第107話 MAZE 5
銀剣の通り名で呼ばれる男が、探索者になる前はレストランの給仕だったことは以前にも語ったと思う。
犬である吾輩から見ても、非常にその所作は洗練されており、高潔な騎士そのものではあるが、これはレストランで働くようになってから身につけたもの。
かなりの厳しい修練の果てに会得したそれは、探索者となった今も身体に染みついている。
では給仕を始める前のこの男がどのような生活をしていたかと言えば。
聞いた話によれば、銀剣は不良だらけの高校に通っていたようだ。
だが銀剣は人と群れるタイプではなく、一人で屋上で煙草をふかしながらマナーブックを読んで過ごしていることが常だったらしい。
腕っぷしに自信のある者が銀剣に挑んでも、軽く返り討ちにする程度には、銀剣は素手での勝負に強く、いつしか一人で過ごすことを黙認される立ち位置となったと聞く。
二桁人数を相手にしての大立ち回りは得意中の得意。
実際のところ、今でも銀剣は、あの自らの代名詞である大剣を振るうよりも、何の得物も持たない徒手空拳での戦闘の方が強い。
だが、手足が千切れることを厭わずに戦い続けられる理由が、若い頃から喧嘩に明け暮れていたからだと言われても、到底納得できるはずがない。
『そなたらのような騎士が、なぜそのような無謀な真似を許す?』
横に立つスケルトンに尋ねると、再び二体は顔を見合わせた。
『……無謀ではございません。生きてさえいれば治療はできる、と頭は申しております』
それを無謀と呼ぶのだ。
これは一度、青鎚を交えて協議すべき問題かもしれぬ。
世の中のあらゆる事象に執着しない青鎚も、銀剣のことだけは近しい存在と認識している。
いつ命を落としてもおかしくない銀剣の攻略の仕方について、苦言を呈してくれるに違いない。
帰ったら圭悟に報告する項目がまた一つ増えた。
吾輩は溜息を吐きながら、歩を進める。
銀剣が来たのならば、吾輩はむしろ足手まとい。
おそらくこの先に進んでも取りこぼしはないだろうが、核モンスターを銀剣が見つけるまでの間、再び湧き出るモンスターの処理はすべき。
この二体の騎士も、吾輩の護衛の為というより補佐の為に残されたのであろうから。
『下に向かう』
『お供致します、ムサシ殿』
吾輩の両脇を固めるように左右に侍る二体を連れ、吾輩も二十階層を目指した。
◇
東条達がホテルのラウンジで銀剣について語り合っていた時、館内放送が流れた。
『館内のお客様にご案内いたします。探索者協会より、2612番ダンジョンで氾濫現象発生の報告がございました』
ホテルメイズに限らず、ダンジョンの最寄り施設は基本、非常時に探索者協会からいち早く情報が寄せられる仕組みとなっている。
東条達は顔を見合わせ、すぐに立ち上がった。
SSが来ているかもしれない。
山の麓にあったダンジョンならば、【俊足】スキルで駆け降りれば間に合うはず。
そうして辺見を含む全員で山道を走り、辿り着いたダンジョン。
「い……今、どんな状況……?」
息を切らし、ゲート前の職員に尋ねる。
「たった今、核モンスターが討伐されました! 遠路はるばる、ありがとうございます」
氾濫現象のために全速力で駆けつけた探索者に対する労いだったが、東条達の目的は違う。
「ダ……SSは……来ました……?」
荒い息のまま問いかけると、職員は満面の笑みで答える。
「はい、銀剣が」
本部長から、できる限りSSの活躍は広めるように、とのお達しがあるため、職員の言葉に迷いはない。
だがその台詞を聞いた東条達は歓喜した。
互いに手を握り合い、黄色い悲鳴を上げる。
「銀剣様とエンカウント! 奇跡です、リーダー!」
「今この中に銀剣様がいらっしゃる!」
「銀剣様はもう出ていらした!?」
その様子に、職員はすぐに察した。
これはあれだ、銀剣の熱狂的なファン達だ。もはやファンなどという生易しい表現では誤魔化せないグルーピー達が一番厄介なタイミングで来てしまった。
ただ、残念ながら彼女達が銀剣を見ることはないだろう。
ダンジョンから出る時、おそらく銀剣は仮面を外し普段着で現れるか、そもそも【隠形】で姿を隠したままかの二択のはず。
「……さあ。銀剣はいつも、いつのまにかいなくなってるらしいんで」
いつまでもここで出待ちをされても迷惑だ。
遠回しに諦めて帰るよう伝えたつもりだったのだが。
「待ちましょう、リーダー」
「朝まではまだ時間もあるし。朝日の撮影会に間に合うように山を登ればいいんです、リーダー」
あの扮装でゲートから出て来るはずがないのに、何故待とうとするのか。
「……皆さんは銀剣がお好きで?」
その場を動く気配のない東条達に、職員は何となく話し掛けてみる。
「ええ! 小柄なのに立ち姿が綺麗で、最高です!」
「きっと見えないところで鍛錬を重ねてらっしゃるはずです!」
「努力を悟らせないけれど、努力の賜物だと滲み出てます!」
「細腕に見えるけどあんな大きな武器を使うんだから、脱いだら絶対凄い!」
「腹筋見せていただきたい!」
一斉に話し出した。
職員は話し掛けたことを少しだけ後悔する。
あんたら、銀剣に夢見過ぎだよ、と。
「跪かれたら鼻血出る!」
「エスコートされたい!」
「一度でいいからお声聞きたい!」
職員は知っている。銀剣は口を開いたが最後、とにかく柄が悪いと。絶対にあれが銀剣の正体だと知られるわけにはいかない。
普通の探索者は銀剣が素顔で現れてもほぼ気づかないだろうが、このグルーピー共は体型で見破りかねない。
さっさとここから離れてほしいが、どうやって引き離そうか。
職員が思案する中、転送装置からは次々に探索者が姿を見せる。
夜間とはいえ、潜行する探索者はゼロではない。
順に引き上げて来る探索者達をちらりと見遣り、そこに銀剣が含まれていないことを確認する。
が、最後に現れた一団に、職員は目を見開いた。
なんで普通に来ちゃうかな、と溜息が漏れる。
現れたのは、揃いの黒い軍服。全員、着崩すことなく襟までしっかりと留め、腰には細身の剣を提げている。
負傷した探索者を担いだ、頭蓋骨達。
「……スケルトン? 軍服の……?」
一瞬だけ、遠巻きに見守る人々がざわついた。
怪我人を回収してくれた以上、姿を隠すのは難しかったのだろうが。
スケルトン軍団がSSの眷属だと知れ渡るようになってから、早十年以上。
これが出て来てしまったら、次に現れるのが誰なのか、グルーピー共でなくとも想像がついてしまう。
案の定、軍服のスケルトンの後、最後に転送装置から出て来たのは。
「銀剣様……!」
白と紺の衣装を纏い、仮面で顔を隠した男が、探索者を横抱きにし改札を通過した。




