ。
おそらくこの青年の前でも自重することなく自由に振る舞っていたのだろうが。
「市橋さん。先程まで貴方と潜行していた五人についてどうお考えです?」
聞くまでもない。絶対に、SSだと確信しているはずだ。
思わず喉が鳴る。
「えーと……変わった人達だな、と。あとちょっと恐いし。ランクSってみんなああいう感じなんでしょうか。あ、俺、Sって初めて会ったんでよくわからなくて」
ん?
「……Sも、ランクアップし立ての探索者とベテランとではかなりのレベル差がありますからね」
「じゃああの人達、Sの中でもかなり強い方なんですね!」
テーブルに顔を突っ伏したくなるのをどうにか堪える。
なんなの、この子は。
連中は、Sなど足元にも及ばない存在だ。
あんな仮面を被る程度でどうにかなるとは到底思えなかったが、彼等のイメージ戦略は想像以上に効果的だったらしい。
つまり。
SS。イコール、仮面。
素顔で協会支部内を歩き回り、素顔でダンジョンに潜行することがあるなど、誰も想像していない。
強い探索者と言われて真っ先に思い出すのがランクS。SSには生きた人間のイメージを抱いていないから、彼等を見てもSだと思ってしまう。
「……お気づきかと思いますが、今回の氾濫現象で核モンスターを討伐したのは彼等です」
「やっぱり! ランクSって凄いんですね!」
テーブルの下で握った拳が震える。
本物のS達が聞いたら顔面を蒼白にして反論するだろう。
そんな真似が出来てたまるか、と。
勿論、Sでも、やろうと思えば核モンスターを討伐することはできるだろう。
日本中のSを全員集めて、数十時間に及ぶ死闘の果てに、だが。
一階層のスライムを叩き潰すのと同じ感覚で核モンスターを瞬殺することなど、Sには不可能な芸当だ。
本部長、我々の情報統制は完璧です。
一般の探索者達は、氾濫現象の度に核モンスターを倒しているのが誰なのかを知らない。
時折、SSの目撃情報は上がっているが、毎回彼等が倒していることまでは知られていない。
だからこそ、目の前の青年も、Sが核モンスターを倒したのだと信じて疑わない。
もしこの青年がSSの素顔を知ってしまっていたら、本部からスキル【誓約】を持つ職員を呼び寄せて口止めしなくてはならないところだった。
これで懸念事項は一つクリア。
支部長は最も厄介な問題が無事に片付いたことに気を良くし、次の話題へ移る。
「彼等は貴方の為人に感銘を受け、貴重なドロップ品の一部を譲ると言い出しました。更に、貴方の力になりたいとのことで、これも用意させました」
彼等がダンジョンから出て来るまでに間に合って本当に良かった。
希望通りの物件がまさか本当にあるとは思わなかったが。
差し出したタブレットに表示されているのは、近隣三つのダンジョンの中心に位置するマンションの間取り図と外観。
「マンション……?」
「はい。いつでも入居可能です」
最寄り駅まで徒歩五分。
この駅から出る電車で三つ全てのダンジョンにアクセス可能。
ランクAに課せられている制限内で可能な移動範囲。
そしてもう一つ。
「1754番ダンジョンにも何度か潜行された履歴がありましたが、このダンジョンは貴方の通う大学に隣接していますね」
「一応。今は休学中ですけど……」
「彼等、どうして1754番にも通い易い部屋を探したと思います?」
支部長にはSSの考えていることなどわからない。
復学も視野に入れていた可能性はある。単純に近場のダンジョンだからという理由だったかもしれないが、あの高ランク探索者達には意外とお人好しな面があるとも聞いている。
ここで恩を感じておけば、そうそう彼等のことを人に吹聴して回ることもないはずだ。そんな打算で、支部長は若き探索者に微笑みかけた。
「彼等、大袈裟に感謝されるのが苦手なタイプのようですよ。貴方の胸の内だけに留めていただけるのが彼等の望みに適っていると思いますよ」
余計なことを連中に言って、あっさり否定されでもしたら目も当てられない。頼むから何も言うな。
目の前の青年は感激したように目を輝かせている。良い傾向だ。
SSの話はこれで終了。必要以上に触れて、疑問を抱かせてはならない。
「それでは、ランクAの行動制限についてご説明させていただきます」
待ちに待った、貴重なランクAだ。大切に育てよう。支部長は更に笑みを深くした。




