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第104話 MAZE 2

 フロントで探索者証を翳すだけ。

 探索者をターゲットにしているため、ホテルメイズのチェックインはそれだけで事足りるようになっている。


 万が一、宿泊客が何らかの問題を引き起こした際には、探索者協会に照会が行く仕組みが構築されているらしい。

 と言うよりも、探索者協会とダンジョンがある場所にしか存在しないホテルだ。その関係性は誰にでも容易に想像できる。


 それぞれが部屋を無事確保し終えたことを確認。全員まずは荷解きだ。

 東条とうじょう絹子きぬこは、メンバーに目配せをし、客室のあるフロアに向かうためのエレベーターのボタンを押す。


「十五分後、速やかにロビー集合!」

「ラジャー、リーダー!」


 女性だけで構成された自分達のチームのモットーは、絶対にランクAにならないこと。

 全員がランクBを保つこと既に三年。全国を旅して回るためには、このランクは何があっても維持しなくてはならない。


「今日はまず、ダンジョンゲート前で記念撮影から!」

「四年前、ゲート設置までの間、銀剣ぎんつるぎ様が見張りに立ってらした場所ですね、リーダー」

「そう! 銀剣様が長時間立たれていた場所は外せないからね!」


 自分達の旅の目的は聖地巡礼。銀剣が目撃された全国各地のダンジョンを巡り続けること。


 エレベーターの扉が開くと同時に、東条はメンバーに呼びかける。


「さあ、急いで準備して!」

「オッケー、リーダー!」


 彼女達はチーム『銀剣様の足跡そくせき辿たどる会』。


 熱い思いを切々と協会の窓口で語りながらチーム名を申請した結果、無事、その場で登録が認められた。

 彼女達に追随する形で、『銀剣様を愛でる会』や『銀剣様に剣を捧げる会』等が次々と発足。

 志を同じくする者として良い関係を維持している。

 これらのチームは掲示板『銀剣様推し』で日々情報を交換し、交流を重ね、けんちーですら見て見ぬふりをする一大勢力となっている。


     ◇


 かしましい一団がエレベーターに乗り込むのを見送り、フロントに立つスタッフは小さく一つ息を吐いた。

 その様子に、同僚が声をかけてくる。


「どうした?」

「あれ、多分、銀剣様の足跡を辿る会だ……」

「……ああ、おまえの同類か」


 このスタッフのロッカーの中に銀剣のぬいぐるみが置かれていることは、同僚ならば誰もが知っている。


「いや全然違うって。あの人達、銀剣様の為に自分達のランクアップ捨ててるんだぞ? 俺なんかせいぜい、銀剣様が立たれていたゲートを拝むくらいしかできないし」


 毎日朝晩ゲート前で手を合わせて拝むおまえも大概だ、と同僚は思うが、口には出さない。

 銀剣の熱狂的なファンに逆らってはならない。密かに語られる教訓だ。


 同僚の日課の奇行も気にはなるが、一番尋ねたいのは、あのロッカーのぬいぐるみは手製なのか、それともどこかで売っているのかだ。

 二頭身にデフォルメされた愛らしい作りになっているが、装備はかなり気合が入っている。

 衣装やアクセサリーはやけに細かいし、布製でありながら、右手の大剣の柄と鞘に縫い込まれた竜の細工は職人技だ。


 他にも銀剣グッズが同僚の身の回りには大量にある。正直、その熱量が少し恐い。


「……銀剣、人気あるんだな」


 顔もわからない相手なのに、いったい何故。


     ◇


 吾輩の散歩は一日に二度予定されている。

 早朝と深夜、一時間ずつ。最初の三十分は本部の周辺を歩き、残りの三十分は1500番ダンジョン内で軽い運動。


 圭悟けいごはどれほど忙しくとも、この散歩だけは欠かさない。

 だが多忙を極める圭悟には、二時間捻出するだけで精一杯。吾輩には少々物足りぬ。


 基本的に吾輩は日中は圭悟のそばにいるか、本部内を散策して過ごしているのだが、夜の帳が下りた頃、人目につかぬよう、一匹での散歩に出ることもある。


 今夜も吾輩は、書類に埋もれる圭悟から離れ、本部の屋上へと移動した。


 ヘリポートしかない屋上に、人影はない。


 吾輩以外の何者も屋上にいないことを確認し、吾輩は空に一歩前足を踏み出す。

 夜間とはいえ、吾輩の白い毛並みは【飛行】で空にあれば目立つ。同時に【隠形】を使うことも忘れない。


 圭悟は「ムサシに何かあったらどうするの」と一匹での外出に難色を示した。

 実際、一昨年からおかしなことがダンジョン内で続いているため、吾輩もそろそろ警戒すべきかもしれぬ。


 都会の夜空から高速で離脱し、特に目的地も定めず駆け続ける。


 しばらく夜風を楽しんだ後、眼下に見覚えのある景色が迫って来た。

 四年前に出来たばかりのダンジョンだ。


 あの当時はダンジョンと道の駅しか無かったが、今は協会支部とホテルメイズも存在している。


 昼間に的場まとば禅四郎ぜんしろうの顔を見たせいだろうか。

 いつもなら素通りするホテルメイズ目掛け、吾輩はゆっくりと降下した。

 

 時刻は既に二十一時。道の駅は営業を終えている。

 吾輩が着地した駐車場に、まだ車両が数台残されている。従業員の物か、或いは現在もまだダンジョン内にいる探索者の物なのか。


 吾輩は【隠形】を解かず、ゆっくりとホテルメイズの方へ歩を進める。


 途中、ダンジョンゲート前に差し掛かった時だった。


「リーダー! スライムの魔力結晶とゴブリンの魔力結晶回収終わりました! 協会に持って行きますね!」

「よろしく!」


 女性にょしょうばかり二十人。改札から疲れた様子もなく笑顔で姿を見せる。


 ドロップ品が入っているとおぼしき収納袋を抱えた一人が、支部の方へ駆け出して行く。


 聞き間違いでなければ、一階層と二階層のドロップ品のみ。


 そんな階層で活動するほど低レベルではなさそうだが。そう思い【看破】で確認すると、見事に全員がランクB。


 一階層のスライムの討伐制限数は百匹、二階層のゴブリンの制限数は百五十匹。


 吾輩の【看破】で、これまでに討伐したモンスターの履歴も閲覧可能。

 この女性達は全員、ゴブリンの討伐数が千匹を超えている。つまり、今更二階層で活動しても、レベルには一切影響は無い。


 それどころか、普通の探索者は何の益にもならぬゴブリンを千匹も倒したりはせぬ。


 人間は時々、吾輩には理解できぬ思考に基づき行動する。

 興味が湧き、吾輩は【隠形】で身を隠したまま、女性達に更に近づいた。


「今日も聖地巡礼、無事完了! お疲れ様!」

「銀剣様の入ったダンジョンかと思うと、ゴブリンの血潮も格別でした」

「わかる! 銀剣様も同じ返り血浴びたって想像するだけで全然違うよね」


 理解不能。

 ゴブリンの血を頭から被って喜んでいるように見える。


「でもリーダー、この一階層と二階層の掃除、よく思いつきましたね」

「ただダンジョンに入って出て来るだけの冷やかしなんて迷惑行為になるし、これ以上レベル上がっても困るし。いい方法です、リーダー」

「職員さんから聞いたんだ。誰も討伐しないからスライムとゴブリンの繁殖すごいって。掃除するのも大変らしいよ」


 よくわからぬが、職員の業務を圧迫する一階層と二階層の清掃を率先して手伝ってくれたらしい。

 探索者協会を代表し、是非とも礼を述べたい。


「夜のゲート前でもう一枚撮ろう」

「明日も朝日をバックに撮影会ですね!」


 何故この女性達は、どこにでもあるダンジョンのゲートを背に記念撮影をしているのであろうか。

 吾輩はゆっくりと後退あとずさり、ホテルメイズへ向かった。

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