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第99話 栄光の十六人 7

あお様! 下手人げしゅにんがいません!』


 ヘルメットのスケルトンの声に、私達も部屋を見回す。


 私達とスケルトン、鈴原すずはらくん達だけ。

炎の中の人影は消えている。

 鍬で弾き飛ばされた誰かも、おそらくいない。


『逃げる隙を作るために犬っころ狙うって、血の通った人間のやることかい……』


 麦わら帽子のスケルトンが草刈り鎌を床に叩きつけながら呟く。

 本当に、なんて奴らなの。

 仲間が死にかけていたら、私達は当然そっちを優先する。それを狙うなんて。


「とにかく、鈴原くん達の手当をしないと」


 パパさんの言葉に、私達はまた鈴原くん達のところに戻る。全員意識がない。背負って行くしかないわね。


『あの……青様が家に来いって』

『家?』


 何を言われてるのかわからない。

 ヘルメットのスケルトンを振り返ると、SS(ダブル)の前に一枚の扉が立っている。


 治療ができるなら何でもいいわ。

 私は鈴原くんを背中に乗せて、開かれた扉をくぐった。


     ◇


 普通、扉の中は室内だと思うの。さっき『家』って言っていたし。


 でも扉の先にあったのは、広い広い草原。草の匂いはしない。

 上を見上げれば青空。雲も浮いてるわ。そよ風まで吹いてる。でも自然の香りを全く含まない風。

 遠くに大きな木が何本も立っているのが見える。広いわね、ここ。

 殆ど外だわ。偽物だけど。


 それにしても、家はどこなのかしら。人間の住む家がどこにも見当たらない。


 後ろを振り返ると、入って来た扉は完全に消えている。前足をそっと伸ばすと、冷たい金属に触れた。

 これもしかして、扉に【隠形】を掛けているのかしら。


「あ、気をつけて。僕らもたまにぶつかるから」


 危ないわよね、それ。

 声の方を見ると、目のぱっちりした外国の青年が立っていた。くるくるの明るい色の巻き毛がヘルメットから覗いてる。


 鈴原くん達より少し年は上くらい。笑顔を絶やさずにこちらを見ている。


『……誰かしら』


 生きた人間じゃないのはわかってる。匂いが何もしないから。

 首の手拭いの柄で答えはわかっているんだけど。


「ええ!? さっきから一緒にいたのに!?」 

『……知ってるけど、信じたくないのよ』


 スケルトンがいきなり人間の姿になったら、犬じゃなくても驚くと思う。


『家はどこなの?』

「ないよ? 青様、野営スタイルだから」

『……はあ?』


 私達は犬だから、小屋が人間の家の外にあるのは割と普通。散歩中に会う大型犬は皆だいだいそんな生活。

 でも、人間は建物の中で寝起きするものだと思ってる。

 だめだわ、SS(ダブル)が理解できない。

 

 今はそんなことよりも鈴原くん達の方が心配だから、そこを突き詰めるのはやめておくけど。


『治療できる眷属はどこなの?』

「皆はあっちの森にいるよ」

 

 指差されたのは遠くに見える木々。


『あそこまで何メートルあるのかしら……?』


 見間違いでなければ、一キロメートルはあると思うの。


「一キロだよ」


 一キロも走るなら、転送装置で地上に行った方が早かったわ、絶対に。


「普段は歩くんだけど、今日はこっち使わせてもらおうね」


 そう言って屈み込み、両手で地面を持ち上げた。

 土と草で偽装された蓋で隠されていたのは階段。


「ここ近道。さ、早く入って蓋閉めないと、青様に怒られるから」


 よくわからないけれど、スケルトンじゃなくなったヘルメットの青年に言われるまま、うちの子達が階段を下り始める。

 階段はたったの十段で、降りた先は暗い地下室のような空間。でもすぐ先に、眩しい光の溢れ出すアーチ状の出口があった。


『地下に入ったのにお外だよ、ミルク!』


 いつまで経っても大人にならない旦那が、人を背負ったまま走り出す。

 えーと、あの子は誰だったかしら、いつもパパさんを睨んでる子なんだけど。名前がわからないわ。

 とにかく頭から血を流したままの子を背負ってるんだから、もっと慎重に歩いて貰わないと。


『すごーい! 森だよ、パパさん!』


 真っ先に光の中に飛び込んだ旦那に私達も続く。

 出た先は、多分さっき見えていた一キロ先の森の中。遠くに広がる草原がさっきの場所ね。

 SS(ダブル)の【居室】ってどういう構造になっているのかしら。

 私達が十匹で囲んでも足りないくらいの巨木の太い幹にぽっかりと空いた穴が出入り口になっている。

 

 何て言うか、近所の人間の子供が持ち歩いていた絵本の挿絵みたいな世界だわ、ここ。


「先生ー! 急患連れて来たよ!」


 ヘルメットの青年は軽快な足取りで別の巨木の下に向かうと、上を見上げて叫んだ。


 つられて見上げた、これまた太い枝の上には、三角屋根の小屋が乗っている。

 その小屋から縄梯子が垂れ下がっているのに、小屋から顔を出した白衣の男性は五メートルはある枝から身を躍らせた。


「うん、じゃあやろっか。上に運んで……は大変か」


 着地と同時にツリーハウスを指差したけれど、すぐに訂正。ちょっと考えてから、旦那の背中から怪我人の襟を掴んで持ち上げた。


「そーれっ!」


 本当にお医者様なのかしら、この人間。

 頭から血を流してる相手を思い切り上に放り投げた。


 さすがは眷属だわ。軽く投げただけなのに、ツリーハウスの位置まで飛んでいる。

 ついでに上では同じような白衣の数人が、飛んで来た怪我人を片手でキャッチ。

 怪我人の扱いがとても雑だけれど、時間短縮にはなっている。

 きっと元通りに治療するから問題はないんでしょうけど、でも乱暴ね。

 主人の教育が悪いんだわ、これ。


     ◇


 鈴原は目を覚まし、周囲を見回した。シンプルなベッドとシーツ、明るい大きな窓。ベッドサイドには床頭台。

 どこかの病院の病室だと鈴原は判断した。


 ワンニャンパラダイスが病院に担ぎ込んでくれたのだろうと思う。

 大きな借りを作ってしまったと水戸部みとべは憤るかもしれないが、生還させて貰えたのだからまずは感謝しなくては。


 何も考えずに身を起こしたところで、鈴原は何かがおかしいと気づく。

 今自分は普通に起き上がった。毎朝、自宅のベッドから出る時のように。

 そんなはずはないのに。


「……いや、腹に穴……」


 気を失う直前までのあの激痛は忘れない。こんなに簡単に起き上がれるような怪我ではなかったはず。


 思わず自分の腹部を見下ろす。服の前は開けられていた。そこそこ自慢の腹筋が、いつも通りそこにある。

 うっすらと傷痕らしきものはあるが、痛みはない。まるで、何年も前の古傷のよう。


「俺、腹に古傷なんか無かったよな……?」


 痕が残るような大怪我など、これまで腹部に負った覚えは無い。

 つまりこの痕が、今回の大怪我。


 混乱するあまり、一瞬、自分は傷が風化するほどの年月を眠って過ごしたのだろうかと、馬鹿なことを考える。


『あ! 鈴原くんが起きてる! パパさん、ママさん、ミルク、来て!』


 病室の扉を器用に前足で開けたのは、ワンニャンの看板、一番大きな狼。

 しかも喋っている。


『鈴原くん良かったね、死んじゃうかと思ったよ、ボク』


 精悍な顔付きでありながら、少年のような舌足らずな話し方。大きな尻尾が左右に高速で揺れている。


 ギャップがあり過ぎるが、鈴原は素直に可愛いと思った。自分も一匹欲しい、と思いながらそっと手を伸ばし撫でてみる。

 毛は想像よりずっと柔らかい。触ったら唸られるんじゃないかと不安だったが、警戒心が薄いのか、されるがまま。


 この個体は大人なのか子供なのか。そういえば自分を助けに飛び掛かって来た個体は少女のような声だった、と大型の狼を撫で回しながら思い出す。


「あの……俺を助けに飛び込んで来た子、近くにいる?」


 あの後何があったかわからないが、まず彼女に礼をすべきだ。


『キナコちゃん? ボクの孫なの。勇敢でしょ?』

「きな粉……狼が、きな粉……」


 いや、美味いけどな。きな粉のスイーツ、嫌いじゃないけどな。

 純白の格好良い狼の名前にそれを選ぶ、大原のセンス。


「モーニン、久しぶりの患者くん。傷は残ったが、男の勲章だから問題はないな?」


 病室に入るなり、医者のセリフとは思えない言葉を投げつけて来た赤毛の西洋人を見上げ、鈴原は狼を撫でる手を止めた。


「僕は君の主治医のギルバート。ジャンケンで担当決めたら、ただ風穴開けられただけの君になった。でもきっちり治療はしたからうやまうように」


 鈴原の担当になったのが不本意だったと言わんばかりの態度。

 でもイケメンだ、と鈴原はぼんやりと顔を見つめる。


「僕の開発した【回復魔法】と同時処理の手術で完全古傷化。どうだい? ダイコクサマみたいな歴戦の戦士って感じの貫禄ついただろう?」


 確かに、ダイコクサマの身体を見た時にちょっとカッコいいとは思った。

 だがああいう傷痕が欲しいと思ったわけではないし、なぜこの医者が銭湯で鈴原が抱いた感想を知っているのか。


「僕が開発した、記憶の一部を読み取る装置を使わせて貰ったよ。君の望みに一番近い治療法を見つけるためにね」


 鈴原の疑問に答えるように、医者が自慢げに話し出す。


「この界に来た時に故障したのが去年漸く直ってね。ただ、試運転は成功したけどまた壊れた。魔導技術者にまた直させなければならない」


 界。聞き慣れない言葉に鈴原が首を傾げた時、病室の扉を乱暴に開け放ち、きっちりとネクタイを締めたスーツの男が飛び込んで来た。


「そこまでだ、ヤブ医者! それ以上余計なことを言ったら、青様に肋骨三本抜かれるぞ!」

「その時はどこかのダンジョンで僕に適合しそうなスケルトンを捕まえて、自分で移植するさ」


 新たに飛び込んで来た男も、同じく彫りの深い偉丈夫。

 その時になって漸く鈴原は気づく。

 あ。こいつら、人間じゃない。

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