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第106話 MAZE 4

 再び上空を移動し始めた吾輩の六感に訴える、不快な感覚。

 地上に目を向けると、真下にはダンジョン。夜間の為、ゲート前に配置している職員以外に人はいない。


『2612番ダンジョンか……』


 まだゲートに警告灯はともらない。だが管理者である吾輩にはわかる。


 あの洞窟のような入口の奥から、不快な何かが迫り上がりつつある。


『氾濫現象が起こるな……』


 吾輩は管理者ではあるが、協会が公式に判定するランク(シングル)でもある。

 氾濫現象を前に素通りは出来ぬ。


圭悟けいご、2612番がまもなく氾濫する』


 下降しながら【念話】で圭悟に呼びかけた。

 すぐに、圭悟が悲鳴のような叫び声を上げ、吾輩に早く帰るように伝えて来た。


『そうはいかぬ。この辺りは探索者が少ない。吾輩も力を貸さねば』


 吾輩が着地するのと同時に、ゲートの赤色灯が警告音を発した。


 ゲート前の職員がその職務を忠実に果たしている中、吾輩は横をすり抜け、改札に前足を乗せる。

 相変わらず、人間用の高さは吾輩には合わぬ。後ろ足で立たねば探索者証を近づけることができぬ為、吾輩は【浮遊】を使う。


 そうして浮いたままダンジョンへ入場。


 一階層に湧き出す単細胞生物達も、氾濫現象の影響を受け、床を這い回っている。

 普段はほぼ動かないこの軟体も、氾濫現象中は何かの意志を受け、外へ向かう。

 もっとも手足がない上に移動速度も非常に遅い故、先頭が外に出るには半日は必要であろう。


 吾輩が潰しても良いのだが、人間と比べて魔力が極端に少ない吾輩はこんなところで消耗すべきではない。

 後からやって来るSS(ダブル)に任せた方が良い。あやつらは一階層から順に、行く手のモンスターを根こそぎ排除する。


 吾輩はスライムを無視し、二階層へ降りる。

 この階層の小鬼共も殺気立っており、吾輩は進路上の個体に飛びかかり、順に噛み殺す。

 この階層にも人はおらぬが、【隠形】は解かずに。

 吾輩の姿を捉えることのできぬ小鬼は簡単に喉笛を晒してくれる。


 そうして進み、三階層の階段を【浮遊】で下る。【地図】を表示し、この階層の全体像を把握。この階層にも探索者は無し。

 初めて足を踏み入れるダンジョンではあるが、【地図】は瞬時にその階層の全てを取り込む。

 次の階段までの道のりは複雑に入り組んでおり、やや時間がかかると思われる。

 最短のルートを確認しつつ、モンスターの位置も把握。どれも普通の、この階層に出現するものばかり。核モンスターを示す表示は無い。


『このような浅い層には飛ばされぬか……』


 ならば進もう。じきに近隣から探索者が潜行を開始する。吾輩は数を減らしつつ、道を開くのみ。


     ◇


 探索者の姿を全く見ないまま、十九階層に着いた。

 このダンジョンに限らず、夜間に浅い層に潜る低レベルの探索者は少ない。仕方のないことだが、氾濫現象は時間帯を選んではくれぬ。圭悟に何か対策を考えて貰わねば。


 モンスターを噛み殺しながら進んでいた時だった。

 吾輩の真後ろから、聞き覚えのある声が掛けられた。


「ムサシ、何でここにいる?」


 気配は感じなかった。それ以前に、【隠形】を使う吾輩をこうも簡単に見つけるとは。日々精進を重ね、吾輩とはかなりレベルに差が出来てしまったようだ。


 振り返った先には、見知った仮面の男。

 

『遅いではないか、銀剣ぎんつるぎ。氾濫現象発生からもう十分も経ったというのに』


 圭悟の与えた、何の効果も付与されていないただの白い仮面の奥から、いつもの怒鳴り声がする。


「おまえと楠木くすのきが考えた仕組みにちゃんと従って動いてんだろうが! これ以上早く来れるか!」


 勿論吾輩も、銀剣が迅速に行動していることは知っている。

 そしてそれがSS(ダブル)の誰よりも早いということも。だが銀剣でさえ、二十階層に到達するまでにこれだけの時間が掛かってしまうとは。


『そなたらの成長が遅いと国が滅ぶ』

「ムサシが死んでも日本滅びるだろうが! こんなとこに一人で来るんじゃねぇ!」


 正論だが、こんな低層では吾輩の命は脅かされぬ。

 それと吾輩が単体でいることを指す言葉は『一人』ではなく『一匹』ではあるまいか。


「ルネ、ニコラ。てめぇらはムサシに付け」


 途端に姿を見せる二体のスケルトン。


『はっ! かしら!』


 銀剣が従えるスケルトンの騎士達か。黒い詰め襟の軍服を着用し、腰には細身の剣。銀剣の物より色の濃い紺のペリースが左肩に揺れている。


 しかしこの『頭』という呼び方はいただけないが、銀剣の指示なのか。


「シャルル、ドミニク、ジョルジュ、てめぇらはこの階層の掃除! モンスター皆殺しにするまで下に降りるんじゃねぇぞ!」

『殲滅開始します!』


 更に三体が姿を現し、フロアに散って行く。


「他の奴等は付いてこい! 下に降りるぞ!」


 言い終えるより早く、銀剣は【飛行】で階段のある方目掛けて高速で飛び立って行った。


 残されたのは、二体のスケルトン。

 吾輩の左右に立つそれらを見上げ、【看破】を発動。

 なんと、何も見えぬ。吾輩のレベルは現在53,647だというのに。


 このスケルトン達が吾輩の【看破】より高レベルの【ステータス秘匿】を持っているか、もしくはレベル自体が吾輩のそれを超えているかのいずれか。


『何か? ムサシ殿』

『そなたら、レベルは?』


 無言で見上げる吾輩に、スケルトンの一体が問いかけてくる。答える気があるかどうかわからぬが、疑問をそのまま口にした。


『4,812,654です』

『私は4,799,983です』


 レベル四百万以上。SS(ダブル)の条件である十万をとうに超えている。


 吾輩に銀剣のステータスを見ることができなくなってから、既にかなりの年月が経った。

 眷属がこのレベルならば、銀剣本人のレベルはいったいいくつになっているのか。


 世界基準で言うならば、一千万を超えたSS(ダブル)は相当数に達しており、最もレベルの高い探索者はまもなく二千万に手が届くという。だが、この国は吾輩の力が足りなかったが故に、世界の流れから一歩も二歩も遅れを取っている。


 銀剣がどれほど努力を重ねたとしても、それを埋めることは容易ではない。日本のSS(ダブル)は世界のSS(ダブル)にはけして追いつくことはできぬはず。


『銀剣のレベルは今、いくつになった?』


 今度こそ答えは返らぬかもしれぬ。そう思いながら尋ねた。


『頭から許可が出ておりませんのでご容赦を。答えられる範囲で言うと、二年前から一千万は超えております』

『……二年、か』


 二年前、まだ世界中のSS(ダブル)達でも、一千万に達した者は百人もいなかった。

 有り得ぬ。

 この国のSS(ダブル)が世界のSS(ダブル)に引けを取らないレベルになるなど。


 一体どれほどの時間をダンジョンで過ごしたのか。いや、潜行した時間だけの問題ではない。

 適正レベル帯を無視し、強引に深層へ降り続けたとしか思えぬ。


『そなたら、何階層まで行った?』


 世界中のSS(ダブル)は現在、おおよそ五百階層付近で攻略を進めている。

 最も深層へ潜った者の記録は六百階層。


『現在、頭の根拠地3854番ダンジョンは、八百八十階層まで攻略しました』

『馬鹿な! 死ぬぞ!』


 危険過ぎる行為に、思わず吾輩は叫んだ。


『はい、これまでに頭の右腕は四十回、左腕は三十回、足は五十回吹き飛んでおります。衛生兵が総掛かりで頭の四肢を再生しており、内臓の修復回数も百を超えました』


 そんな話は聞いていない。

 SS(ダブル)の最大の目標、それは最後まで生き続けることに尽きる。

 そのために、世界中のSS(ダブル)達は無理のない範囲で潜行を続けている。


『ムサシ殿と楠木殿の負担を少しでも軽減できれば、と頭は考えておられます。頭の首が物理的に落ちかけた時は我等もさすがに止めたのですが、聞き入れては貰えませんでした』

『あやつは……正気なのか……?』


 スケルトン二体は顔を見合わせ、しばし考えた後。


『あれが頭にとっては普通なのではないかと。何しろこの世界で言うところの、元ヤン、なるものですから』


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