時代遅れのRock'n'Roll
回転式拳銃。
魔術刻印に描かれていたのは胸の前で二丁のリボルバーを交差させて持った骸骨だった。
「ガンファイター、ガンスリンガー……そしてガンマン。どれでも好きに呼べ」
「……そいつが俺にお似合いってことかい?」
時代遅れって言いたいのかよ。
そんな考えがありありと見える表情のディンゴに狐先輩は慌てるなと煙草を消す。
「確かにリボルバーは時代遅れだ。威力、装弾数、射程距離、扱いやすさ……全てにおいて劣っていると言っても過言じゃない。魔導銃単体の性能で見ればオートマチックに勝る点はジャムらないことくらいしかねぇ。が、それも今じゃ魔導銃の性能も上がって余程のことがない限りならねえと来た」
「……」
それだけ聞いているといいとこ無しだ。だが二言目にはタイパだコスパだと口にする現代社会で今もなおこのクラスが残っている。それも命がけの仕事を常としたハンターたちの間にだ。そのことを思えば黙って聞こうという気にもなる。
トントン。先を促すようにテーブルに置いた指を鳴らす。
「だが魔術刻印があれば話は別だ。弾数が少なく弾丸が剥き出しで魔力が乗せやすいから一発の威力に優れているし、ガンファイターのスペルもそれに特化している。熟練のガンファイターが放つ魔弾はナイトの防御すらぶち抜くって話だぜ?」
話なのかよ。見た所ベテランの風格を持っているこの狐先輩でも伝聞ということは、それだけこのクラスのなり手や熟練者が少ないということに他ならない。
「しかも硬い。弾に魔力乗せやすくて撃つ数も少ないとなれば、その分の魔力を防御やら他に回せるって寸法よ」
「……まあ、話は分かる。俺が聞きたいのはなんでそのガンファイターに殴りが向いているのかってことだよ」
それまで饒舌にガンファイターの利点を話していた狐先輩の口がぴたりと止まる。ポリポリと鼻の頭を掻きながら目を逸らした。
どうやら効率化社会でこのクラスが生き残っている理由は浪漫とか情熱とか、そういった類によるものらしい。
「正確には魔力を他に回せるじゃなくてぇ……他に回してやりくりしないとどうにもならなかったのよ」
「そんなこったろうとは思ったが……」
狐先輩の説明を継いだダークエルフ姐さんが苦笑いをしている。
つまり他のクラスは魔力を十分に生かして銃撃戦をできるのに対して、ガンファイターは余りに余った魔力を他の小技にまで回してやっと並べるということなのだろう。
「強いことは強いのよ? 実際長く生き残っているガンファイターは名の知れた人ばかりだもの。でもねぇ……戦い方が千差万別というか、常道や定番が一切ないのよね」
姐さんは困ったように笑いながら一応フォローはしているが、思わずこちらも苦笑いせずにはいられない。
つまりガンファイターとは自分だけの戦い方を確立しないとやっていけないクラスということだ。そしてそれだけの才があるなら別のクラスでも十二分に大成するだろう。結局物好きが選ぶというのは間違いない。
どこか非難するようなダークエルフ姐さんの視線を受け、狐先輩は脇に置いた突撃魔導銃を撫でて肩を竦める。
「このエングレイブを開発した奴は相当の物好きでな。魔弾系スペルもリボルバーだけに特化している特別仕様だ。勧めといてなんだが、選ぶなら覚悟がいるぜ?」
こちらを試すような口ぶりで煽る狐先輩。
「ちょっとやめなさいよぉ……ゴメンねウチの人が。時間はあるんだし、もう少しよく考えてから」
「―――いいや、もう決めた」
「え?」
正気を疑うような目でこちらを見る姐さん。エルフ特有の長い耳が左右で別の角度を向いているのが少しおかしい。
「いいのか坊主? そんな簡単に決めて。一度彫ったエングレイブは二度と戻せないんだぜ」
「構わねぇよ。いいじゃねえか、時代遅れ」
実のところ、最初に聞いた時からほとんど決めていたのだ。
幼い頃に見た旧時代の映像作品。子供心に憧れたあの姿に自分がなれると知ってしまったからには、もう止まれない。
「半端な覚悟なら死ぬぜ?」
「上等だ。命賭けなきゃ面白くねえ―――だろ?」
そうとも。命が惜しければそもそもハンターなどは選ばない。
もっと安全で、もっと堅実に稼げる仕事などいくらでもある。それを承知の上で、この稼業を選んだ。ならばどこに躊躇う必要があるだろうか。
「どんなことだって本気でぶつかるから面白い。それに命が必要だってんなら、俺は迷わずそいつを賭けてみせる……いや、もう賭けた」
自身の進退が掛かった状況で言った。言ってのけた。
あんぐりと口を開けているダークエルフ姐さんと、ド級のバカが来たと大喜びの狐先輩。
「よっしゃぁ! よく言った! それでこそハンター、いやガンファイターに相応しい! 待ってろ、今局長に掛け合ってやる!」
ガタリと立ち上がり、相方が止めようとするのを振り切って奥へ走り去っていく。
"久しぶりにバカが来たぞぉ!!”とギルド中に聞こえる声で叫びながらの狂行である。
―――そこからは早かった。
ギルドのお偉いさんらしき服に身を包んだ全身が筋肉で出来ているかのような偉丈夫が現れ"君がバカか?”と失礼極まりないことを言い出し、肯定すると奥へ連れていかれた。
何故か、逃げられないようにがっちりと肩を押さえられて。
手に風穴を開けてくれた受付嬢に憐れみを籠めた視線を注がれながら、状況も理解できぬまま半ば誘拐に近いような形で連行される。
魔術刻印を彫るのに必要な借金の契約書へのサインなどなど、諸々の手続きがディンゴ以外の手でとんとん拍子に進んでいく。それは特別扱いというよりも、捕まえた獲物を絶対に逃がさないように外堀を完全に埋めているかのようだ。
三日掛けてエングレイブを彫り、体に馴染んだのを確認するなり次の場所へ。
ハンター初心者の定期訓練に有無を言わさず放り込まれ、二週間の基礎訓練を課された。ひたすら体力訓練と魔力の起動、魔導銃の扱いを反復練習する地味な内容だったが、もともと体力に自信はある方だったのでそこまで苦痛でもなかった。余裕があることを教官に見抜かれてからは追加負荷を掛けられ地獄だったが。
やれやれようやく終わったかと一息ついたらそのまま連行され、クラスごとに行われている有料訓練へぶち込まれた。クラスごととは言ってもガンファイターを選ぶ物好きはほとんどいないので実質ディンゴと教官のマンツーマンだったが。
そこでは魔導銃の扱い方や基礎体力・基礎知識を重点的に教えられた定期訓練とは違い、より実用的な技術をひたすら覚えさせられた。
具体的に言うと早撃ちである。
常道や無難といった言葉からは遠くかけ離れたガンファイターであるが、これが使えないと話にならない。ただでさえ手数と射程と命中精度と制圧力と総合火力とその他諸々劣っているのだから、勝てる分野では圧倒的と言えるほどに差を作らないとやっていけない。
抜いて、撃鉄を起こして、引き金を引く。
これだけをひたすらに練習させられた。本当に、夢に見るくらい練習させられた。
「狙いつけるのなんて後で覚えればいい。まずは先に抜くこと、撃つこと。これが相手より遅いガンマンなんぞゴミだよ。銃の位置を頭ではなく体に覚え込ませろ。抜いた時には撃鉄が起きているのが当たり前という環境を身につけなさい犬コロ」
銀髪にカウボーイハットをかぶり、サングラス型の多目的バイザーを掛けたナイスミドル。
教官役に雇われた彼はディンゴが抜いて一発撃つ前に、六個の空き缶を宙に舞いあげながらそう言った。なお、彼の教導費用もディンゴの借金に含まれている。返せないときには臓器を売り払って工面する契約だ。
親指と人差し指の間を血塗れにしながら流石にそれはどうなんだと愚痴るディンゴに、銀髪ガンマンは不思議そうに言った。
「どうせモノにならなきゃ死ぬんだから、大した問題ではないだろう?」
「……それもそうだ」
ハンターはミスをすれば死ぬのだ。ならば借金など知ったことではないし、死体がどう扱われようと大した問題でもない。
ところで手痛いから治して? と見せれば、ナイスミドルは鷹揚に頷いてくれる。
「フム……手が痛くとも抜かなくてはいけないときはある。その訓練だと思いたまえ」
「優しすぎて感動しそうだぜ、なあおい!?」
半ギレで興奮状態のディンゴが胸ぐら掴む勢いで迫れば、反応すらできぬ速度で抜かれたクイックブロウが胴を打ち抜いた。銃弾よりも速いんではないかと思わせる衝撃が体を貫く。
教官は声も出せずにうつ伏せで倒れるディンゴの背を踏みつけ、大人の魅力漂う余裕のある笑みを浮かべる。
「礼には及ばない。それと訓練用とはいえ魔導銃を錆びさせたらぶち殺すので、手入れを忘れないようにするんだ。いいね?」
「……アイ・サー」
「結構。では明日までに私の六分の一程度は撃てるようになっておくように。それが出来たら帰ってよろしい」
参考タイムと映像を魔具の投影機で表示させて颯爽と歩き去る銀髪ガンマン。
彼が居なくなった後、ようやく動けるようになったディンゴがむくりと起き上がる。たった一打とは思えぬ威力と収まらない吐き気が、教官と自分の明確な差を物語っているようだった。
ディンゴは据わった目でその映像をしばらく見続け、血の滴る手で早撃ちの訓練を再開した。




