第101話 栄光の十六人 9
鈴原が再び目を覚ましたのは、眠りに落ちる前とは違う病室だった。
ちらりと目をやるとナースコールは有線、天井には蛍光灯、傍らの床頭台にはごく普通のテレビ。
「……夢だった、わけないよな?」
ゆっくりと身体を起こす。やはり腹部に何の痛みも感じない。
着せられている病衣を少し捲ってみる。
「……古傷」
眠る前と同じ傷痕。
夢ではない。
ほっとした鈴原が、何の気無しに窓の方を見ると。
「うわあっ!」
『主治医を見て叫ぶとは、失礼な男だな、君は』
白衣のスケルトンが足を組んでパイプ椅子に座っていた。
「その声……ギルバート先生……?」
眠る前まではプライドの高そうなイケメンだった。それが今では骨。見分けられるはずもない。
『まあいい。今夜は風呂には入るな、明日からは普通に生活して良い。ダンジョンも好きなだけ行くといい』
「はあ……ありがとうございます」
医者がスケルトンということは、後から病室に入って来たあのスーツの男もスケルトン。
スケルトンが人間の姿に見えて、魔力で動く設備だらけの空間。つまりあそこは、スケルトン達の主人の【居室】。
そして、若干記憶があやふやではあるが、ダンジョンで倒れる前の会話での、麦わら帽子のスケルトン達の態度。
「あの……先生達のご主人って、SS……」
『そのことだが、うちの主のこと喋らないでくれるかな。黙っててくれたら、これをやろう』
スケルトンの医者は、【収納】から一本の青いメイスを取り出す。
『君、農夫のクリフを助けてくれただろう? 君のメイス壊れてたから、うちの主がお礼にって。どこかの百階層から出た普通のメイスだ、遠慮はいらない』
鈴原がオークションで競り落としたあのメイスとは、明らかに質が違う。
しかも、百階層と言ったか。それはつまり。
「……ドラゴンのドロップ……?」
助けたと言っても、ほんの一撃加えただけ。助けられたのはむしろ自分の方。
『口止め料でもあるから、受け取って貰わないと困る。非常に困る。うちの主に、ツリーハウスごと病院を壊されるかもしれない』
どんな暴君なんだ、あんたらの主人は。口には出さないが、鈴原の頬が引き攣った。
口籠ったと同時にギルバートがメイスを押し付けて来たため、鈴原はついそれを手を取ってしまう。
ひんやりとしたそれは、見た目よりずっと軽く、初めて掴んだというのに、手に良く馴染んだ。
『手頃な物が他に無かったようで、昔うちの主が一時期使ってたお下がりで申し訳ないね。青いメイス、好きなんだろう?』
「好きって言うか……」
青鎚のファンなら誰でも青いメイスを使いたいと思うはず。
「ん……? SSで青いメイスって……」
お下がり、という部分で気づく。青いメイスを使うSSは一人きり。
「先生達のご主人って、まさか………!」
メイスから顔を上げ、ギルバートに問いかけようとしたのだが。
いつの間にか、白衣のスケルトンの姿はそこには無かった。
見回しても病室のどこにもスケルトンはいない。開け放たれた扉があるだけ。
「……医者まで【隠形】使うんだ、すげえなSSの眷属」
否応なく残されたメイスを握りながら、鈴原は苦笑する。医者にも農夫にも、満足に礼をしていないというのに。
きっと彼等に会うことはもう二度とないのだろうと思うと、もはや笑うしかない。
「やっぱ青鎚、かっけぇ」
ダンジョンで意識を失う寸前、自分の前に現れた人物。
見えたのはコートの裾と三本のベルトだけ。
人生で二度目の青鎚との遭遇。鈴原の中で、ストイックで奥ゆかしいヒーロー像が固まった瞬間だった。
◇
あの後、パパさんとママさんが協会に報告したけれど、どれだけ調べても鈴原くん達を襲った二人組を見つけることは出来なかった。
目的もわからないし、なんだか気持ち悪いわ。私はキナコほど勘は良くないけれど、嫌な気持ちになる。
そのキナコは、怪しい薬のおかげで今まで以上に元気になった。
傷も残らなかった。女の子だから心配してたのよね。
お嫁に行く前ではあるんだけれど、あの子、どこかに嫁ぐつもりはないみたい。
まあ、狼みたいに大きな子を貰ってくれる雄がいるかどうかわからないっていうのもあるのだけれど。
あの事件から一週間後、そんなキナコがパパさんにお願いをした。
『パパさん、私、チームを離れようと思うの』
うちの旦那は大きな口を開けて慌てふためいた。
『キナコちゃん、何が不満なの!?』
でもパパさんはいつも通り、穏やかにキナコを撫でながら話を聞いて、そして「キナコの好きなようにしていいよ」と言ってくれた。
でも寿命問題はあるから、ダンジョン産のごはんはちゃんと食べ続けるつもりらしい。
ちゃっかりしてるわ、あの子。
◇
「朝風呂、やっぱ最高ー!」
鈴原はお気に入りの銭湯に飛び込み、思い切り伸びをした。
事件から一週間。栄光の十六人のメンバーは担ぎ込まれた病院に数日入院したが、全員ダンジョン探索に復帰。
その入院も、協会から手が回っていたらしい。
偶然にもその日【回復魔法】に優れた人物が居合わせた、という嘘くさい話を病院関係者全員がするものだから、メンバー達はそれを信じた。
その人物は栄光の十六人の治療をした後すぐに立ち去ってしまい、どこの誰かもわからない、というあからさまにおかしな話までも。
SSの眷属を見たのは自分だけだったが、口止め料として最高にレアな青鎚グッズを貰ってしまったので、鈴原は沈黙を貫いた。
結果、ダンジョンから自分達を救出したのも、ワンニャンパラダイスということになった。
これにはさすがの水戸部も、複雑な表情で大原に頭を下げざるを得なかった。
これでわだかまりが溶けてくれれば、狼達ともっと触れ合えるのでは、と鈴原は期待している。
「……鈴原」
「ん?」
横から声を掛けられ、鈴原が顔を上げると、ガタイの良い長髪の男が湯に浸かっていた。
「お、筒井じゃん、今日もダンジョン帰りか?」
「……怪我は」
無口な男の方から話し掛けて来るとは。
「怪我?」
「ダンジョンで襲われたと噂で聞いた」
ダイコクサマに気軽に噂話をするような人間がいる。普通ならそこに驚くのだが、鈴原は特に気にせず、筒井の問いに答える。
「おう、完全復活! 今日から潜るぜ!」
「そうか……」
「やっぱダチはいいな、心配してくれてありがとな!」
背中を二回叩くと、筒井は目をそらしながら呟く。
「……ダチか。友達、良いものだな」
嬉しそうに目が細められたのを、鈴原は見逃さない。
「今度、飯でも食いに行こうぜ! そうだ、明日の晩飯は?」
二人からさほど離れていない位置では、白兎がゆったりと湯を漂う。
主に初めて友達が出来たことに、まったく関心がないといった様子で。




