金の無き者、人に非ず。意志の亡き者、生きるに能わず。
「ところでディンゴ。君はステゴロも結構いける口だね?」
箒で空薬莢を片づけていると、我がマスター殿が尋ねてくる。
足元では魔導掃除機が"山にすると吸いきれねえだろオラァ!!”とばかりにピーピー苦情を申し立てていた。
「むしろそっちがメインだよ。スクラップじゃない動く魔導銃は初めて触ったぜ」
へぇへぇと魔具様の言う通りに均してやる。するとお気に召したのか、餌を食べるように空薬莢を回収していく。ついでに拭き掃除まで済ませてくれるのだから大したものだ。
道具のご機嫌伺いをするのは色々間違っているような気もするが、これだけ便利だとそうも言っていられない。こうして人間は道具に飼い馴らされていくのだ。
魔具様の邪魔をしないように脇に避けると、葉巻片手に紫煙を燻らせるいぶし銀の方を向く。
「何で分かったんだ?」
「簡単だよ。かなり加減したとはいえ、駆け出しが私の抜き打ちを受けて血反吐ぶちまけなかった。それだけである程度の耐久と技術があると予想は付く」
つまり容赦なく血反吐ぶちまける程度の躾をするつもりだったということか。随分とスパルタな指導だが、まあこんなご時世だ。逆らう奴には相応の鞭が必要なのは否定できない。
「ってぇと、あんたも?」
師弟というには随分フランクな口調だが、これは彼の指示によるものだ。なんでもあまり枷を嵌めるような指導はガンマン向きではないとのこと。
だがそれ以上に、自分の丁寧語を聞いた彼が一言“気味が悪い”と口にしたのが主な理由だろう。
「いかにも。クイックドロウとクイックブロウは私の得意とするところだ。……君は運がいい。今の銃社会でリボルバーだけでなく、拳の師も得られる機会などそうはない」
葉巻片手にグローブで覆った手を握るマスター。
その拳は大きく、握るだけでぎしぎしと寒気のする音が鳴っている。
「……みたいだな。あんまり運に恵まれてると同期に恨まれそうだぜ」
少し恐ろしさを感じつつも、ステキな師が得られた幸運を天に感謝しておく。
実際こうも早く指導者を得られた利点は大きい。大抵は金を払ってギルドの講習を受けるか、どこかのチームに所属して雑用しながら教えを乞うのが常道だ。
個人指導を、それもガンマンで殴りにも精通している師を得られたのは望外の豪運と言えるだろう。
「機会を逃さなかったのは君の努力だよディンゴ。しかし何から何まで面倒を見るつもりはないから、そこは承知しておくように。私は一人でいる時間を貴ぶ」
「放任主義って訳か……ますます俺向きだな。愛してるぜマスター・セーブル」
「フフフ……私もだよパピー。だが今日の所は掃除が終わったら食事をして休みなさい。ポーションは便利だが、その場凌ぎに過ぎないことを忘れてはいけないよ。経験を積んで技術を磨き、教えを請いたくなったら連絡を寄こすといい」
追い込むところは追い込み、休ませるところは休ませる。
我がマスターは鬼教官だが、意味なくいたぶるサディストではないようで安心だ。
「……そうさせてもらうぜ。基礎訓練明けに徹夜は流石にきちぃ」
ポーションが齎す効果は劇的だが、それに頼り過ぎるのも良くないとも教わっている。
座学はあまり得意ではないとはいえ、まだ昨日……もう一昨日だが、教官に叩き込まれた知識は頭に残っていた。
欠伸をかみ殺しながら片づけを終えたディンゴは箒を仕舞い、魔導掃除機に“御苦労さん”と労いの声を掛けながら出ていった。
外に出たディンゴが空を見上げる。
高層ビルと排魔素で曇った空と、魔素反応を利用したネオンの明かりは都会ならではだ。昼夜問わず騒々しいが、早朝だけは少しはマシになっている。
徹夜明けの眼には辛い色とりどりのネオンから視線を外し、大きく伸びをする。
「さて、とりあえず飯にすっか」
その辺りの露店で済ませようかとも考えたが、どこも仕込みや設営をしていて営業できる状態になっていない。仕方なしにいつでも買える自販機からカロリーバーを購入する。
いくつかある内の一つを選び、ボタンを押してから自販機の中ほどにある読み取り機の前にマネーカードも兼ねているハンターカードをかざす。剥き出しの眼球のような結晶体が光を放ち、必要量だけ魔素マネーを吸い取っていく。
ゴトンと音がした取り出し口からカロリーバーを取り出し、歩きながら包みを破いて齧りついた。
「……まじぃ」
大豆の搾りカスを安い油で固めて調味料を雑にかけただけのカロリーバーはハッキリ言ってゲロまずだ。とりあえず栄養を取れるだけの代物で、その栄養すら偏っている。
実は今の魔学技術を用いれば同じ値段でもっと美味しいものを作れる。だが貧困層に甘い餌を与える意味がなく、現状を抜け出そうとも思わない落伍者を生み出すだけなので企業が規制しているらしい。
「ハッ! いい性格してやがるぜ」
天にそびえる高層ビルを睨んで悪態をつく。
だがまあ、有効な手だ。さっさと稼いで良いものを食べようと思わせる程度には、このカロリーバーはマズイ。
「なにはなくともまずは金か。借金もあるし、早く稼げるようならねえとな」
味を感じないように一気に食べきり、包み紙をゴミ箱へシュート。ポイ捨て対策のゴミを捨てた際にほんのわずかに得られる魔素マネーを浮浪者が貰っていくのに目もくれずに寄宿舎へ帰ると、泥のように寝た。
ハンターは危険な仕事をする代わりに得られるものがある。装備を買うための利息の少ない借金であったり、安い宿であったりだ。
ディンゴが泊っているのはそんな寄宿舎の一つ。雑魚寝で隙間風が寒い上に臭いが、どこよりも安い。
二段ベットの下で寝ていたディンゴが目を覚ますと、欠伸をしながら横を向く。見えるのは可愛いオンナノコ……などということはなく、髭面の汚いオッサンだ。別にこのオッサンと朝チュンしたわけではない。単にベッドが置いてある間隔が極端に狭いのだ。ベッド自体も狭いので横を向けば常に野郎の顔が迎えてくれるというわけだ。
「……早く稼げるようにならねえとな」
拳を握り締め、昨日よりも強く決心するディンゴであった。
ギルドに借金があるハンターは行動を厳しくチェックされる。報酬金から天引きされるので取り立てとは関係ないのだが、時折そのまま逃げる奴がいるのだ。当然ハンターズギルドの威信を掛けて取り立てるので逃げられた奴は一人もいない。内臓でも処女でも童貞でも、ありとあらゆる手段で債務者から取り立てる。途中で自殺した奴はいるが、死体まできっちり有効活用して金を取り立てる徹底ぶりである。
とはいえなるべくなら死んでない方が取り立てやすいので、ギルドも初心者用の依頼を優先的に回してくれる。
「シードマンの討伐……なんとも夢のある仕事だぜ」
シードマンとは人型に変貌した植物魔獣のことだ。勢いよく子供の拳ほどのタネを飛ばして外敵を駆除し、武器に使ったタネが外敵の肉を苗床にして繁殖する。受粉もいらないトンデモ生物である。
なんとタネが美味いらしく、蒸すと硬い皮がペロリと剥けて実は枝豆のような味がするのだとか。食べ過ぎると中毒になるので注意と言われた。
これを選んだ理由は至極簡単。
「そろそろカロリーバー以外が食いてえ……」
しかし金はない。報酬も最低限を残して借金返済にギルドが持っていく。
ならば現物を手に入れてしまえばいい。穴が空いてたり形の悪いキズモノはギルドも買い取らないが、これは見逃してくれているのだろう。
仕事をして借金を返そうという気概があるならば多少の贅沢は目をつぶってくれるらしい。
そういうわけで、初めてのおしごとは植物野郎に決まった。




