第20話 古竜の血 12
食事の後はまた抱えられてダンジョンの階層を上へ。
普通は下へ下へと移動するものだと思うのだけれど。
そうして辿り着いたのは八十五階層。
出口側からボス部屋へ入る。これも色々とおかしいと思う。
ここに来て怖そうな人が俺をパーティから外す。
やっと普通の状態に戻れて嬉しいような、少し寂しいような。
「ただのデカい虎だけどよ、まだお前には早ぇか。手伝ってやるからさっさと潰せ」
そう言うと、怖そうな人はどこからともなく取り出した銀色の大剣を片手で構える。
片手で支えられるような代物ではないはずだとか、所々に散りばめられた水色の装飾がド派手だとか、刃まで白銀で眩しいとか、情報量が多過ぎる。とにかく俺の頭が追いつかない。
「あ、銀ちゃん、早速それ使うんだ? まだレベル1だもんねー、早く使える状態にしたいのはわかるけどさあ」
美形が大剣を指差しながら、自分も青いメイスを出す。これもなんだか派手。
「そういうお前も使うんじゃねぇか」
「久々の新しい武器だからねー。試したいのは一緒でしょ?」
見れば全員、似たデザインの派手な武器を持っている。
いや待って。臍出しの人のあれ、何。モーニングスター? あんなネタ武器みたいな物を本当に使う人いるの?
「ちょ…ちょっと待ってくださいっす。そんなもの使ったら、創佑くんの出番ないっす」
そう言うコートの人も、赤い槍を片手に持っているんだけど。
見ればぶっきらぼうな人も黒い大太刀を出していた。
あれ?
どこかで聞いた何かを思い出しかける。
もう一度、全員の武器を見る。
銀色の大剣。青いメイス。金色のモーニングスター。赤い大身槍。黒い大太刀。
何だろう。何か引っ掛かる。でも思い出せない。
「仕方ねぇ。おい! それ仕舞って弓出せ、弓! あんまり使い込んでない奴!」
「えー? あるかなぁ……レベル百くらいで良い?」
「もうちょっと弱いのがいいと思うっす。……成長しないタイプでどうっすか?」
「そんなの全部売っちゃってるんだけどー」
「武器で直接攻撃せず、魔法で補助すればいいだろう」
俺とモンスターを無視する形で話し込んでいたと思ったら、ぶっきらぼうな人が突然モンスターの方へ掌を向ける。
と同時に、地面から黒い鎖が何本も飛び出し、大きな虎の全身に巻き付く。
「動かない的に攻撃しても楽しくないじゃん」
正論だ。訓練にもならない。
突拍子もないことしか言わない臍出しの人の口からそんな言葉が出るのも意外だけど。
「んー…じゃ、これで」
美形が片手を虎に向けると、拘束されたままの虎の周囲に青い電光が走る。途端に小刻みに虎の全身が震える。
何あれ、痺れてる?
それを見るなり長身の人も掌を虎に向け、今度は赤いオーラが漂う。赤い何かに包まれた虎は、上から強い力で抑えつけられたかのように前足を折り、小さく吠えた。
「重力増し増しっす」
満足げな様子で俺を振り返って親指を立てるけれど、補助ってこういうことだっけ。
「よし! じゃあ行け!」
本当にこれで良いのか疑問が残る。
でもこの怖そうな人に逆らう気にはなれない。
こうやって下層のボスモンスターを前にすると、はっきりと分かる。やっぱりモンスターよりもこの人の方が恐い。何がどう恐いのかはっきりと説明出来ないところが余計に。
「あ、お前にやった武器の中に鎖鎌あったろ。まずあれを使え」
一歩踏み出し掛けた俺の手にある新しい長剣を指差し、怖そうな人が注文を付けてきた。
何故、鎖鎌。
俺、そんなピーキーな武器のスキル持ってないです。構え方もわかりません。
「スキルは取るなよ? その後は大鎌な。とりあえず全部の武器を一度は使え」
意味がわからない。
「……えーと、何でですか……?」
恐る恐る、疑問を口にしてみる。
黙って従わなければ殴られたりするんだろうか。とても恐い。
「あ? 決まってんだろ。乱戦で武器吹っ飛ばされて尻もち着いて、モンスターの攻撃で脳天かち割られそうになってる時に、たまたま手の届くところに鎖鎌が落ちてるかもしれねぇだろ。そんな時にお前、『使い方わかりません』って言いながら殺されてぇの?」
無いよ、そんなシチュエーション。
物凄く具体的だけど、かなり特殊な状況を想定しての訓練をされそうになっているらしい。
「あ、俺もあったっす、そういうの。あの時、鉄扇が落ちてなかったら、俺死んでたっす」
物語でしか聞いたことがないような死線を、実際に潜り抜けた人がここにいた。
しかも、良い思い出を懐かしむような口調で頷いている。
「だろ? ほら、死にたくなかったらやれ!」
絶対に無い、とはさすがに言い切れなくなった。本当に体験した人が目の前にいるから。
鎖鎌を取り出したまではいいとして。どうやって使うのか分からない為、かなり不格好な構えで虎に近づくことになった。
虎は唸り続けていたけれど、非常識なデバフで完全に身動きが取れなくなっており、俺を睨みつけることしか出来ない。
なんだか申し訳ないです。
子供の頃に見た時代劇では確か。
鎖を振ってみる。違う。横じゃなくて縦だ、きっと。
良い感じに回転したところで虎の後ろ足に向けて飛ばしてみる。
『ガゥ……』
足にぶつかって。終了。
どうやったら鎖を巻き付けられるの、これ。
「違ぇよ! こうやるんだよ!」
背後から怖そうな人の怒鳴り声。と同時に、俺が握っている鎌の持ち手部分に、白銀の分銅付きの鎖が絡みついた。
何これ、凄く上手いんですが。
振り返ると、怖そうな人が白銀の鎖鎌を片手に真剣な顔でこちらを見ていた。
さっきも銀色の大剣持ってたし、名前も『銀』。銀色、お好きなんですか。
現実逃避したい時って、本当にどうでも良いことを考えるんだな。
怖そうな人の武器を眺めながら、そんなことを思った。
◇
結局、俺が鎖を虎の足に巻き付けられるようになったのは、それから三十分後だった。
更に、保有することになった全部の武器を一通り使うまでには、途中何度か休憩を挟んでも六時間は必要で、気づけば時刻は午前四時。
虎はボロボロになっていたけれども闘志を失っておらず、ずっと俺に唸り続けていた。
そして最後の最後に使うことを許された長剣で虎の胸を貫き、この階層のコインが俺の手に落ちた。
当然だけど、動けないモンスターが相手では、八十五階層を踏破した達成感は全くない。
「いいか? 【剣術】がレベル三百になるまでは、他の武器スキルは絶対に取るんじゃねぇぞ?」
だったら何の為に今、こんなに時間を掛けて色々と練習したんですか。
いや。多分、さっき言ってたようなドラマチックな展開に備えてなんだろうけど。
俺、そんなぎりぎりの局面には遭遇したくないです。
「ついでに言っておくけどよ、そのうちスキルリストに【不老】が出るかもしれねぇけど、よく考えてから取れよ?」
思い出したように怖そうな人が忠告する。
「一度取ったら後戻りできねぇスキルだからな?」
「そうだな、少なくとも畳の上では死ねなくなるだろうな」
「子供作れなくなるし、年取らなくなるから、結婚も出来なくなるっすよ?」
「半分人間辞めるようなもんでしょ。でもそのおかげで普通の人間には使えない必殺技みたいの覚えるじゃん」
「家族とは時間の流れが違うから、いずれ一緒にはいられなくなるだろうねー?」
矢継ぎ早に【不老】についての情報を出して来た。
そのスキルについて妙に詳しい理由って、やっぱり皆さん、もうそのスキル持ってるんですか。
「俺達は最初に、ちょっと人より良いスキルを引いた。それが楽しくて、少しだけやり過ぎちまった。だからお前はちゃんと考えろ、いいな?」
今。怖そうな人の声のトーンが変わったような気がした。
気になってそちらを見たけれど、表情はさっきまでと同じ。俺の気の所為だったのかな。
そんな俺の顔のすぐ横で、大きな翼がバサバサと上下に動く。
『今後、我も同じ魔法にて主を導く』
セツはセツで、俺の肩に留まったまま、補助魔法の方にずっと注目していたらしい。
「え、セツも魔法使えるの?」
『我は最初から常に防御魔法を展開しておる!』
だって、素手で殴られていたのに?
『魔法障壁を素手で突破する生物こそ異常!』
この人達が異常だってことは俺も同意する。
でも、素手でどうにかできる程度の防御魔法だった可能性もあるんじゃ?
『我はかつては同族において序列一位の戦士! 修めた魔法の数も然り! 我に並ぶ者無し!』
時折見せるプライドの高さが、なんだか愛らしさを醸し出している。
無茶な訓練で疲弊したせいか、そんなセツを見ると少し癒やされるような気がする。
最初はお供なんていなくても良いと思っていたけれど。
お供、良いかもしれない。




