安い命なれども
呼吸がしやすい。
そう思ったのは何度目かの襲撃を退けた後に他のハンターが苦しそうにしているのを見た時だった。安物や代用品では通気性が悪いので無理もない。そこに金を掛けられるようなハンターが参加する仕事ではないから当然なのだが。
しかしこのマスクは息苦しさをあまり感じず、その割には砂塵も気にならない。
蜘蛛の糸製マスク、恐るべし。
「礼を言っとかなきゃな」
「なんか言ったかディンゴ? リロード!」
「何でもねえよ、カバー!」
リロードとカバー。
弾切れるのでリロードしますよ。分かりました、カバーしますよ。そんな意味だ。
弾幕を途切れないようにするための仲間同士での声の掛け合い。
本来であればARのカバーをリボルバーで出来るわけがない。
だがそれを可能にするのがエングレイブであり、スペルであり、ガンマンだ。
弾数を削ることにより高めた威力はゴーレム相手でも有効打となる。
長期戦による弾切れにも強く、継続戦闘能力にも優れている……と言えなくもない。どうやっても他の銃種には及ばないのが現実だが。
それでも飛び道具のないゴーレム相手ならばそんな動作は必要なく、各々好き勝手にリロードすればいいだけのはずだった。
「最近の魔獣は賢いな。人類ヤバくね?」
ディンゴの視界に映るのはゴーレムの群れ。しかしその姿は先ほどまでとは随分違っている。
無駄に大きい的はかえって不利になると言わんばかりにサイズダウンし、近接一辺倒だった攻撃手段は拳大の石弾を撃ち出す遠距離型に変化している。片腕を肥大化させて砲にした歪な格好だ。
先ほど処理したゴーレムの残骸を盾に石弾を放ってくる姿は、現代の銃撃戦を彷彿とさせるものであった。
「いつもこんなハードなのか?」
狙いを定めて二連射。
一点に撃ち込まれた魔弾が削れたバリケードをぶち抜いて隠れていた小型ゴーレムを破壊する。
同じことを二回繰り返し、六発を使い切った頃には相方のリロードが終わる。
「こんなこと初めてだよ! ヤバい弾切れそう!!」
空のマガジンをポーチに突っ込みながら泣き言を漏らすハンター。
口には出さずとも彼だけではなく他のハンターも同じような状況なのだろう。いつしかフルオートの射撃音は鳴りを潜め、単発の銃声だけが響くようになっていた。
死人こそいないがハンター側にも被弾する者が出始めており、実感できるほどに火力が不足している。被弾する者を回復するためにさらに手数が少なくなり、手数が少なくなったので被弾する者が増える。悪循環だ。
「親方ぁ、これ早めに切り上げた方が良くないかね?」
ディンゴが声を上げると、彼も分かっているのか渋い顔をして唸った。
「……既に回収班にも伝達してあるが、移動しようとすると奴らが妨害してくる。焦るな、数を減らしながら徐々に出入り口側に移動するぞ」
坑道の出口は一か所。
ゴーレムが攻めて来ているのは横からで、互いに横に展開し睨み合いながら出口へじわじわ撤退している最中。平行線という奴だ。
初めの頃はもう少し余裕があったのだが、採掘した魔石の運び出しを優先している内にゴーレムは数を増していき、今や迂闊には動けないほどに膠着していた。
撤退が遅れたのは別に判断ミスという訳では無い。ハンターの命よりも魔石の方が重要というだけだ。そもそも依頼にはこういう事態も込みの報酬が支払われている。文句を言う筋合いはない。
とは言えあまりに露骨な捨て駒は反感を買うため、企業側もある程度は助けようとする。具体的に言うと損なう信用代も含めた利益に見合う間は。その天秤がどこまで傾いているのかディンゴたちに知る術はないが、親方の顔を見るにそこまで時間はかからないように見えた。
「お、おい! また増援が来たぞ!?」
「嘘だろ……!」
「もうヤバいんじゃ……」
駄目押しとばかりに坑道の奥から追加のゴーレムが現れ、ハンターたちの間に動揺が走る。
横目でちらちらと互いの様子を窺いながら及び腰になっていて、今にも逃げる算段を立てているようにも見えた。
「……これまでか。―――これより出入口付近のゴーレムを蹴散らして撤退に入る! 撃ちながら聞け!」
著しく士気が下がったのを感じ取った親方はここいらが潮時だと判断したのだろう。
魔石の運搬を切り上げると撤退の指揮を始めた。
「足の遅いナイトとプリーストは殿だ、防御と回復は任せたぞ。他は弾幕を維持しながら戦線を動かす。ウォーリアは突破力を活かして出口付近の敵を蹴散らせ!」
指示を聞いてようやく撤退かと安堵の息を漏らす者もいれば、ウォーリアと殿を命じられたクラスが表情を硬くする。特に指名されなかったガンマン……ディンゴが気楽なものだと思っていたら、その肩をがっちりと掴む者がいた。
「お前は切り込み隊長だ。嬉しいだろガンマン?」
親方がにっこりと笑いながら“残弾が一番あるのはお前だ”と死の宣告を喰らわせてくる。
「……鉄砲玉の間違いじゃないか?」
「そこで気にするのが呼び方な辺り、お前はガンマン向きだよ。心配するな、生きていれば飯ぐらい奢ってやる」
「ヤァ、そいつは有り難くて涙が出そうだ。墓でも建ててくれるのかい?」
「酒の席でネタにしてやる。口だけ達者なダサいガンマンがいた、とな」
こちらを試すような口ぶりで言われれば、つられて笑みを浮かべる。
「オイオイ……そりゃ意地でも死ねないな?」
撤退が決まったことで残弾を気にしなくてよくなったことにより、フルオートが一時だけ復活する。そうしてできた貴重な時間を使って突破組が準備を整える。水を飲んで呼吸を整え、残弾を確認してスペルを発動。
七人のウォーリアと一人のガンマン、合計八人が突破役だ。
他のウォーリアはツーマンセルを組むようで、声を掛け合って使えるスペルを確認している。
迎撃戦でよく話していたハンターはウォーリアではないので、ディンゴはクラス的にも武器的にもあぶれてしまった。
はーい二人組作ってーというやつだ。
あいにくこの場ではディンゴと組んでくれる先生は不在というのが泣ける。
「そこのガンマン」
一人寂しく弾倉に特殊弾を食わせていると、そんな声が掛けられた。
振り向けばそこにはあの鎧武者が佇んでいた。傍らには黒い蜘蛛。
兜のせいでくぐもっているが、案外若いのか男にしては高い声だ。想像していたような渋い声ではない。
武者は兜から覗く紫の瞳を真っ直ぐに向けながら、面頬の奥で口を開いた。
「背中を任せてもらえないだろうか」
端的、かつ直球。
ブレることのない一直線な視線は今の時代、とても珍しいものだ。
「俺で良ければ付き合うぜ、サムラァイ」
遠く異国にかつていたという、古い騎士の名を口にする。
知っているとは思わなかったのか、鎧武者が少しだけ驚いたように兜を揺らした。兜の後ろから垂れる真っ白い飾り髪が波うつのが、場違いに美しいと思った。
「準備はいいな? スリーカウント!!」
鎧武者は何か言おうとしていたが、親方の言葉に意識を切り替える。
背のARではなく腰の電磁ブレードに手を置く当たり、どちらが得意なのかが窺える。
ディンゴは突撃に備えて膝にバネを溜め込む。
ぎちぎちと音がするほど、強く。
「ワン!」
脚に力を籠め、姿勢を低く。
「ツー!」
リボルバーを額の前にあて、深呼吸一つ。
「スリー! ゴーゴーゴー!!」




