しょくぎょう を せんたくしてください
ファンタジーらしく、この世界には化け物がいる。
魔力を使って魔術を扱う人間がいれば、同じように魔術を扱う獣がいる。
魔獣と呼ばれるそいつらは古くから人類と勢力争いを続けてきたが、魔術が庶民にまで広く伝わってから流れは大きく変わった。魔術使用者が増えたことによる集合知とは侮れないものだ。より効率よく、より強力な魔術が開発されていった結果、流れ作業の如く処理された魔獣はその勢力を大きく減退させることになる。
人類の勢力圏を脅かすような危険な魔獣は淘汰され、勢力圏を侵さなくてもこちらから出向いて根絶やしにした。一部人類に有益な魔獣だけは家畜化され生かされてはいるが、それはもう魔獣とは呼べまい。
人類は魔獣との生存競争に勝ったのだ。
しかしここ百年で事情は変わった。魔力を使い果たして荒野と化した人類が近寄らぬような場所ではどこからか魔獣が住みつき出し、その数を増やし始めていたのだ。
地下に逃れていたとも他の地から来たとも言われているが真相は定かではない。
問題なのがこの魔獣、以前とは随分と様変わりしていることだ。荒野に投棄した魔学産業廃棄物のせいだと声高に叫ぶ環境派や、魔力の使い過ぎに星の防衛機構が働いているのだと説く宗教家など様々な意見が出されているが真相は以下略。
変異した魔獣、その変化は大きく二つ。
強くなっていることと、知性を獲得していること。強さの度合いも知性の度合いもかなりまちまちで、中には人類と意思疎通できるほどの知性を獲得している個体もいれば、爬虫類や昆虫的な賢さ……決して人類と分かり合えないような個体もいる。というか後者がほとんどだ。
彼らは特殊な肉体をしており、その体からとれる素材には現代魔術をしても有益と言わざるを得ない物が多く見つかった。その血肉は魔術の触媒として高い効能を発揮し、頑丈な外殻は魔導銃のフレームを初めとした様々な道具に最適だった。
魔獣の素材が持つ可能性に目を付けた企業はこれを高く買い取り、一獲千金を求めた者達はこぞって魔獣を狩りだした。これがハンターの成り立ちである。
「―――で、魔獣が思ったよりも強えもんだからぽこじゃか死人が出た。それを見過ごせないからってのは……まあ建前だな。金で馬鹿ども釣って効率よく物資を集めるために企業が金出し合って設立したのがハンターズギルドってわけだ」
「ほー」
狐男の話を聞きながら穴の開いていた掌をにぎにぎし、天井の明かりに透かしてみる。真っ赤な血潮は流れているが、穴はきれいに塞がっているので向こうの景色が見えることもない。
「まだ痛むかしら? ワンちゃん」
「……いや、絶好調だよ。サンキュー姐さん」
派手な格好をした女性へ頭を下げて礼を言う。
治癒も満足に使えないがカッコつけた手前、受付嬢に治してくれとも言えずに床を汚していると、見かねた彼女が声を掛けてくれたのだ。
褐色の肉感的な肌と尖った耳が魅力的な大人のダークエルフだ。
露出の激しいボンテージのような服を着た彼女はパチリと色っぽくウインクをしてくれる。
「そのハンターってやつについてもっと詳しく教えてくれないパイセン?」
「しょうがねえ奴だなぁお前は」
狐の獣人は先輩呼ばわりにまんざらでもなさそうにしている。とんがり鼻を上に向けて尾も機嫌良さそうだが、これはこちらに聞きやすい雰囲気を演じてくれているのだろう。
‟映画みたいなかませキャラを演じたお前には、映画みたいな物知りオジサンが必要だろ?”
芝居がかった台詞を言いながら現れた狐顔のビーストは馬鹿丸だしな俺のやられ方が甚く気に入ったようで、こうしてハンターとしての基本を教えてくれている。ボンテージが眩しいダークエルフ姐さんとはパーティーメンバーらしい。羨ましいことだ。
「まずは職業を選ぶことだ」
「あん? 職業はハンターだろ?」
「この場合の職業ってのはクラスのことだよ。ニュービー」
狐先輩が煙草を取り出すとすかさずダークエルフ姐さんが火をつける。とんがった口のどこで吸うのかと思えば、頬の横辺りで斜めに咥えている。
一息、ゆっくり吸ってから吐き出される煙。
それを指先で絵を描くように動かせばあら不思議。煙はかき消えずにその形を変えていくつかの紋様を宙に作り出した。魔素を含んだ煙草の煙を魔力操作で弄っただけ。ただそれだけの宴会芸に近い技術だが、決して簡単ではない。
「ハンターってのは例外なく体に魔術刻印がある。こいつは今の銃社会で魔術を活かすために先人が作り出した業そのもの」
言いながら狐先輩が腕を捲る。毛皮の上からでも分かるように彫られているのは"長剣掲げる戦士”。
煙草の煙で描かれた紋様の一つに同じものがある。
この魔術社会において、杖を振って呪文を唱えるような古臭い魔術は淘汰されている……という訳でもないが、少なくとも戦いの場からは姿を消した。威力も範囲も術者の才能に依存するような魔術は効果も高いが周囲への被害も大きく、利益こそを至上主義とする企業には好まれなかった。
誰でも使えて効果もはっきりしている……そんな機能が求められていくうちに魔導杖は徐々に姿を変えていき、ついには魔術で弾丸を撃ち出すようになっていた。範囲も狭く威力も低いが、生物を殺すことに特化したその道具はとにかく速かった。詠唱を必要とせず魔力を籠めて引き金さえ引けば誰でも使える。
そんな魔法のような道具は瞬く間に古臭い技法に拘る魔術師を駆逐していき、戦いというものの在り方すら変えてしまった。剣は廃れ、一部の物好きを除いて護身用のナイフを腰に下げる程度へ。呪文を唱える大掛かりな魔術はほとんどが姿を消し、その技法も失われていった。
杖から銃へと名前と形を変えた魔導具は爆発的に普及していき、魔弾飛び交う戦場へと様変わりしたのだ。
しかし時代が変われば魔術も変わる。現代の速い戦場に対応すべく、新しい形で魔術が生み出された。
それが魔術刻印。
体内の魔力を予め刻み込まれた術式に従って自動発動させる最速の魔術。長い詠唱を必要とせず、必要なエングレイブを彫ってキーとなるスペルを口にすれば誰にでもできるオートマチック魔術の台頭だ。
「俺は戦士のクラスだ。エングレイブごとに性質や使える魔術が決まっててな。自分がどんなハンターになりたいかに応じてクラスを決めるのさ。後から変えられるもんじゃないから、よく考えて選べよ?」
「クラスか……」
「ちなみに俺のウォリアーは耐久もあって魔弾に籠められる魔力もそれなり。だが騎士とガチンコバトル出来る程の耐久力はないし、魔術師と火力勝負すりゃ蹴散らされる……まあ器用貧乏職ってやつだ!」
がっはっはと笑いながら煙を吐き出す狐先輩。いや笑い事じゃねえよと思いながらも自虐的なジョークに愛想笑い。
「クラスの説明を始めちゃうと長くなるからおいといてぇ、ワンちゃんはどんなハンターになりたいのかしら?」
セクシー姐さんが足を組み替えながら尋ねてくる。褐色の肉感的な悩ましい姿に思考が一瞬乱れるが、振り払って今だけは真剣に考える。
自分がどうなりたいか。どんな風に強くなりたいか。
考えてみるもどうにも思いつかない。こうありたい、というものはないでもないが、どちらかと言えばもっと抽象的なものだ。心構えに近い。
知恵熱でも出しそうな顔で黙り込んだディンゴに狐獣人とダークエルフは顔を見合わせて苦笑する。
「大事なことだが考え過ぎてもしょうがねえからなぁ……おい犬っころ。お前何が得意だ?」
「あー……ぶん殴ること?」
悩んでいたこともあり反射的に口にしてから失敗したと眉を顰める。これから魔導銃をぶっ放して生きていこうという自分が喧嘩自慢してどうするのだ。
「あるぜ。お前向きのクラス」
「え、あんの?」
だが狐先輩はにたりと笑ってそう言った。肉食獣の口が弧を描いている。本人は悪戯っぽく笑っているつもりなのだろうが、ずらりと並んだ牙が地味に怖い。
狐先輩は片手を振って一つを残して他の紋章を掻き消した。
残された紋章……いや魔力刻印は―――




