第103話 MAZE 1
昼少し前。本部長室の扉がノックされた。
圭悟が午前中の書類仕事を片付け終える時間を見計らったかのようなタイミングだ。
「どうぞ」
手を止めたばかりの圭悟が顔を上げるのと同時、扉が遠慮なく開け放たれた。
「楠木くん、おひさー」
片手をヒラヒラと振り、入って来る二十代前半の男。
「何か急ぎの用でも?」
「聞いたよ、また道の駅にダンジョン出来たんでしょ。だったらうちの出番かなーって」
耳が早い。
吾輩と圭悟が現地に飛んで新しい支部の体裁を整えて帰って来たのは、ほんの一時間前だ。
この男は、圭悟が協会を作って半年が経った頃、突然協会本部を訪ねて来た。
それからは定期的に顔を出し、今や圭悟の唯一の友人となっている。
もっともこの男を圭悟が友人と認めているかは疑問だが。
「支部の建設予定地はここ。そこ以外なら好きに買って」
圭悟は事務的にタブレットを男に向け、道の駅周辺の地図を指差す。
「じゃあ反対側の土地、うちが押さえるね。……あ、僕ー、想定通りだから進めちゃってちょうだい」
タブレットから目を離さず、派手なジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出し、どこかへ連絡を始める。
「そうそう、そこ。いつも通り穏便に。よろー」
通話を終えると、男はソファに我が物顔で腰を下ろし、派手な柄のネクタイを緩める。
「いやー楠木くんは話が早くていいね、さすがは同級生」
そう、この男は圭悟と同じ高校に通っていた、正真正銘、圭悟と同じ年齢の人間なのだ。この外見で、だ。
「高校の頃は話したこともないだろ」
「そうそう。楠木くんはリア充だったからねぇ」
素っ気ない圭悟に構わず、男は楽しそうに笑う。
「俺がリア充なら、おまえはパリピだよ……」
「楠木くん、僕のことそういう風に思ってた? 褒めても何も出ないよ?」
「褒めてないから、マジで」
何とも巫山戯た男だが、なぜか圭悟がこの男を追い返したことはない。
「ま、とりあえず今回もよろしくね、ご利用お待ちしておりまーす」
「それ、ホテル建ててから言う台詞だからな?」
宿泊施設のない地域のダンジョンに、協会支部とセットで登場するホテルメイズ。
この調子の良い圭悟の同級生こそが、ホテルメイズのオーナー、的場禅四郎だ。
「支部ビルの完成と同時に開業させるから大丈夫大丈夫。探索者の皆様も納得のサービスでお出迎えしちゃうよん」
「……そこだけは的場を疑ってないから」
片目を閉じ、口づけを投げる仕草をした的場に、圭悟は溜息で答えた。
◇
省庁の集まる地域に発生した1500番ダンジョン。その真横にあったこのビルを圭悟が買い取り、協会本部としてからまもなく、この的場という男はふらりと現れた。
「懐かしいなあ、楠木くん、元気だった?」
まだ片付けの終わらない本部長室に入るなり、親しげに話し掛けて来た男に、圭悟は最初困惑していた。
この男が誰なのかわからなかったからだ。
「ほらほら、僕、僕。高校の時、何度も廊下ですれ違ったでしょ。ちゃらついたボンボンで有名だった的場禅四郎くん」
「……ああ、あの御曹司」
直接言葉を交わしたことはなかったらしい。だが、校内で目立つ存在だったことで、圭悟はその男を記憶していた。
「僕、期待されてない四男坊だからさ、まとまった資金だけ渡されて、好きに事業起こしていいって言われてるわけ。でも失敗したら勘当らしいんだよ、困るよねぇ?」
許可なく応接用の真新しいソファに座り、的場と名乗った男は両手を広げて圭悟に同意を求めた。
当然、圭悟はすぐには何も返さない。まだ続きがあるのは明らかだったから。
「それでね、僕、探索者向けのサービス業始めることにしたんだけどさ。びっくりだよ、探索者協会のトップ、知ってる名前なんだもん」
ここで初めて圭悟は、緊急性の高い疑問を口にした。
「……俺の名前は秘匿されてるはずだけど?」
圭悟と吾輩の存在は、日本の命運を左右する。素性は政府によって隠されており、民間に知られているはずがなかった。
「僕の家、自慢できるクラスのお金持ちでしょ? 色んなところに顔が利いちゃうんだよね」
「……そうだったな」
この時圭悟は、更に政府に強く圧力をかける必要性を感じたらしい。
おかげで、これ以降、圭悟の名前は完全に表に出ることはなくなった。
「まず手始めに、このサービスエリアにホテル作ることにしたからよろしくね」
そう言って男が出したのは、日本で二番目に大きなサービスエリアのガイドブックと、ホテルの建設計画書だった。
そこを皮切りに、的場は日本中にホテルメイズを建てた。
最初の一棟だけは実家から資金が出たが、それ以降は的場のホテルの収益だけで。
初めは警戒していた圭悟も、実際にホテルを利用した探索者達からの評判を耳にすることで、考えを改めたようだった。
この男に唯一問題があるとすれば、真面目な言葉を一切口にしないことくらいだろうか。
◇
ソファにゆったりと腰掛け、的場は足元の吾輩に手を伸ばし、背を撫でて来る。
「そうだ、楠木くん。去年世界の探索者協会が共同で発表したあれだけどさあ」
「……動物の寿命が三倍になる件か」
吾輩も最初は耳を疑った。ダンジョン産の食材にそんな効果があるとは。
「動物だけじゃないでしょ、あれ。人間にも同じ効果出てるんじゃないのぉ?」
「それはまだ検証中。三食全てダンジョン産の食材だけで生きてる人間がいない」
検証中とは言っているが、おそらく人間も同様だろう。
ダンジョン産の食材を摂取し続けることで、老化が緩やかになるはずだ。これは吾輩達も知らなかったこと。
圭悟の言葉に、的場は顔を上げ、満面の笑みで自分を指差した。
「あ、じゃあ僕のデータ提出するぅ? 実は僕、ホテルで提供する料理のコンペとかで、この十八年、ダンジョン産の物しか食べてないんだ」
「……マジで?」
圭悟は顔を上げ、目を見開いた。
好き好んでそんな食生活を続ける人間がいるなど、さすがの圭悟も想定していなかったのだろう。
それからまじまじと的場の顔を見つめ、溜息一つ。
「俺もさ、なんか的場って全然老けないなって思ってはいた。思ってたけども、原因それなわけ……?」
圭悟本人はスキル【不老】により時間が止まっている。
そしてあの問題しか起こさないSS達も同じく【不老】で時を止めた。
身近な人間の顔が変わらないことで、他にも若いままの人間がいてもさほど気にならなかったのかもしれない。
だが圭悟、吾輩は気づいていた。この男が全く年を取っていないことを。
圭悟が話題にしないため、些事なのだろうと敢えて口にしなかったが。すまぬ圭悟、吾輩がもっと早く進言すべきだった。




