痛みの記憶
こちらを敵と見なしたバレットビーが一斉に尾を向ける。
奴らのニードルガンは貫通力がある。シールド耐久が高いガンマンとはいえ、エングレイブを彫ったばかりで成長しきっていないディンゴでは直撃に耐えられるのは甘く見積もって二発。
だが問題ない。ガンマンの強さは防御力ではなく、速度にある。
三発、続けざまに撃つ。
まだ距離があるので狙いが甘いディンゴでは全弾命中とはいかないが、それでも一発が運よくバレットビーの胴に命中した。しかし残りの二発はバレットビーの飛行をわずかに揺らす程度の効果しか得られなかった。
反撃のニードルガンが射出される。
サイズが大きい分、魔弾に比べると射程はイマイチだが威力と速度は十分だ。魔術で発生させた空気圧で放つため静音性も高いので、発射のタイミングを見切るのが難しい。
右に跳んで避けるも、避けきれない針がマギ・シールドと接触して光を散らす。
魔力光の激しさに肝を冷やす。
貫通に特化したそれはディンゴの予想以上の威力を持っており、二発という見立てが甘過ぎることを示していた。
次々吐き出される鋭い殺意が迫る。
必死に走って射線から逃れ、お返しとばかりに二発。だが走りながらの射撃など当たるはずもない。
離れた木を穿つ魔弾をバレットビーたちは気にも留めずに撃ち続けている。
だが彼らの敵はディンゴだけではない。
水が空を裂いた。
点ではなく線での攻撃に切り替えたのだろう。ザリガニ魔獣の開いた爪から放たれるアクアレーザーとも言うべき水流がバレットビーたちを薙ぎ払う。
集団性および攻撃力と機動性に特化したバレットビーでは耐えきれず、翅だけ残して蹴散らされていく。
「そう来なくちゃな」
針が止んだ隙を逃さず、ディンゴが駆ける。
筋力増強により跳ね上げた身体能力はディンゴの体を矢のように撃ち出し、横合いからの攻撃により意識の逸れたバレットビーに肉薄する。
一匹のバレットビーは放水の影響を受けなかったようだ。逸ったディンゴのシールドを貫いた一針が左肩に突き刺さる。
「ッ、そらぁ!!」
痛みを気合で誤魔化し、リロードの間すら惜しいとばかりに指を支点にリボルバーを回転させ、グリップで殴りつける。
まだ強打のスペルを習得していないので倒すには至らないが、飛行しているバレットビーを叩き落とすことくらいは可能だ。
縦、横、縦。
続けざまに振られたリボルバーは次々とハエ叩きのようにバレットビーを墜落させていく。
最後の一匹には避けられたが、避けた瞬間を狙ったザリガニ魔獣の尾がバレットビーを貫いた。
リボルバーを持ちなおし、用意した虎の子である手作りスピードローダーで即座にリロード。
動きの止まったバレットビーへ丁寧に撃ち込んでいけば、短くも激しい戦闘は終わる。
「つぅー……クソ、焦っちまったか」
左肩の痛みに顔を顰めながら針を抜く。幸いシールドで威力が減衰していたらしく、骨には達していないようだ。毒はなかった……はずだ、多分。痺れとかはないから大丈夫だと信じたい。
ポーションなんて高価な物は当然用意していないので、止血用カットバンだけで我慢する。
そうして銃をホルスターに収めれば、何か言いたげにこちらをじっと見ているザリガニ魔獣と眼が合った。
この甲殻類キメラのような魔獣がこちらをどう認識しているかは定かではない。そもそも割と勢いで出てきてしまったのだ。このままもう一戦、ということもあり得ない話ではない。
「いい戦いぶりだったぜ鏃頭?」
内心ちょっとビビりつつも、おどけるように軽く両手を上げてこちらに戦闘の意思がないことを示す。
彼? は感情がまるで読み取れない黒一色の眼をこちらに向けている。水を撃ち出していたハサミは閉じられているのですぐに攻撃する様子はないが、思案するようにくねらせているエストックのようなテイルブレードが恐ろしい。
攻撃されたら即座に逃げよう。バレットビーのニードルガンをあれだけ受けて平然としている魔獣など、今の火力ではとても手に負えない。先の動きを見る限り重戦車型らしく、機敏に走り回れるという感じではない。素材を諦めて逃げに徹すれば何とかなるはず。
「お?」
見つめ合うこと数秒。
どうしよう、もうカッコつけてないで逃げちゃおうか? そんな考えがよぎり始めた頃、ザリガニ魔獣が動いた。鋭い尾先を動かしこちらを刺す……じゃなくて指す。
「?」
行動の意図が読めずに疑問符を浮かべていると、次にその尾は地面に落ちてピーピーと鳴いている雛へ……ああ、そういうことか。
言葉途中……もといジェスチャー途中で察したので歩み寄って雛に手を伸ばす。途中で動き出したこちらにザリガニ魔獣がハサミや口を動かして"話は最後まで聞け”とばかりにぎちぎちと音を立てているが、心配せずともちゃんと意図は伝わっている。
まだ産毛の多く残る雛を抱くと池の近くにある木を片手で登る。
下を見ればちょうど茂みになっていた。これのおかげで大した怪我もしていなかったのだろう。
やがて目当ての巣まで辿り着くと、そっと放してやる。
ちなみに親鳥が人の匂いがする雛をネグレクトするというのは誤った俗説であり、そもそも鳥の嗅覚は一部を除いて一般的に鈍いそうだ。
雛はどてどてと不器用に歩きながら我が家に帰って来たことに気づくと、そのまま寝てしまった。
「呑気なことで」
でっぷりとした雛を見ていると毒気が抜かれる。
ぷすぷすと鼻を鳴らして寝入る姿に苦笑し、起こさないよう静かに木を降りる。
下を見れば木を登ったこちらを深紅の魔獣が黙したまま見上げていた。
「無事姫様は送り返しといたぜ。ナイトさんよ」
脇に降り立ち、声を掛ける。
彼はじっとしばらく木の上を見つめていたが、やがて満足気にハサミをワキワキと動かすと、用は済んだとばかりに池に向かう。
途中こちらに振り返ってじっと感情の読めない眼を向けていたが、しばらくするとそのまま池へ潜っていった。
「……なかなかどうして、刺激的な初陣になったな」
その背を見送った後、いそいそとバレットビーの素材を回収し始める。
完全に漁夫の利だが、ザリガニ魔獣は必要ないとその場を離れたのだ。ならば第二所有権は自分にあると言っても問題はないだろう。袋は種でパンパンだが、バレットビーの針はあまりかさばらないので束ねて小脇に抱えていける。
バレットビーの針は頑丈で武器だけでなく医療道具など様々な場で有効活用されている。
針といっても性質的には骨に近い構造をしているらしく、自身の体液から生成するので弾切れを起こしてもしばらくすれば補充されるとのこと、
また単純な強度だけの利点ではなく、鉄と違って磁性がないことなどが有効に働く場面もあるのだとか。人を貫く凶器がところ変われば人を助ける道具にもなるというのだから、物は使いようというわけだ。
「……ん?」
死体から引き抜きながら集めているとなにか引っかかる感覚を覚えて針を眺める。
どこか既視感のある針を見つめていると、ふと掌があるはずのない痛みを訴え始めた。既に塞がっているはずの傷が疼く。その痛みはまさにファントムペイン。
(……あ、これあのおっかないお姉さんが使ってた針だ)




