その道の心得
翌朝。
銀髪にカウボーイハットのガンマンが訓練所に顔を出した。ハンターズギルド経営の訓練所は24時間運営だ。金は掛かるが許可さえ下りればいつでも使えるし、訓練用模擬弾ならば格安で売ってくれる。
カツカツと規則正しい足音が人気のない静かな室内によく響く。
眠そうにしている受付が彼に気づくと、ぴしりと背筋を伸ばして応対する。
「これはセーブル様! 本日はご利用ですか?」
セーブルと呼ばれた彼は施設内を見回して一つ頷いた。
「昨日連れてきた犬コロはどうしているね?」
「……ああ、あいつですか」
尋ねられた受付は困ったような、それでいて少し感心するような口調で答えた。
「一晩中撃っていましたよ。しょっちゅう弾の申請をしてくるものだから寝不足ですけどね……」
「ほう? 一晩中かね」
一度に購入できる模擬弾の数には制限がある。とはいえその制限はフルオートで扱う魔導銃基準の弾数だ。リボルバーで撃つには数倍の時間が掛かる。それをしょっちゅう買いに来ているという。
サングラスの奥に隠された彼の目がすっと細まった。
「……そう言えば銃声が収まっていますね。流石に寝落ちでもしたかな? 確認してきます」
「いや、いい。私が行こう」
セーブルは言うが早いか、昨日使っていた訓練場に向かう。規則正しい歩幅でカツカツと、しかしどこか上機嫌に。
頑丈な扉を開こうとノブを掴む直前、彼の手が一瞬止まる。
少し考えた後、あえて勢いよく扉を開けて入室する。室内を見回すまでもなく、昨日見た青年が立っている。
訓練室の床は空薬莢だらけだ。円形の自動掃除機が定期的にピーピーと音を立てゴミ箱がいっぱいであることを伝えている。
彼は寝てなどいなかった。立ったまま、銃を撃たずにただ構えていた。
半身になって的を前に腰の銃に手を当てている。教えた通りの構えではなく、ほんの少しずらして彼の体に合わせた構えは、幾度も練習するたびに身に付いた自然な崩しであることを窺わせる。
「―――」
夜通し撃ち続けて疲労の色濃い顔をしているが、眼だけは一点の曇りもなく的を……いや、敵を見据えている。セーブルが騒々しく入室したというのにその集中は些かもブレず、ただひたすらにその時を待っていた。
一言も喋らず、目すら合わせていない。
だがセーブルには彼が何を言っているかが分かる―――その背が語っている。
「いいだろう」
鷹揚に一つ頷き、懐からコインを出して青年の隣に並んだ。
腰に手を当て、左手で宙に弾く。
コイントス。
今や魔素マネーでやり取りするのが当たり前の時代では廃れた文化だが、伝わらない心配はしていない。タイムを計るための機材も設置されているが、セーブルはあえてこの手法を選んだ。
時代遅れの手法に、時代遅れのクラス。
……最高だ。
並べられた的は11。昨日教えたガンマンの早撃ち勝負のやり方だ。
右にいる者は右端から、左にいる者は左端から。合図と同時に撃ち始め、中心を先に撃った方の勝ち。例外はあるが、六発装填が基本のリボルバーではよくある早撃ち勝負だ。
宙に舞うコインがゆっくりと回転し、甲高い音を立てて床に落ちた。
「―――っ!」
勝負は一瞬。
重なって聞こえる銃声は三発。しかして放たれた銃弾は六発。
当然全てど真ん中。記録は取っていないが、自らの最高記録に迫るであろう手応えだ。
対して青年の記録は―――
「……クソが。不合格かよ」
彼の弾は一つたりとも的を捉えていなかった。二つ放たれた弾丸は的の端を掠めただけだ。
三発目を撃つ前にセーブルは中心を撃ち抜いていた。
今ので緊張が切れたのだろう。疲労を隠さない表情のまま芝居がかった様子でやれやれと首を振る。
「……で、目標達成できなかった俺はどうなる? お尻ぺんぺんでもしてくれるのかい?」
固まりきった血が張り付いた魔導銃を手入れしようと苦戦しながら青年が不貞腐れている。
今ので新たに傷が開いたのか、拭くそばから新しい血が銃身を汚していた。
セーブルはフッと銃口から立ち上る魔力の残滓を吹くと、ホルスターに愛銃を回転させて仕舞いながらアンプルを一本取りだした。
有無を言わさず疲労で鈍った青年の手を取ると、その肩にアンプルを注射する。
治癒と気力の魔術を籠められた高価な薬液が彼の傷と気力を一気に回復させる。
「……っ、うお! なんか滾ってきたんだが!? なにこれオッサ……あー先生?」
「今から私のことは師匠と呼ぶように。いいね?」
突然湧き上がって来た気力に困惑していると、更に意味不明な言葉を投げつけられた青年がきょとんとした顔をしている。野良犬のような顔つきだが、そうしていると意外に愛嬌がある。
「あ? だがよ、俺は一つも……」
「私は当てろと言った覚えはない。撃てと言ったんだよ」
六発撃つ間に一発。
課したのはそれだけだが、この青年が成したのは二発。つまり……
「十分、合格ラインだ。花丸をあげよう……名は?」
ニヒルに笑ったセーブルは右手を……利き手を差し出した。
遅れてその意味を理解した青年は慌てて右手を拭き、しっかりとその手を握り返す。
「ディンゴだ。よろしく頼む」
「ディンゴ。最初に言っておくことがある」
セーブルはサングラス越しにディンゴの目を見た。真剣な声音にディンゴも口の端を引き締めて聞き入っている。”素直でいいことだ、見た目ほどには擦れていないらしい”とセーブルは彼の評価を改める。
そして自身に師事するうえで、最も大切なことを教授する。
「いいかい? ―――我らが愛すべき至高のクラスは、ガンマンと呼ぶんだ」
「応! ………おぅ?」
威勢のいい返事を間髪入れずに返したディンゴだが、言葉の意味を飲み込んだ後に怪訝そうな顔になる。
「あー、マスター? 呼び方変えるのには文句ないんだけどよ、それには一体どんな意味があるんだ?」
正式名称、ということはないはずだ。
ギルドで登録する際にも職員などはガンファイターやガンスリンガーと呼んでいたし、書類にもそう書いてあった。
(……そういや、あの偉そうなマッチョだけはガンマンって言ってたか?)
ディンゴを連行した張本人。後で聞いて驚いたのだが、なんと支部局長らしい。どう見ても現場にいるべき体つきをしている偉丈夫だったのだが。
ディンゴのとりあえず師の言うことには諾と答える姿勢に満足そうに頷いたセーブルが襟を正し、カウボーイハットのつばを指で押し上げる。
このナイスミドルがそうしていると、本当に映画の登場人物のようにキマっている。
「当然……その方がかっこいいからさ。君とて伊達や酔狂でこのクラスを選んだはずだ、気持ちは分かるだろう?」
「そりゃあ、確かに」
ガンファイター……いや、ガンマンを性能で選ぶ者はまずいない。あまりにも不確かなクラスで、強くなれる保証もない。無論どのクラスも強くなれるのは本人次第なのだが、尖り切れずに中途半端で終わってしまった時の潰しが利かなさ過ぎるのだ。
ウォリアーよりは硬いがナイトには及ばず、壁役にはなれない。一発の火力は高いがアサシンが扱う狙撃銃には敵わない。発射数による制圧力など全クラス最下位。
それが二週間の基礎訓練場で得られたガンマンに関する評価。少しでも安定思考のあるまともな人間ならば選ばないのだ。
あの支部局長が"君が馬鹿か?”などと聞くのにも合点がいくというもの。
「伊達を貫け、酔狂を楽しめ」
カウボーイハットを目深に被りなおしながら銀髪のガンマンは嘯いた。
「それがガンマンの……私たちの生き様さ。どうだい、最高だろ?」
ディンゴは見た。バイザー越しにわずかに透ける彼の眼を。
酔っている。狂っている。
どれだけ理性的な振る舞いを見せていようと、彼の本質は狂人の部類。
そこにこれから自分も足を踏み入れるのだと思うと―――楽しみで仕方がない。
「―――あぁ、最高だ」
自身でも気づかぬうちに、ディンゴの口が弧を描く。
満足いく答えを得たセーブルがコートの裾を翻した。
「そうこなくてはな。可愛げのない弟子よ」




