悪意と善意
昼休憩は交代制で、先に採掘班が食事を摂ってから迎撃班へと代わる。
その際に役割も代わり、午後からはディンゴたちが迎撃班となる。肉体的には採掘班の方が辛いが、精神的な負荷は迎撃班には及ぶべくもない。
駆け出しハンターが多いなら尚のことであり、それを見越して交代制をとっている。
依頼主であるナルサワ重工傘下の企業はハンターというものをよく理解しているらしい。
プレートに載せられた硬くてデカいクラッカーと甘くないピーナツバター、ベジペーストにトマトで煮込んだひよこ豆の缶詰がディンゴたちの昼食だ。
一山いくらのハンターたちに支給される食事などこの程度で十分……そんな意図が伝わってくるような食事であった。いや、意図的にそうしているのかもしれない。ハンターたちが現状に甘んじて向上心を忘れないようにするために、楽な道には相応の待遇しか待っていないのだと理解させるために。
食欲は全く掻き立てられないが、とにかく量だけはあるのが救いか。空きっ腹を抱えて体を動かさなくていいのだけは助かる。何よりタダだ。タダより高いモノはないが、粗悪なタダなら信じられるのだから不思議なものだ。
「ふぅ、ごっそさん。散歩行ってくるわ」
味も素っ気もないカロリーの塊をコップに色が移りそうなほどに青い粉ジュースで流し込んで立ち上がる。他の駆け出しハンターたちはあまりこういった食事に慣れていないのか、ペースがゆっくりだ。
「ディンゴ食うの早いな。片付けとくからゴミはそこ置いとけ」
「わりぃな」
共に作業をしていたハンターたちの前で口止め料を食べるのも気が引けるので、食後の散歩がてらデザートを楽しむことにする。散歩と言っても何か珍しいものがあるわけでもないので、遠巻きにゴーレムが襲って来た経路を地図と見比べる。
「……うめぇ。これメーカーどこだ?」
チョコケーキバーを一口齧ると、その味に思わず声が出る。以前ファットマンにもらったやつよりも格段に美味い。カロリーバーって値段でここまで変わるものか? ただ甘いだけの雑な味覚ではなく、味に深みや奥行きといったものを感じる。
あっという間に食べきってしまった。もう少し味わうべきだったかもしれないが、止まらなかった。
斜めに破った包装紙を繋げてどこの企業が作ったのかを確認しようと四苦八苦していると、カチッカチッと音がした。
「あ?」
硬質な何かを打ち合わせているような音に振り返る。
誰もいなかったはずの坑道。
そこにはいつの間にか一匹の黒い蜘蛛がいた。
感情の読めない八つの単眼が赤く光り、影のように黒い体の中心でそこだけが不気味に目立っている。
「―――」
見た目の恐ろしさで言えば魔獣と大差ない蜘蛛が突然近くに現れたことで、ディンゴの警戒が一気に高まる。腰のリボルバーに手を当て蜘蛛に対して半身になり、いつでも抜けるように構えを取る。
反射のように戦闘態勢を取ってから、何故この蜘蛛が顎を鳴らしているのかを考える余裕ができた。
蜘蛛は身じろぎ一つせずにその場に留まり、こちらの動きを窺っているように見える。
虫が顎鳴らすのは警告だったか。気づかずに近づきすぎた? それなら離れりゃいい話だ。似たような道はいくらでもある。ならなんでわざわざ音鳴らした?
そこまで考えた所でふと気づいた。この蜘蛛は足音一つとっても音がほとんどしない。
だからディンゴも気づかなかったし、驚いた。もっと近づかれていたら最悪撃っていたかもしれない。
「……」
つまりこの蜘蛛は、鈍い人間を必要以上に驚かせないために気を遣って音を出してくれたのだ。
「ふぅ」
途端にビビッて銃を抜こうとしている自分がカッコ悪く見えてきた。
溜息一つ。グリップに触れている手を腰に当て、相手へ見えるように肩の力を抜いて見せる。
せっかくの気遣いを無にするような無様はこれ以上晒せない。
「よぉスパイディ、俺になんか用かい?」
努めて気楽に、まるで友人に語り掛けるように。
そうして警戒を解いていることを見せてやれば、微動だにしなかった蜘蛛がゆっくりと動き出した。
ゆっくりと、こちらを刺激しないように。
少し焦れったくなる速度で距離を詰めたその蜘蛛は、手を伸ばしてもギリギリ届かない場所で歩みを止めると、脚を一本こちらに伸ばしてきた。
脚の先には白いひらひらした何かがくっついている。
「……くれるのかい?」
他に意味はないだろうが、一応の確認で聞いてみる。
すると蜘蛛は言葉を解しているように差し出す脚を少しだけ前へ。
少し悩んだが、右手は腰に当てたまま左手でそれを受け取る。
蜘蛛の脚には触れぬように、指先で摘まむように受け取ったそれを広げてみる。
「……マスク?」
白いそれは人の口元を覆うような形をしており、耳に掛ける紐まで付いている。
ただし材質はどう見ても布やタオルの類ではなく、大量生産品ではない手作り感満載だ。
どう考えてもこの蜘蛛が、自身の糸で作ったものとしか思えない。
蜘蛛の腹? から出た糸を口元に付けることに抵抗感が全くないと言えば嘘になる。
しかし百パー善意であろうこの行動を無碍にするのはディンゴの主義に反する。
意を決すると自然な動作を意識して耳に掛け、口元にフィットするそれを装着する。
ネバつくのを覚悟していたのだが、にちゃぁといった感覚はなく肌触りが良い。蜘蛛は粘り気のある糸とない糸を使い分けているのだとどこかで聞いたことがあった。
それにしても接合部だけに粘着性のある糸を上手く利用することでマスクを作り上げるとは、大した器用さである。
「ありがとよ」
マスク越しにニッと笑って礼を言うと、蜘蛛は感情の窺えない目のまま口元の大きな牙をもそりと動かした。やがてその場で多脚を活かした方向転換をすると、トコトコと尻を振りながら帰っていった。どういう感情なのかは最後まで分からず終いだ。
ディンゴがマスクを忘れて採掘作業をしながら時折むせていたので、それを見ていた蜘蛛が気を遣ってくれたのだろう。見られていたことにはまったく気づけなかったし、なぜサイズがジャストフィットなのかは謎だが。
ふりふりと左右に揺れる尻を見送りながらポリポリと頭を掻く。
「蜘蛛って何食うのかね?」
今度顔を合わせた時には何か礼でもしなければ。
そんなことをしている内に気づけば昼休憩も終わりが近づいている。
遅れて親方にどやされるのもつまらないので、マスクを着けたまま作業場へ向かうのであった。
「あれ、そのマスクどうした?」
迎撃班として警戒中、ディンゴが付けているマスクに気づいたハンターが声を掛けてくる。
午前中も共に仕事をしていたので、ディンゴがマスクを忘れた話を聞いていた彼は不思議そうにしている。
ディンゴはそれになんと返すか少し悩んだが、襲撃を知らせる声に意識をそちらへ向ける。
のそりと現れるゴーレムに向けてリボルバーを抜きながら、ふと思いついたようにニヒルを意識して笑う。
「カワイ子ちゃんが手作りしてくれたんだよ」
「はっはっは、なんだよそれ」
それを冗談と取った彼と笑い合いながら、同時に魔弾を撃ち始めた。




