武者と蜘蛛
「おっと、遅れる前に行くか」
異常な光景に最初こそ驚いたが、似たような光景を三日も見れば慣れるというもの。
慣れはしたが見ていて面白いので外層を歩くのは好きだった。毎日内容も人物も変化があるので飽きない。さっきの彼はこの辺りで有名なトリッパーだ。毎度轢かれたり撃たれたりしているのに驚異の耐久力で次の日には復活している。
そうして奇人変人見物をしていればいつの間にやら目的地に着いていた。
広めの駅には物資輸送の定期便とは違う人員輸送用のバスが二台並んでおり、周辺にハンターたちが雑然とたむろしていた。
「鉱夫の依頼を受けたパーティーの代表者一人来い! 時間までに来ない奴は依頼放棄と見なすぞ!」
大柄でいかにも力仕事をやっていますといった大男が怒鳴れば、ハンターたちがぞろぞろと彼の前に並び始める。ちょうどいい位置にいたのでさっさと並んで点呼を済ませてしまう。
「次!」
「ディンゴ。ガンマンだ」
「……貴様、一人か?」
自分の番が来たので名前とクラスを告げると、確認していた男がぎろりとディンゴとリストを交互に見ている。中々に迫力のある顔つきだ。
「見ての通りさ。問題あるか?」
「ない……が、作業の際は他のハンターと共同で動く必要がある。ある程度のコミュニケーションは覚悟しておけ」
どうやら駆け出しが一人でいたのでコミュ力を心配されているらしい。
現場作業は声掛けが大事だ。確認不足で他人の頭をツルハシで開通させるようなバカは連れていけない。
向けられる疑念の目をヘラヘラと笑い飛ばし、男のぶっとい腕を小突いてやる。
「あぶれちまったときには、先生と一緒に組んでもらうから心配ないさ」
「……そうか。貴様があのいけ好かん狐野郎がねじ込んだ野良犬か」
減らず口を叩くディンゴにため息をつく大男。
ベニーは良い意味でも悪い意味でも有名人らしく、迷惑そうな顔を隠しもしない。
「いいか? 遊びじゃないんだ、団体行動が出来ん者は……」
「心配すんなよ親方。狐は群れないが、野良犬は意外とコミュ力高いんだぜ?」
「ふん……次!」
一応は納得したのか手元のリストにチェックを入れて次を呼ぶ。
棒立ちでいればどやされることが目に見えていたので、さっさとその場を離れてバスへ乗り込んだ。奥の窓際に座り、広場にいるハンターたちを何となしに眺める。
現代人かつ完全自己責任のハンターには協調性が薄い。
利害が一致すればその限りではないが、そうでない場合は同業や仲間であろうと衝突することがままある。それでも社会性の生物と呼ばれる人類は基本的に群れるものだ。群れから離れるには相応の理由がある。
ハンターはほとんどが何人かで固まっているのだが、その中に一人だけ離れている者がいた。
正確に言えば離れているというのは間違いで、他のハンターから距離を置かれている。
その人物は旧時代東部の、それも随分珍しいタイプのアーマーを纏っている。藍色の全身鎧と背中にはARを担いでおり、腰には一振りの電磁ブレード。
「ウォリアー……か?」
盾も持っていないしナイトには見えない。あの音の出そうな鎧でアサシンということはあるまい。
ブレードが飾りでないなら近接戦闘もこなせるのだろう。となればウォリアーくらいしか思い浮かばない。
「にしても、あれは……クモ?」
顔まで覆う鎧で性別すら読み取れないハンターは、しかしその珍しい姿から距離を置かれているのではない。
奴の傍らにいるのは、ともすれば影かと見紛うばかりに黒い一匹の蜘蛛だった。
艶のある黒い体は光をも吸い込みそうな漆黒で、腹部には赤い模様。
直立した人間の腰ほどの高さのある蜘蛛は身じろぎ一つせず、鎧武者ハンターの傍らに佇んでいた。
周囲のハンターは遠巻きに彼ら……主に蜘蛛の方を警戒して距離を取っているようだ。
かろうじて銃口は向けていないが、いつでも動けるよう軽い緊張をしているのがここからでも見て取れる。
「ふぅん」
最近は見かけるようになったとベニーは言っていたが、必ずしも受け入れられているという訳でもないようだ。メルディア姐さんはカワイイなどと言っていたので、外見の問題だろうか。
「……まあ、ザリガニがいるならクモもいるか」
だがディンゴにとってはその程度のことだ。
興味はあるが自分から関わりに行こうと思うほどでもない。
視線を切り、到着するまで寝てしまおうと席を倒して体重を預ける。ブランケットにくるまり目をつぶってしばらくすればバスが動き出した。周囲の話し声を子守歌にしながら現地までの時間を休息に当てる。
「……?」
ふと視線を感じたので薄目を開けた。狭苦しいバスで視線だけを動かすと、並走するもう一台のバスが目に入った。防弾ガラスは質が悪いのかあまり透明度が良くない。
それでもバスに乗っているハンターたちの姿と、彼らの上にいる黒い蜘蛛のシルエットは良く見えた。流石に同乗するのは他ハンターに拒否されたのだろうかと思いながらそちらを見ると、蜘蛛が少しだけ身じろぎした。
「……」
眼が合った。
なんとなくそんな気がしたのでとりあえず手を振っておくと、ディンゴはまたブランケットを被りなおして意識を沈めていった。
今回の仕事場は栄えていた坑道の採掘だ。
鉱石資源が掘りつくされて大昔に価値ナシとして捨てられた鉱山だが、例に漏れず魔獣たちが住みつくことで再びその価値を復活させている。魔獣が住みついた山では魔石が発掘できるようになり、昨今消費量の跳ね上がっている魔具燃料問題解決に一躍買っている。
「降りろ! モタモタするんじゃない!!」
現地に着くなり蹴り出さんばかりの勢いで怒鳴り声を上げられ、慌てて降車するハンターたち。
欠伸をしながら一番最後にディンゴが降りた時には既に仕事の説明が始まっていた。
「採掘班と回収班に別れ、その中から交代で半数を魔獣対処に当てろ。一号車は採掘班、二号車は回収班だ。中は迷路だ、事前に渡した地図をよぉく確認しておくように! 明日の夕刻に居ない者は死んだと見なすのでそのつもりでいろ!!」
言われてバスを振り返れば、フロントミラーの右下には手書きのプレートに一号車の文字。
どちらがいいかは分からないが、周囲の顔つきを見るにどちらも辛いのだろう。
親方に場所を割り振られ、ぞろぞろと中に入って行く。
大昔に出てくるような坑道と違い、異常に狭い通路ということはない。大人がジャンプして手を伸ばして届くかどうかという高さの天井に加え、道は崩れないように魔術で補強されている。ディンゴの見たホロが古いだけで魔術社会の現代ではそれくらい当然だ。
大量に掘削するための魔具では魔石に傷をつけてしまうため、最終的に掘るのは人の手というのは想像通りだったが。
ガツン、ガツンと掘る音がそこかしこで響いているのはとても現代とは思えない。
掘り出された魔石がトロッコに乗せられ外へ運び出されて行き、ハンターたちが汗水たらしてツルハシを振るう光景はディンゴがホロで見た鉱山奴隷そのもの。
辛い労働もホロで見たあのワンシーンにいるのだと思えばそう悪いモノではない。
感慨に耽っていると同じ班の奴が手助けを求めてくる。
「おいディンゴ! 岩盤が硬い、こっち手伝ってくれよ!」
「はいよ」
最初こそ一人でいたために胡乱な眼を向けられていたが、なんだかんだ体力自慢かつ身体強化に余裕のあるディンゴは重宝されている。
今も遠くで呼ぶ声に片手を上げて応え、口に入った砂に顔を顰めた。
「……しっかし、この砂埃だけはどうにかならねぇもんかな」
他の面子はあらかじめマスクの類を準備していたようだ。ディンゴは慌ただしかったこともありすっかり忘れてしまった。他人に渡せるほど予備を持っている者もいないようで、結構息苦しい。あとで親方に余りがないか聞いておこう。
一人ツルハシを振るいながら咳き込むディンゴを、八つの眼が静かに捉えていた。




