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第105話 MAZE 3

 まだ背後では撮影会が続いていたが、吾輩はその喧騒から離れ、ホテルメイズの正面玄関の前に立った。


 外には何故かダンジョンの方を向いて二礼二拍手一礼する従業員が一人。構わず、そのまま横をすり抜ける。


 自動ドアの向こうにも従業員の姿がある。その視線がドアから逸れた一瞬を逃さず中に入る。


 冷房の効いたロビーに客はおらず、吾輩は遠慮なく奥へと進む。


 ホテルメイズの設計図や資料は的場まとば禅四郎ぜんしろうが本部長室に持ち込む為、よく目にしているが、実際に建物に入るのはこれが初めてかもしれぬ。


 館内案内図の前に立ち、しばしそれを眺める。

 大浴場はあるが、食事のできる施設はない。

 これも、以前に的場禅四郎が説明していた。


 協会支部内に安くて美味な食堂があるのだから、ホテルには不要と。道の駅やサービスエリアにも食事をするスペースはある。競合する設備はご近所付き合いに悪影響を及ぼすのだと。

 ついでに的場禅四郎は、経費の面でも無い方が良い、と笑顔で語っていた。

 あれでも圭悟けいごが信頼を寄せる男。その経営方針には問題はないはず。


「あの……! 東条とうじょうさんですよね!? 銀剣ぎんつるぎ様の足跡そくせき辿たどる会の!」


 先程の女性にょしょうらと共に、外で拝礼を行っていた従業員が入って来る。


 今、なんとも不可思議な名称を耳にしたような?


「はい、銀剣様の足跡を辿る会の東条です」


 聞き間違いではなかった。


 東条と呼ばれた女性は、眼鏡の縁を軽く押さえ、含み笑いで肯定した。


「どこかでお会いしました?」

「いえ、リアルで会うのはこれが初めてで……『銀剣様推し』では、『銀剣様の下僕げぼく3号』を名乗ってます」


 更に妙な言葉が二つも聞こえた。


「下僕3号さん!? あの、初めて銀剣様の身長を測った人!」

「それです!」

「咄嗟に【測量】の取得をよく思いついてくれました! 私達だったら、本物の銀剣様を見たらきっと舞い上がって何もできないですよ! ファンのかがみです!」


 どうやら、銀剣に好意的な探索者同士と思われる。


 圭悟けいごはこういった者達を増やす為、日夜、努力を続けている。

 圭悟の苦労が報われるというものだ。これは帰ったら真っ先に知らせるべき事案だろう。


「恥ずかしながら、スキルレベル1だったので、正確かどうか……ずっと反省してて、今は体脂肪率まで測れるようになりました。次は銀剣様の全てを測ってみせます!」


 残念ながら、銀剣の全てを知る事はできぬと思われる。


 銀剣は非常に勤勉な人間だ。

 暇さえあればレベルを上げることにいそしみ、その結果、スキルポイントが有り余っている。

 そのポイントで、一見無意味なような物も含め、あらゆるスキルを手当たり次第に取得する、SS(ダブル)の中で最も貪欲な男だ。

 加えて、その全てのスキルレベルも万遍なく上げて行く。


 その中には【ステータス秘匿】や【スキル反射】といった、さほど役に立たぬ物もあったはず。


 スキル【ステータス秘匿】は、スキル【看破】の対極に位置するもので、相手の【看破】のレベルが自分の【ステータス秘匿】よりも低い場合に有効。

 但し、そもそも自分よりレベルの高い人間のステータスを【看破】で見ることはできない。そんなスキルなど無くとも、日本国内に銀剣のステータスを覗き見ることのできる探索者など存在しない。


 また、スキル【スキル反射】は、自分が所持する物と同じスキルによる攻撃を受けた際、自分のスキルレベルより下であれば相手にそのまま返すという技なのだが。

 銀剣の持つ防御系のスキルの全てを掻い潜って攻撃を通すことがまず不可能に近い。 

 反射スキルなど無用の長物と思われる。


 正月にその話を小耳に挟んだ時、吾輩のみならず、他のSS(ダブル)達も複雑な表情を浮かべていたものだ。


 一般の探索者がどれほどスキルを鍛えても、銀剣の体脂肪率を知ることはできぬはず。

 もっとも、表面的な情報である身長程度ならば測定できるやもしれぬが。

 

 念の為、今度銀剣が本部に来た際には教えておこう。探索者達が身長を知りたがっていると。その程度の情報が探索者達に知られることくらい、圭悟も大目に見るであろう。


 吾輩はゆっくりきびすを返し、ホテルを後にした。


     ◇


 ホテルメイズのロビーで意気投合したスタッフと、そのままラウンジへ移動。

 

 ロビーの一角に探索者達が交流するために用意されている、カウチだらけのスペース。これは全国のホテルメイズに必ず設置されていて、ホテルに宿泊する探索者達の情報交換の場になっている。


 東条達がラウンジに近づくと、二名の先客が目に入った。


 東条達に気づき顔を上げた一人が、片手を上げる。


「東条、久しぶり」

「……ここは銀剣様の聖地ですが?」


 見知った顔だったことに、東条の眉間に皺が寄る。


「この近くの水族館のダンジョンに来たけど、泊まれるとこ、ここしかないから」


 その男は座ったまま、嫌そうに説明し始める。


「水族館に何か?」

「あーあ、これだから銀剣フリークは。あの水族館で氾濫現象が起こった時、金棍きんこんが探索者を何人も救助した話、知らないわけ?」


 この男、辺見へんみ隆之介りゅうのすけは『金棍をリスペクトする俺達』という恥ずかしい名のチームに所属している。

 とはいえ、チーム単位で活動することはなく、個々人で好き勝手に単独でダンジョンに潜行する探索者達だ。

 メンバーは全国各地に存在しており、現在総員百人を超える大組織。


 個人で活動してはいても、それぞれの売上はチームとして換算されるため、チームランキングは百位以内をキープ。

 メンバーはお互いの顔すら知らないという結束力に難のあるチームでもある。


 東条から言わせれば、ダンジョン内で行動を共にしてこそチーム。

 チームとしての根本を履き違えているとしか思えない。なぜ協会はこんな物をチームとして認定しているのだろうか。


「それで。そちらも『金リス』のメンバーですか?」


 ちらりと、辺見と一緒にいた地味な女性に目を遣る。

 金棍に憧れる駄目な男どもとは少しタイプが違うようだが、人は見かけによらないな、と東条は思う。

 何故ならあのチームに参加している男のおよそ三割は、金棍のデカすぎる乳しか見えていないと思われるからだ。

 一方で、黒太刀くろたちの貧乳を好ましいとする駄目男も世の中にはいる。胸の大きさなどではSS(ダブル)の価値は決まらないというのに。


「いや、さっきここで知り合った。これから金棍の凄さを語ろうとしてたとこ」

「それは良かったですね、興味のない人間の話を延々聞かされるのは苦痛でしょうから」


 すぐに布教活動に入るのも、金棍を推す男どもの悪い癖だ。

 仲間というものは無理に増やすものではない、気がついたら自然と集まっているものだ。

 そう、銀剣様を推す我々のように。


「そりゃおまえらの銀剣トークのことか? あれ、きついわ。正直、言ってることキモいし」

「失礼な! 銀剣様の素晴らしさを同好の士で語り合うだけです! 貴方に迷惑かけましたか!?」

「そもそもその、『銀剣様』って呼び方が鳥肌もんだわ」


 相変わらず、この男とは話が合わない。

 東条が反論しようとした時、カウチから地味な女性が立ち上がった。


「あの、皆さんも銀剣様の……?」


 何かを探るようなおどおどした態度。だが、東条達はその言葉に反応した。


 銀剣を『銀剣様』と迷わず呼ぶのは、同志のみ。


「初めまして。『銀剣様の足跡を辿る会』代表の東条です」


 東条は辺見を無視し、地味な女性に握手を求める。


「は、初めまして……! 『銀剣様装備再現研究員』の落合と申します……!」


 銀剣様の装備を再現することにおいては他の追随を許さない職人の団体ではないか。

 東条の目が輝いた。


 銀剣様のピアスの形状を完全にコピーすることに成功し、実物の二分の一サイズで受注生産を行ったことで知られるチームだ。

 ピアスの販売実績は千個を超えている。


 実物大ではなく、半分の大きさで作る辺りも奥ゆかしくて良い。

 自分達ごときが、銀剣様とまったく同じアクセサリーを身につけるなど許されない。


 このピアスのデザインを完成させるまで、実に百人以上の人間の目と、五年の歳月が必要だったと聞く。

 銀剣様がいつどこに現れるのかわからないため、自分達だけでは到底情報が足りない。実際に目撃した人間を探し出し、地道に聴取を重ね続けたという。


 最近はブーツと衣装の完全再現に注力しているらしいが、完成したら絶対に買う、と東条は心に決めている。


「お会いできて光栄です!」

「こちらこそ!」


 二人はお互いの手をしっかりと握り合う。


 傍らで辺見が「やっぱりキモいって、おまえら」と呟いたが、思いがけず同志との邂逅を果たした二人の耳には届かない。


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