第108話 MAZE 6
およそ一時間後、銀剣が核モンスターを討伐した。
吾輩は二体の騎士と共に三十階層にいたため、そのまますぐにその階層の転送装置で外に出た。
当然ながら、こんなところに吾輩がいると知られると、圭悟の立場が悪くなるやもしれぬ。【隠形】で姿を隠し、ゲートの横で銀剣が戻るのを待った。
傍らの騎士も同じく【隠形】を使っているのだが、吾輩よりスキルレベルが高い故、横にいるはずなのだが感知できぬ。
氾濫現象発生により、近隣から集まった探索者達が順にダンジョンから引き上げ始める中、野次馬の先頭に出たのは、ホテルメイズで見かけた銀剣に好意的な者達。
再び理解できぬ言葉を口にし始めたが、銀剣の眷属はこれをどう感じているのであろう。吾輩は、傍らの騎士に声を掛ける。
『あのような者もいるが、そなた達はどう思う?』
『頭は楠木殿の理想に寄り添うべく行動しております。忠実に実行するのは難しいものの、頭なりの解釈で、人前での立ち居振る舞いに気を遣っております』
圭悟のヒーロー像は、再現が難しい。フィクションの存在を元にしたそれを、現実に生きている人間に当て嵌めるのは無理がある。
銀剣は他の四人に比べると、圭悟の理想に近い行動を取ってくれてはいるが、なぜあれで綻びが生じないのか不思議でならぬ。
『楠木殿があれを見てご納得されるのであれば、我等も頭に相応しい騎士団に見えるよう精進いたします』
『そなたらは元々騎士であろう?』
『………』
何故か押し黙った騎士達を見上げるが、その姿はやはり吾輩の目には映らない。
「銀剣様……!」
歓喜に満ちた叫びに、改札前を見遣る。
軍服の騎士に続き、【隠形】を使わずに銀剣が転送装置から出たところだった。
「尊い……! 銀剣様が人助け……!」
「銀剣様にお姫様抱っこ……!」
「誰か撮影は!?」
「無理です! 映りません!」
「誰か絵師を!」
ただ意識の無い人間を一人抱えて来ただけ。たったそれだけのことで、何故か異様な盛り上がりを見せる一団。
当の銀剣にも聞こえているはずだが、敢えてそちらには目もくれず、協会支部の建物へ進む。
「まさか銀剣様が救護室まで運んでくださるの!?」
「恐れ多い……!」
それにしても。
『銀剣も、【電子干渉】を?』
『はい。頭はあらゆるスキルを持っておりますので』
撮影できないとわかっているから姿を見せているのだろう。
銀剣から十五メートルの距離を保ちつつ、姦しい一団が後ろに続く。
けして声は掛けない。この女性らはどこまで付いて行くつもりなのか。
◇
救護室に意識のない女性を預けたと同時に、銀剣は【隠形】で姿を隠した。
こうなると廊下で見ていた吾輩にも、もう銀剣は見つけられぬ。
吾輩に付いて来ていた騎士に、銀剣の位置を教えて貰い、どうにか二階の支部長室の手前で声を掛けることに成功する。
『銀剣、少し話がある』
「あ? ムサシが俺にか?」
姿は見えぬが声は聞こえる。
「何の用か知らねぇが……入れ」
吾輩のすぐ横に、銀剣の【居室】の扉が現れ、ゆっくりと開かれた。
考えると、銀剣の部屋に入るのはこれが初めてかもしれぬ。
新年会はいつも黒太刀の【居室】で開かれる。黒太刀以外のSSは、あまり積極的に自分の【居室】に人を招こうとはしない。
人一人おらぬ広い鍛錬場を横切り、明るい日の差す空間に出る。
吹き抜けから周囲を見渡すと、何階まであるのかわからぬほど高い建物の中央に立っていることがわかる。
見上げた先のいくつかフロアには、ラフなシャツ姿で歩き回る異国人風の顔立ちの眷属達がいた。
『なるほど、ここから全ての階が見えるのか』
「うちの造りはどうでもいいだろ」
銀剣はソファセットの置かれた場所へ吾輩を促すと、そのうちの一つに腰掛けた。
座ると同時に仮面が顔から消え、白と紺の衣装はいつもの革のジャケットに、両耳に一つずつだった大きなピアスも一瞬でいつもの小振りな大量のピアスに変わる。
これはSS達が好んで使用するスキル【装備変更】。
服や装飾品を一瞬で変えるだけのスキルだが、二つの顔を使い分けるSSには必須のスキル。
促されるまま、吾輩も銀剣の向かい側のソファの上に乗る。
「ムサシ殿、お飲み物はいかがされますか?」
黒い軍服姿の金髪の青年が笑顔で吾輩に問いかける。
先程から吾輩と行動していたニコラという個体と同じ声。
『吾輩は圭悟の手からしか飲食物は受けぬ主義故、気遣いは無用』
「かしこまりました」
青年はそのまま銀剣の真後ろに移動し、他の騎士達の横に並ぶと直立不動の姿勢で待機する。
『ここにいる者達はその揃いの衣装は纏っていないのだな』
上階を行き交う眷属と、銀剣の後ろの眷属を見比べた吾輩に、銀剣が片眉を上げて反応する。
「こいつらが勝手に黒のとこに発注しやがったんだ」
「外に出る際は、頭に合わせた服装が良いと思い、ダグラス殿に相談させて頂きました」
背後に控える、赤銅色の長髪を後ろで束ねた男が真剣な表情で答えた。
「てめぇら全員の軍服代、幾ら掛かったと思ってやがる。黒はビタ一文まけやしねぇし」
全員、でふと気になった。
『今、眷属は何人おるのだ?』
長髪の男が一歩前に出る。
「総員、二千五百七十五名です」
『そこまで増えたのか……』
他のSS達の眷属も少なくはないが、それでも二千体未満だったはず。
「俺の地元の階層ボス、一定間隔で初討伐報酬にこいつらの入った玉出してきやがんだよ。中に入ってんのは揃いも揃って、こいつらの同類だ。俺が塒に選んだダンジョン、どうなってやがる」
騎士しかいないダンジョンとは珍しい。
しかも何故かこの騎士達は銀剣を心酔している。銀剣のどこに騎士達を惹きつける要素があるのか、吾輩にはわからぬが。
眷属と銀剣の関係も気にはなるが、今はそれよりも大切なことがある。
階層の話が出たことで吾輩は本題に入ることにした。
『銀剣、そなた、何度も死にかけているそうだな』
「いきなり何だ? ……ルネ、ニコラ、てめぇらムサシに余計なこと言いやがったな?」
銀剣が後ろを振り返ると、茶褐色の髪の青年が満面の笑みで答える。
「頭が無鉄砲だからです。せいぜい皆さんに叱られてください」
この声はルネという個体のもの。
「こうやって生きて帰って来てんだから問題ねぇ」
「毎回衛生兵達が必死に頭を治してますけどね、即死攻撃が当たったら死にますよ」
他の騎士に比べ比較的軽い口調は、当人の性格によるものか。
「てめぇらは俺の保護者か、説教ばっかり垂れやがって……」
後ろに立つ騎士達を順に見つめる銀剣に、先程発言した長髪の男が溜息を吐く。
「頭、こいつら……皆は、頭にもっと自分を大切にしてほしいだけです」
「おい……レイモン、汚え言葉遣いすんなっつってんだろ」
なぜか一度言い間違えたことも引っかかるが、銀剣の自分を棚に上げた発言も気にかかる。
だが吾輩が話を脱線させるわけにも行くまい。
『銀剣、死んでは元も子もない。無理をすると圭悟が心配する』
「……俺等がいつまでも弱ぇと、楠木が恥掻くだろ」
『圭悟はそなたらの為ならば、床に頭を擦り付けることも、他人に罵られることも耐える』
圭悟はヒーローオタクであると自認しており、自らの手で作り上げたヒーローを何よりも愛している。
激務の合間に、SS達の活躍を読み返し、世間の評判を確認し悦に入ることを唯一の愉しみとしている。
吾輩がその様を語って聞かせると、銀剣は額に手を充てて俯いた。
「やっぱり楠木、頭おかしいだろ……」
何を言うか。けして信念を曲げぬ圭悟は素晴らしいのだ。




