第100話 栄光の十六人 8
「なあ、あんたらって、誰かの眷属?」
鈴原の問いに、スーツを着用した眷属のマシューは訝しげにそちらへ目を遣る。
主のテリトリーである【居室】にいる間、眷属達は生前の姿を取る為、普通の人間と見分けは付かないはずだ。
なぜこの男は自分達が人間ではないと判断したのか。
「なぜそう思う?」
「だって、よく見たらここ病院じゃないし。この辺の病院に、こんなイケメンイギリス人の医者がいるなんて聞いたことないし」
ギルバートがこの世界の医者とは異なる価値観を持っていることで怪しまれたかと思ったが。
マシューはあらためて病室内を確認する。
この国の医療機関については、他のSSからお土産で貰ったドラマや映画で観た。
ほぼ、自分達の故国の病院と同じようなものだった。よく似た文化もあったものだ、と感心した。
この建物は、ツリーハウスの中に作られた拡張空間に、かつての自分達の病院をそのまま設置したもの。
病室も彼等が使う物と大差ないはず。
それがどうして、ここが外の病院と異なるという発想になるのか。
「ナースコールが魔力流して使う仕組みになってるし、天井のあれも蛍光灯じゃないだろ? 魔力を感知して点いた」
それは仕方がない。【居室】内では、わざわざ設備を作って発電するよりも、魔力結晶を利用した方が効率が良い。
「思ったほど馬鹿ではないらしいな、君。日常の行動の殆どが理解不能だというのに」
「おまえはもう黙れ、ギル」
真っ当な医者が残らず、変わり者の医者ばかりが揃ってしまった状況。自分達の主の眷属としては、ある意味相応しいのかもしれないが。
「マシューこそ、暇なら絹さやの筋取りでもしていればいい。得意だろう?」
「……仕事がないのは良いことだ」
マシューの本来の職は警護官。戦闘職が少ない主人の眷属の中では希少な、戦える職業に従事していたスケルトンだ。
残念ながら、守るべき主が自分達より強い為、マシューの仕事は専ら、非戦闘員の眷属達が外で活動する際のボディガードだ。
それすらもない時は、主人が趣味で買い漁る生鮮野菜の下処理を手伝っている。
実は生前、料理が趣味だったことに起因するのだが、主人からは警護の腕よりも絹さやの筋取りの方を認められているという情けない有り様だ。
本日は百十四階層で蔦の採取をしていた農夫達のそばにいた為、上層での騒ぎはクリフが【念話】で伝えて来るまで知らずにいた。
自分がそばにいれば、こんなに怪我人が出る前に方を付けられたと思うと、妙な手術の実験台にされてしまった探索者達に申し訳ない気持ちになる。
「あの麦わら帽子のスケルトン達の仲間だろ、あんたら。あいつにも礼言いたいけど、あいつ、無事?」
主に憧れを抱くというこの青年は、自分達の主とは異なり、筋を通すタイプらしい。
「クリフなら元気に仕事してる。今頃、洞窟前で苔を貼り付ける作業でもしてるだろう」
「だからおまえは黙れ」
洞窟の話は、身内の恥を晒すようで、出来うることならば避けたい。
「俺、もう退院して良い? だったら自分でそこまで行くけど」
「待て、まだ寝ていろ」
ベッドから降りようとする青年をマシューが押し戻す。
レベルが二桁も下の相手だ。マシューに力で敵わず、複雑な顔をしてこちらを見上げている。
『光! 無事か!?』
そこへ飛び込んで来る、鬣の生えた大きな猫。
『マロン、あんたいつからこの子とそんに仲良くなったのよ』
その後ろからは音もなく尻尾が二本ある猫が入って来る。
『こいつ、いつも俺様に肉くれるんだ、いい奴だぜ!』
『あんたライオンみたいな顔してるんだから、誰からでも食べ物貰うのやめなさいよ』
ゴロゴロと喉を鳴らすメインクーンの雄に顔を擦り寄せられ、青年は困惑したように呟く。
「おまえ……マロンって名前だったのか……大原さんのセンス、マジすげえな」
多分まだ、彼はこの猫のことをライオンだと勘違いしているのだろう。
「な、マロン。キナコちゃんは?」
『キナコはまだ寝てるぜ。死にかけたから』
「え!? 俺のせい!?」
途中で意識を失った青年は、若い紀州犬が主の出した怪しげな霊薬で命を取りとめたあの経緯をまだ知らされていなかったようだ。
『鈴原くん、大丈夫。キナコちゃんは寝てるだけなんだから』
一番年を経た紀州犬の雄が前足をベッドに乗せて説明を始める。
ただ、マシューの印象では、この犬は語彙が少な過ぎて成り行きを全て語れそうにない。
と言うより、自分達の主のことに触れずに説明ができるのか。
不安になったマシューは、紀州犬の後ろに回り込み、その太い胴を両手で持ち上げる。
「ジョン、向こうで俺の特製ドッグフードを食べよう」
『特製ドッグフード! 食べたい!』
涎を垂らさんばかりの勢いで顔をマシューに向けた犬を抱え、ギルバートにだけ伝わるよう【念話】で「麻酔打ち込んでから外に出せ」と話し掛けた。
返事は無かったが、マシューは犬を抱えたまま大股で病室を出た。
この狂気に満ちた構造の【居室】は、主のイメージダウンでしかない。
◇
ツリーハウスの入口を潜った途端、ここが別空間に繋がっているとすぐにわかったわ。
だってどう見ても、大きな病院のエントランス。広い空間の奥、真正面には受付のようなカウンター。更に奥には並んだ沢山の椅子。
エスカレーターからは白衣の団体が降りて来ている。怪我した人を寝かせて運ぶ、スト何とかという物には車輪はなく、浮いて移動してる。
出て来たお医者さん達は、鈴原くん達を見下ろして、なぜか突然ジャンケンを始めた。
「よし! 俺、この頭開いてる奴な! 久しぶりの手術だ!」
「チッ……じゃあ俺、この右腕の奴。あー…筋肉ぼろぼろ、いいねえ」
「……仕方ない、こっちの首の俺貰う。ちょっと切れただけか」
「やれやれ……僕はこの腹のね」
「おい待て、残りは打撲ばっかりじゃないか」
手術に飢えてる頭のおかしな医者ばかりいるように見えるわ。まともな人はいないのかしら。
分配が終了すると順番にどこかに運ばれて行った。
残された私達を見下ろし、ヘルメットの眷属が右側の廊下を指差した。
「ヤブ医者だけど三十分もあれば大丈夫。カフェコーナーで待とうよ」
連れて来られたのは客一人いないカフェ。
従業員のような女性が慌てて駆け寄って来た。私達の後ろから。
「お客様だー! カスみたいな骨以外の、本物のお客様ー!」
客が来ないから持ち場を離れていた、と丸わかりの態度。
「飲み物出せる?」
「当然よ! いつかお客様が来る日を夢見て、準備してたんだから!」
なんだか可哀想。
『この【居室】、あるのは病院だけ?』
とても嫌な予感がして、椅子を勧めて来たヘルメットの眷属に確認してみる。
「ううん。隣の木の上には法務省があるし、幹には警視庁。その向こうの木には僕らの農場。って言っても今は何も育ててないんだけどねえ」
聞いたことがあるわ。【居室】は時間が止まってるから花を置いても枯れないし、そもそも咲かないって。
「お客さんが来ないと成り立たない施設の人達、毎日それでもいつか青様がお客さん連れて来るかもって準備してるよ」
どうしよう、可哀想過ぎて何も言えないわ。
「薬剤師さん達、さっき凄い目でこっち見てたけど、薬出すような治療するのかなあ、先生達」
完治させそうな勢いで目が輝いてたわ、あの変な医者達。
勧められた椅子に乗り、運ばれて来た飲み物を受け取りながら、ここの眷属達がとても気の毒になった。
「骨しかいない所ですけど、ごゆっくり」
従業員の女の子がトレンチにジュースみたいな色付きの飲み物を乗せて戻って来る。
「魔力補充液です、どうぞ」
聞いたこともない飲み物。経口補水液を出すような気軽さで置かれた。犬が飲んでも大丈夫かしら。
待っている間、うちの旦那は退屈だったのか病院内を探検すると言って真っ先に席を外した。
生きている人間のいない病院はとても静かで、どれだけ遠ざかっても旦那の足音が聞こえて来て、正直ちょっと不気味。
そんな旦那が二階の病棟から、鈴原くんが目を覚ましたと叫んだ時も、はっきりと声が届いた。
ここ、小さな診療所とかじゃないのよ、大病院よ。音がしないにも限度がある。
人間のいない、モンスターだけの世界がこんなにも落ち着かないなんて。
パパさん、早く家に帰りたい。




