新人ガンマンの初陣
物資輸送を兼ねた定期便にすし詰めにされて揺られることしばし。少しでも詰めるために立ったまま座れもしないし家畜と一緒で臭いしと散々な目に遭ったが、数時間ほどで現地に着いた。
「クッソ、いつかグリーン席取ってやるからな……」
窓ガラス越しに珍獣を見るようにこちらを指差すふくよかなガキに中指立てておく。
立ちっぱなしでぎこちない体をほぐすように柔軟をしながら周囲を見る。同じようにしているハンターがチラホラおり、訓練所で見た顔も何人かいる。
どこか違和感を覚えてしばらく見ていると、あることに気づいた。
「……なんか、組んでる奴多くね?」
ほとんどが何人かのパーティーを作っている。
たまに一人の者もいるが、ある程度こなれた感じなので駆け出しではないだろう。観察していると駆け出しで一人なのはディンゴだけだということが分かった。
「なんでだ……」
別に一匹オオカミを気取っているわけではないし、内向的でもない。
単純に人と組んでいる時間がなかったのだ。だがそれは彼らも同じはずだが……
不思議に思っているとそのうちの一人がこちらに気づいたようで手を振ってくる。そいつに覚えはないが、とりあえず額の前で指を二本立ててピッと返しておく。
こちらが反応したせいか、そいつは仲間に声を掛けて近づいて来た。見知らぬ人間が徒党を組んで近寄って来たので腰のリボルバーを意識してわずかに半身になる。周囲に人がいる状況で滅多なことはしてこないだろうが、一応の警戒である。
「ディンゴじゃないか。俺だよ俺」
「オレオレ詐欺とは随分古臭い手口を知っているじゃねえか。誰だ?」
やたらと好意的な太った男に、お前なんぞ知らんと返す。最初から好意的に来る人間を怪しむのは今の時代普通で、ディンゴが特別態度が悪いわけではない。
「あれ、そういえば名乗ってなかったっけ? でもよディンゴ、俺の腹の柔らかさを忘れたとは言わせないぜ?」
気持ちの悪いことを言って腹を叩くふとっちょ。コミカルに揺れる腹と彼の仲間が向ける"そういう関係?”という視線が非常に腹立たしいが……残念ながら記憶にあった。
「お前……訓練の時ぶっ倒れてたデブか」
「そうそのデブ。ラッドだ。あん時は背負ってくれてありがとさん」
現代社会は便利だ。金がなくとも最低限飢えることはないし、多少金があれば身の丈に合った贅沢もできる。大昔は人力でやっていた作業も今や魔具任せ。つまるところ、肥満と運動不足は現代社会の不治の病であった。
ハンターになろうという若者の間でもそれは例外ではなく、そんなもやしっ子根性を叩き直すために基礎訓練講習がある。
ディンゴは体力に余裕があることを教官に見抜かれた結果、ついでとばかりに倒れていたこのデブを背負う羽目になったのだ。確かに柔らかい腹だったが、嬉しさなど微塵もない。汗臭いだけだ。
「ディンゴもシードマン討伐に来てたんだな」
「まあな。まともなもんが食いてえ」
多少とはいえ顔見知りであったことで緊張を緩める。背負ってくれた礼にとチョコバーをくれたのは関係がない。関係はないが、なんか持ってないかと催促したらマガジンポーチからチーズバーをくれた。そこ弾倉入れるんじゃないのかよ、いいけど。
飢えた野良犬のように封を噛み千切ってわざとらしい黄色のスティックにかぶりつく。よく噛んで久しぶりのまともな味を堪能する。
「辛い訓練を耐え抜いた同志よ、歓迎する。んで、何の用だ?」
「ディンゴは安いなぁ……特に用ってわけじゃないんだが……一人なのか?」
「まあな。基礎訓練終わった足でクラス指導放り込まれてな。んな時間は無かった」
「まじか。あれの直後にさらに訓練って、お前本当に体力あるな。だからその後の懇親会で仲間を探し損ねたのか……」
どうやら皆が既に組んでいたのは懇親会という名の仲間探しがあったためらしい。
同窓会に一人だけ呼ばれなかったような寂しさを感じないでもない。
「で肝心のクラスは……」
ラッドは視線を落として腰に下げたリボルバーをまじまじと見る。
彼の仲間たちの眼には驚きと少しだけ呆れが混じったが、ラッドは感心したように笑った。
「ガンファイターか、またクセ強いの選んだな」
「ガンマンと呼んでくれ。そういうお前はナイトか? 騎士ってツラじゃないが……壁役には向いてそうだな」
ライトマギガンを携えてカイトシールドを手にしたラッドは中々に様になっている。
動きは遅いが頑丈で高火力。ナイトの定番装備だ。
「だろぉ? 見ろよこの頼れる腹を」
パァンと叩いた腹に背中じゃないのかよと突っ込んでおく。
しばし談笑していたが、ラッドは突然真面目なトーンで話し始める。
「でもお前一人で大丈夫か? 何なら仲間に頼んで……」
「気持ちは有り難いが、やめとくぜ。お前だって組んだばかりなんだろ? いきなり依怙贔屓みたいな真似すると拗れるぜ?」
これから組んでいこうという仲間が、突然知らない奴を加えてもいいかと言い始める。友達のトモダチを紹介されるようなものだ。当然面白くはないだろう。
「……そうだな、スマン」
「気にするなよファットマン」
「ラッドマンだ!」
軽口を交わし、最後に腹を一発叩いてから背を向ける。
ラッドは最後までこちらを気にしていたが、仲間に促されて動き始めた。たかだか一回運んでやった程度で義理堅い奴だ。今時珍しい。
「……さぁて、と。人のことよか自分の心配しないとな」
ディンゴは気を取り直して目の前に広がる廃墟に目を向ける。
廃墟とは言ってもこの街が放棄されてから十年と経っていない。だがその十年で街は大きくその姿を変え、今や魔のコンクリート&ジャングルとまで呼ばれる場所となっていた。
元々大きな企業都市だったそこはトーレントシティと呼ばれていた。
大昔はバルドシティよりも規模の大きい企業都市だったらしいが、魔力の産出量が徐々に減っていくにつれて衰退。それに伴い人口もバルドシティに吸われ、廃墟となった。
人がいなくなってからしばらくすると、どこから現れたのか魔獣が住みつき始める。するとどうしたことか、魔力が尽きたはずの地に緑が溢れ水が湧き始めたのだ。これは都合がいいと再び人類がトーレントシティを訪れるも、そこは魔獣の楽園と化していた。とても住める場所ではないが、そこで取れる資源はぜひ欲しい。そうだ、命の安いハンターに行かせよう。
以来この都市はハンターの狩場となり、彼らは企業の欲しいものリストを埋めるべく奔走するのであった。
「空気がうめえなぁ……こりゃ戻るのが億劫になりそうだ」
コンクリートと植物の合わさったネオジャングルを歩きながら独り言ちる。
豊富な植物のせいか、企業の吐き出す排魔素ガスがないせいか、このジャングルはとても空気が美味い。常に饐えた匂いのする外層と比べると雲泥の差だ。
ディンゴの恰好はボロいツナギにタクティカルベストを着た、いかにも貧困層の駆け出しが中古で装備を整えました感のあるものだ。ほとんどが古着屋の安物で、タクティカルベストもくたびれている。腰のホルスターには一丁のリボルバーが収めてあり、それだけ新品なのが実にそれっぽい。
自分の恰好を客観的に見たディンゴは苦笑いをして肩を竦める。
「ま、こっからよ。にしても聞いた話じゃそろそろ魔獣と出くわしてもおかしくねえ頃だが……」
聞いていたシードマンの生息域にはとっくに入っているはずだが、未だに遭遇していない。警戒を高めつつゆっくりと歩いているが、気配すらない。
怪訝に思いながら邪魔な草木をマチェットで切り落とそうとした時、その刀身ががっちりと受け止められた。
「どわぁ!?」
驚いて手を放して後ずさる。
掴み手のいないマチェットは、しかし地には落ちずに蔓に巻き取られてしまう。
「ハッ! やっとお出ましかよ」
草木に紛れていたのだろう。
よく考えてみれば動くとはいえ植物に気配などあるはずもない。運よくマチェットが当たったから気づけたものの、下手をすれば背中からタネを植え付けられていた。背筋を伝うひやりとした感覚が意識を切り替えろと叱咤する。
魔獣と化した植物相手に何の効果もないただのマチェットなど通るはずもない。
シードマンは根っこを地面から引き抜いてこちらに近寄ってくる。人間の頭部に当たる部位が大きな向日葵のようになっており、そこからタネを飛ばそうとこちらに向けた。
腰のリボルバーに手を当てたディンゴが歯を剥いて獰猛に笑う。
「冗談じゃねぇ。俺はタネをつける側だ!」
下品なジョークを合図に、初めてのハンター業が始まった。




