紅き鎧の騎士
「来て早々だが、そろそろ帰るか。これ以上は袋が足らん」
一通りを回収し終えたタネをギルドから預かった袋に詰めると、腰に下げていた小さなボンベを取り出してガスを入れる。するとガスが入った袋がゆっくりと浮き始めた。少しずついれて程よい浮力を得た所でやめると、適当な木の枝に紐を括りつける。
こうして風船持ったガキよろしく運べば労力も掛からないという寸法だ。あまりガスを入れると浮きすぎて目立つので気を付ける必要がある。
「もっと良い仕事なら特別な魔術が組み込まれた箱を支給されるらしいが……報酬より高い入れ物使ってもな。本末転倒か」
駆け出しなどこれで何とかしろということだ。
12体のシードマンから取れたタネは200にも及ぶ。生きていればポンポン生み出せるらしいが、死んでしまうとそうもいかないのだとか。
なら生け捕りにして繁殖させりゃいいんじゃね? とは思うだろうが、企業がそれを試していないはずがない。
結果は失敗。どういう理由か、人類が管理しようとすると魔獣は例外なく衰弱死するのだ。環境を整えてやってもそれは変わらない。その一方で知性を獲得し、人類と共に活動する魔獣すらいるというのだから分からないものだ。変異したのが原因とも言われているが定かではない。成功すれば莫大な富が得られるので日夜研究している者が絶えないが、未だに成果が出ていないということは、そういうことなのだろう。
「そのおかげで俺らハンターに仕事が回ってくるんだから、あんまり成功してほしくない研究だな」
利己的なことを言いながらバルーンを括りつけた枝を腰のベルトに差し、来た道を引き返す。
残弾はまだあるし魔力にも余裕があるのだが、これ以上持てないし今日は初陣なのだ。無理して失敗してもしょうがない。
「さぁて、衣食住のどこから充実させるべきかね……?」
最優先は食だろう。
贅沢は言わない。ただ朝にはトーストにジャムかピーナツバターをたっぷり塗り、欲を言えばコーヒー……ではなくミルクを付けたい。不味いカロリーバーはもうたくさんだ。
次に衣……装備だ。
銃は大量生産品の安物だが、リボルバーは構造がシンプルなのでとりあえずは問題ない。変えたいのは服の方だ。
今着ているのは本当にただのツナギ、それも中古のどこか汗臭さが抜けない代物なので早く変えたい。マギ・シールドがあるので服がしょぼくても何とかならないでもないが、抜かれれば肉など容易く喰い破るのが魔獣だ。備えておくに越したことはない。ハンター同士の諍いもかなりあるのだ。
最後は住だが……これはまあ、借金を返し終えて資金に余裕ができるまでお預けだ。
野郎の顔を見ながら起きるのは精神衛生上悪いのだが、命に直接関わるところではないので致し方ない……命には関わらなくとも、ケツの心配をする必要はあるのだが。
「世知辛いねぇ……ちょっと違うか?」
下らないことを考えながらマチェット片手に獣道を行く。もうしばらくでコンクリートの道に出るはず。そこからは道なりに行けばさして時間も掛からず停留所だ。
次の定期便には間に合いそうだ。今日はシードマンのタネを主食に一杯ひっかけよう。
「―――!」
ささやかな贅沢を画策して頬を緩ませていると、どこからか音が聞こえた。
瞬時に意識を切り替えたディンゴは耳を澄ませ、おおよその方向と距離に見当を付けるとどうすべきかを思案する。
銃声ではない。何か破裂するような鈍い音や衝撃は響いているが、人が魔獣と戦闘しているのとは少し違うような気がする。ならば魔獣同士の争いだろうか。
「……後ろから襲われるのは避けてぇな」
勝った方がこちらへ危害を及ぼさないとも限らない。ディンゴは邪魔な荷物抱えて獣道で魔獣相手と追いかけっこで勝てる気はしなかった。
「様子だけ見ておくか」
距離を取って確認し、可能なら漁夫の利。長引きそうならそのまま撤退だ。
方針を決めたディンゴは近くの茂みにバルーンを隠し、音の方向へ歩みを進めた。
音の場所へ近づくと少し開けた所に出た。
そこもやはり緑で覆われていたのだが、中心には小さな池があった。不自然に透き通った池は底まで見通せるほどに透明度が高く、魚が泳いでいるのが良く見える。
そんな神秘的な場所は今や戦闘の場と化していた。
睨んだ通り、魔獣同士の争いだ。ただその状況はディンゴが予想していたのとは大きく違う。
多対一で二種の魔獣が争っている。片方は基礎訓練の際に資料で見たことがある魔獣だ。
バレットビー。
黄色と黒のツートンカラー、感情を窺わせない複眼に鋭い尾を持つ虫型魔獣。ただし尾の針は直接刺すのではなく、ニードルガンよろしく撃ち出して獲物を仕留める。
必ず複数かつ的が小さく移動速度のあるシードマンのようなものなので、駆け出しには荷が重い魔獣だ。
二歳児ほどのサイズのそいつらが、六匹。威嚇するように顎を鳴らして一匹の魔獣を囲んで攻撃している。鋭い針が撃ち出され、しかし頑丈な甲殻に弾かれて有効打にはなっていない。
その頑丈な甲殻の持ち主は、知らない魔獣だった。
「サソリ……ザリガニか?」
複数の脚で体を支えるのは深紅の鎧纏いし甲殻類。
ザリガニのようなハサミと平たい胴体を持ち、頭部は鏃状に鋭く尖っている。
そして尾はサソリのように反っており、太い針を備えていた。
正体不明の魔獣はハサミを大きく開き、威嚇するように構えている。
バレットビーのニードルガンは頑丈な甲殻を前にさしたる脅威にもなっていないようだが、ザリガニ? の攻撃も空を行く彼らにはあまり有効的ではないようだ。
パカリと開いたハサミの間から水弾が発射されているが、不規則に動くバレットビーを捉えられていない。外れた水弾が木々を薙ぎ倒している辺り威力は十分のようだが、どれほど強力でも当たらなければ意味はない。
「蜂の方が勝ったら逃げきれんから厄介だが……膠着してんな」
互いに有効打を持っていないのだから諦めればいいのにと思う。縄張りも獲物も違うだろうに、何がそんなに気に入らないのだろうか。
そんなことを考えながら観察していると、ザリガニ側の動きが妙なことに気づいた。
ほとんどその場を動いていないのだ。回り込もうとするバレットビーの前に立ち塞がり、わざとその身を攻撃に晒しているようにも見える。
違和感を感じたので遠見の魔術が組み込まれた双眼鏡で周囲を観察すると、ザリガニの後ろに巣から落ちた雛らしきものがピーピー鳴いているのが見えた。
「え、マジ?」
思わず声に出てしまう。見たままを素直に判断するなら、あのザリガニ魔獣は鳥の雛を守っていることになる。魔獣がそんな行動を取るなど聞いたことがないが、目の前の光景を否定するわけにもいかない。
「……ま、俺には関係ねえことだな」
どちらにしろ、このままなら放っておいてもこちらに被害が出ることはない。
言い聞かせるようにしながら右の二の腕を擦る。熱を持ったソレを押さえるように。
さっさと帰って祝杯を挙げるのだ。久しぶりにまともなものが食べたい。初陣成功祝いに狐先輩にたかるのもいいだろう。セクシーなダークエルフ姐さんがいれば安酒も美酒に様変わりするはず。
雛鳥を守るザリガニ魔獣と、それを狙うバレットビー。
攻撃する側と守る側では基本的に前者が有利だ。ましてや数が勝っているなら尚更。
バレットビーが動いた。
二匹が大袈裟に動いてフェイントを掛け、それに対応しようと動いたザリガニ魔獣の隙をついて一匹がニードルガンで狙う。
気づいたザリガニ魔獣が動こうとするも、頑丈な装甲は機敏性には優れておらず一度動いた体を戻すには間がある。
針が雛へ目掛けて射出されようとした瞬間―――一発の銃声が響いた。
大口径の魔弾に尾を丸ごと吹き飛ばされたバレットビーが錐もみしながら墜落していく。
緑の血がまき散らされ、仲間の死にバレットビーたちが興奮したように羽音を強くする。
「ヘイ! 大勢で弱い者虐めとはイキじゃねぇな?」
自分は何をやっているんだろうか。
こんなことをしても意味がない。この世は弱肉強食であり、食物連鎖に善も悪もない。
弱い奴が悪い。それがこの世の真理だ。
腕の刻印が、ガンマンのエングレイブが熱を持っているように疼いた。
「ま、今日が初体験のニュービーだがよ……群れなきゃなんにもできねぇ雑魚相手なら十分だよな?」
理性とは裏腹に口が動く。
言葉が通じていないのを承知で、こちらへ意識を向けるように声を上げる。
意味がない。そんなことは分かっている。
それでもだ。それでもディンゴには―――あの紅い魔獣がカッコよく見えてしまったのだ。
「こいよ、その曲がった根性と針……俺が叩き直してやる」




